決意の一歩
♢ ♢ ♢
Rrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!
「う······ん······」
けたたましく鳴る目覚まし時計が乱暴に朝の到来を告げる。
ーーあれ? 私いつ家に帰ったんだっけ。
むくりと上半身を起こし、しばし放心。
「······思い出せない············」
どうやら服も着替えずに寝てしまったらしい。しかも昨夜の記憶がすっぽりと抜け落ちているときた。
「うぁー」
汗をかいたのだろう。粘着く髪や服が不快感を与える。
ナギはほうけた声を吐きながら鈍い脳にスイッチを入れ、意識を覚醒へと導く。
ーーえぇと。確か昨日は漣さんの所へ行って、それから······
『もう僕はナギとは一緒にいられない』
「っづぁ······ッ」
灼ける痛みと共に、思考がブラックアウトする。
ーーああ、思い出した。
ーー私は昨日、ナギに会って。
ーー別れたんだ············本当の意味で。
その後の記憶は曖昧だった。
刺された女の人は救急車で運ばれ、どうにか命は取り留めたらしい。その間、ナギと一文字は警察による質問攻めにあった。
矢継ぎ早に飛び交う質問に体力と精神力をすり減らし、両親に迎に来てもらった時は既に限界だった。
質問中、何度か怪しい人物を目撃しなかったか。ということを訊かれたが、ナギと一文字は千夏のことは一切話さなかった。
理由は、特に無かったように思う。
ーーというより、千夏はどうしてしまったんだろう。
蒼い双眸。血塗られたナイフ。冷徹な雰囲気······。
ナギの知っている千夏の共通点は一つとして存在しない。
以前のナギ同様、千夏も ”狂って” いたのだろうと勝手に結論ずける。
その事実に、ナギはどうしようもなく苛々した。
ーーそもそも何か悩んでるんだったらちょっとは相談してきなよ。いや、私が言えたことじゃないんだけどさあ······。でも、少しは頼って良かったんじゃないの?
理不尽な怒りはエスカレートしていく。
ーーしかも通り魔って何っ? あの馬鹿は本当に何してるの? 一方的に関係を断ち切ってくるし······ああっもう、苛々する!
大切な友人が自身の前から去ってしまったというのに、ナギは悔やんだり悲しんだりするどころか、むしろサッパリとしていた。
以前のナギならこんな考え方はできなかったに違いない。
ーー後悔ならあの路地裏でしたっ。何はともあれ、もう一度、千夏に会ってちゃんと話をしないと······!
ーーんでもって、会ったら、殴ってやる。絶対にこっち側に連れ戻す!
ボスっボスっと拳を布団に打ち込むナギ。
ーー私は狂ってから救われたんだ。だったら千夏だって救えるに決まっている!
ナギは布団から飛び出し、急いで支度を始める。
そしてべたつく汗を流すためにシャワーを浴びた。
流れる水が肢体を伝い、流れていく。一緒にイライラしていた気持ちも流れていく様だ。
朝ごはんを胃袋へと流し込み、さっさと玄関へと向かう。
「姉貴」
振り返ると、弟のシイナが立っていた。
今朝も早くに仕事に行き、遅くまで働いて、帰ってくる。そんな忙しい両親の代わりに家事全般をやってくれる弟。
そんなできる弟、シイナはーー
ナギの頭にノーモーションから拳を振り下ろした。
ちょうど靴を履くために座っているので、殴りやすい構図だ。
「っいっだあぁぁ!」
脳天から響き渡る痛みに目から星が散る。
「ふんっ」
息を吐き、憮然としたシイナがナギを見下ろしていた。
「なっ、何すんのよぉ」
「うっせえ」
ーー······え、えぇ? お、怒ってらっしゃる?
訳がわからないが、ナギはそぉっと様子を伺う。
目つきが言いようもなく恐ろしい。
「あのな。昨夜のことは何にも訊かねえよ。話したところで答えてくれねえだろ」
腕を組んだシイナはまさに怒れる母といったところだ。
ーーいやいやっ。そんなあまっちょろいもんじゃないな。これは。
ナギはシイナの迫力に後ずさる。
「姉貴が何か隠し事すんのも構わねえ。先月みたいにな······。だけどっ」
ずいっ。と顔を近づけるシイナ。
鼻と鼻がぶつかりそうな距離でシイナは言った。
「自分で決めたことなら最後までやり通せよ。前みたいにうだうだするなら容赦なく殴りに行くぞ」
「······は? へ? な、何のこと」
ナギの額に指が突き立てられる。
「昨日、姉貴が帰ってきたときはもの凄く不安定で虚ろな顔をしてた。俺はまた姉貴がおかしくなるんじゃないかって思ったけど、今の顔はさ、何かを決意したような、そんなんなんだよ」
シイナはナギの頭を指で押した。
「あうっ」
「多分俺の与り知らぬところで何かやってんだろ。だけど、自分が決めたことなら逃げんなよ。そしたら俺は姉貴について何も言わねえからさ」
「·········」
プイッとそっぽを向くシイナ。
ーーこいつは············なんだかんだ言って、心配してくれてるんだ。
まだジンジンと痛むので両手で頭を押さえつつも千夏はシイナを見る。
「何だよ」
「可愛いなぁっこんちくしょうっ」
わしわしとシイナの頭を撫でる。
「なっ、何すん」
「ごめんね」
ナギは、謝った。
「まだ話せないだろうし、どうなるか分かんないんだけど、今は許してね。全部終わって、私の気が向いたら話してやるからさ」
ナギはにかっ。と久々に心からの笑みを浮かべた。
「······謝んなよ。それに、母さんと父さんも俺と同じこと言ってたから、先に謝るなら心配してるあの人たちが先だろ」
「そうだねぇ。でも、シイナがいるから先に謝っとこうってね」
ナギはシイナの頭から手を離し、代わりに靴を取る。
「ま、気が向いたら話すってのが姉貴らしいわな」
とんとんっ。靴先で整え、玄関の扉に手を掛ける。
「よしっ。それじゃ、行ってくるね」
「おうっ。いってらっしゃい」
そしてナギは一歩を踏み出す。
千夏を連れ戻すという決意を持って。
空は、今日も憎たらしいほど晴天だった。
最後まで目を通していただき、ありがとうございます!
今回は久々に登場シイナ君です。実は勉強、運動、家事とをそつなくこなすハイスペックの持ち主だったりします。
彼は第一章の本当にはじめの方に登場したきりな気がしますがおそらく第二章ではもう登場しないかもしれません(;´∀`)
さて、次回からは話を動かして、この娘たちも久々、木乃香と早苗と渚もそのうち登場させれたらなあと思っております。
毎回のことですが、誤字脱字、間違った表現や御指摘のほどありましたら是非お願い致します。
感想、アドバイス、評価などもいただけたら時間はかかるかもしれませんが必ず返事をさせていただきますのでどうか宜しくお願いします。
ではでは、次回も目を通してもらえることを祈りつつ
霞アマユキ