狂う時ⅰ
「よし、それじゃあ説明しようか」
バン。と、片付けられた事務机の上に広げられたのはこの周辺の地図だ。
その地図を赤ペンでコツコツ叩きながら神谷は説明を始める。
「まず最初に。実を言うと四年ほど前にも今回と同じと思われる人物による、似たような通り魔事件があったんだよ」
記憶を探ると確かに、そんな事件があったような、なかったような。
ーー当時は小学六年生の終わりだったか······。
神谷は先を続けた。
「その時は通りすがりに一般人の服を切りつける程度で、大事にはならなかったんだけど、まあその時から彼女は ”狂って” いたのかもね」
漣の眉が小さく動く。
ナギはただ無言で話を聞いている。
小芝居めいた口調で話す神谷は、まさに物語の語り部。彼は今回の事件とどこまで情報として所有しているのだろうか。
「さあさあそして今回の通り魔事件だ」
大仰に手を広げ、自然と意識が惹かれる。
ーーこの人は話し方が尋常じゃなく上手いんだろうなあ。
「ことの発端は今年の二月初旬。報道はされていないけど既にこの時、通り魔事件第一号は起きていたのさ」
なんで報道もされていないような事件を知っているんだ。という質問は今更すぎるだろう。
ーー神谷さんの情報ネットワークおそるべし。
そんなことより、ナギは一つ気になることがあった。
「通り魔事件が報道され始めたのは七月末からですよね······。二月に最初の事件が起きているなら、報道され始める七月までにだいぶブランクがあるんですけど······?」
「それを言ったら四年前もそうだ。ここ最近は同一犯で間違いないだろうが、この四年っていう期間は間が空きすぎなんじゃないか? 本当に同一犯なのかすら怪しいぞ」
二人の疑問に神谷は胸を張って答える。
「そこは情報通の俺を信じなさい」
一体どこにそんな自信があるのだろう。
ナギは白々しい目神谷に向ける。
「ナギちゃーん? そんな目で見ないでくれるかな? ······と、とにかく。この一連の事件は同一犯によるもので間違いないよ」
「························」
漣は険しい表情をしたままだ。
ーー?
ーー漣さんはどこか納得していない······?
漣と神谷は微妙に噛み合ってない。
ナギの違和感とは裏腹に、奇妙な齟齬を保ちながら事は進む。
神谷は近くのペン立てから赤ペンを選び、手に取る。突き刺さる視線を受けながら、地図に赤い丸を描き始めた。
鼻唄でも唄いそうなほど丸を描くペンを快活に走らせる。
「神谷さん、何してるんですか?」
「これはここ数ヶ月で起きた通り魔事件の発生場所さ」
「ほおほおなるほど」
ふと、漣を見ると彼はじっと何かを考え込んでいるようだった。
「まあさ、もしその通り魔さんが四年も前から狂い始めていたのなら、それはすごいことだと思うんだよねえ。なんせ四年もの間、 ”狂い” きっていないんだから」
ペンはどんどん地図上に赤丸を描いてゆく。
「そろそろ限界なんじゃないかな?」
「満杯になったバケツに一滴の水を落とすようなものか? 竜輔」
「············そうだね。それで千夏ちゃんって子は狂うだろうね」
ーー······ッ。
一瞬、ナギの背中に悪寒が走った。
ーー何か、悪寒が······。それも、恐ろしい悪寒を感じたような············。
だがその悪寒も波が引くようにサッと消えた。
ーー············今のは······?
気のせいだろう。と思い、ナギは神谷の話と千夏を思い浮かべた。
千夏に初めて会ってからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。
息を吸って、ゆっくりと吐いた。
ーー ”狂わせて” たまるか。
強く拳を握る。
ーーあいつはまだ一線を越えていない。踏ん張っているんだ。
ーー千夏に何があって通り魔なんかしているのかはもうどうでもいい。あいつはまだ独りで戦っている。
ナギの眼に、意志という炎が灯った。
「··················」
そんな彼女に神谷は羨望の眼差しを送るのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はクライマックスに向けての前段階となります。次の話とかもそうなるかもしれませんが。
ナギ達は動き始めています。千夏は、どうするのでしょうか。
はてさてこれからどうなるのやら……
さて、毎度のことながら誤字脱字、おかしな表現など点在するかもしれません。御指摘のほどお願いいたします。
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ではでは、次回も目を通してもらえることを祈りつつ
霞アマユキ