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The hopeless world ?  作者: ハロハロ
狂った化物は慟哭する
13/36

動揺

「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」

 ナギは幾分スッキリとした表情で事務所の外へと出た。

 漣は不運にもナギの下着を覗いてしまったがために、彼はボロボロの状態で今ここに居る。

 その結果としてナギの心持ちは晴れやかなのだ。

 駅へと進もうと足を動かした時、漣にかけられた台詞がまた少しナギの気分に陰を差す。

「城本に、よろしく言っといてくれよ」

「わかってますよ」

 ーー千夏······ただの風邪ならいいんだけど。

 一抹の不安を抱きながらナギは歩みを進める。

 空は夕暮れ。一足先に帰路へと着くサラリーマンの姿も少なくなく、空を羽ばたくカラスでさえも早く早くと巣に帰ろうとしているようだ。

 昼間の熱気を充分に溜め込んだアスファルトを踏みしめると微かに熱が伝わるのを感じることができる。

 この近辺には大きな駅があるせいだろう。どうしても風俗店や飲食店が多くなっている。

 法被や、スーツを羽織った若い人は、早い時間から客引きを始めているようだった。

 ーーなんというか、その。お腹減ったなあ。

 昼はずっと掃除で、帰り際は漣と一悶着あったせせいか、お腹と背中がくっつきそうだ。

 美味しそうな料理の写真が表に出ていたり、そこら中から揚げ物の香ばしい匂いがナギの食欲に総攻撃を仕掛けてくる。

 よだれが垂れるほど誘惑されているナギの背後から不意に声をかけられた。

「おろ? よお桜河。こんなとこで会うなんて偶然だなーーって、どうしたよその表情。すっごくマヌケになってるぞ」

「はへっ?」

 ······ものすごくマヌケな返事をしてしまった。

 振り返るとそこには見知った顔が立っていた。

「な、なんだ一文字か。びっくりしたあ~」

 慌てて表情を引き締め、さっきまでのトリップ状態から離脱する。

 一文字いちもんじまさし。よく木乃香たちとつるみ、ナギとも先月の一件以来、仲良くしている。友達も溢れるほど多く、彼の頼りがいがあり、優しい性格に一部の女子から人気があるとかないとか。

「一文字はここで何してるの?」

「俺は私用だけど今から帰るところ。お前は?」

「私も漣さんの所から帰るところ」

 ーーその途中で食欲に負けそうになって何か食べるかどうかで葛藤していたとは言えない。

「そうか。んで今は食欲に負けそうになって、何か食べるかどうかで悩んでいるところか」

「何故分かった!?」

「いや、よだれ」

 ナギははっとして、すぐさまよだれを拭き取る。

 一文字は捨てられた子猫を見るような瞳のままで手に提げたビニール袋からメロンパンを取り出した。

 ナギの双眸が一瞬にして輝く。

「··················いるか?」

「いただきます」

 即答。

 水を飲むかの如くナギの胃袋へと消え去っていくメロンパンに驚愕しつつ、一文字は何かを思い出したかのように呟いた。

「あ。そういやあさっき城本を見かけたんだが、今日は一緒にいなかったんだな」

「··················え、千夏を?」

 ごくん。と最後の一口を飲み下し、続きに耳を傾ける。

「そうそう。何だか急いでたのかね、早足で歩いてたぞ」

 ーー······それはおかしいんじゃないのか。

 ナギは一文字の言葉に不信を感じた。

 何故なら彼女は今朝体調を崩し、早々と帰ったはずだからだ。

 家に帰ったはずの千夏がこんな時間に、一人で、この辺りを歩いていたなど不可解の何物でもない。

「ねえ、一文字。千夏をどこで見かけたの?」

 混乱し始めた思考を一旦停止させ、ナギは現実に向き直る。

 しかし動揺しているのか、声は微かに震えていた。

 今朝、頭の中を埋め尽くしていた言いようのない不安が爆発的に甦る。

 一文字はナギの変化に気が付かないのか、軽い調子で答える。

「どこでって、あっちの方だけど」

 一文字が示す方角へと視線を向けた瞬間。

 ーーッ!

 背中を氷柱で撫でられたような鋭い悪寒がナギの身体を硬直させた。

 ーーこの、感じは、今朝千夏と別れた時の······。

 そう。この悪寒は千夏を見送った際感じたものと似ている。だが、今回はもっと禍々しい。

 行ってはならない。その筈なのに、ナギの身体の中にある何かが引かれ合う。

 ······そう。惹かれ合うのだ。

 ぐわんぐわん。と音を立て、惹かれ合う何かは歓喜しているようだ。

 ーー······頭が、痛い······。

 頭痛や目眩、更には軽い吐き気まで襲い、呼吸も浅くなる。

 本能が察しているのだ、これ以上進むな。と。

 指先がチリチリと痺れ、ナギは生唾を飲み込む。

 胸の奥底から湧いてくるものは懼れなのか······。

 しかし、ナギの意思に反して足は自然と一文字が示す方角へと進む。

「お、おいおい。どうしたんだよ桜河」

「············私、行かなきゃならない」 

 大量の冷や汗が浮き出る。怖いのだ。この先の禍々しい何かが。

 それでもナギは震える足を無理矢理前に出す。

 何故、恐怖を飲み込んでまで、進まなければならないのかは分からない。もしかしたらそんな瑣末なことはどうでもいいのかもしれない。


 ただ、ナギには受け止めなければならない事実がある。


 そんな気がする。それだけがナギの行動理由。

「おいおい。俺が城本見たのって少し前のことだぞ。しかもなんで人気の無い道ばっか選んで進むんだよ」

「一文字は別についてくる必要ないって」

 一文字は歯切れの悪い返事をする。

「いや、まあ············そういうわけにもいかないだろ」

 一文字は勝手についてきたというよりは、ついて来なければならないというていで顔を俯かせる。

 彼としてもこのあたりで騒がれている通り魔事件もあって、この時間にナギを一人には出来なかったのだろう。

「どこまで行くんだよ」

 そう言いつつも、いつ、何が起きても対処できるように警戒をしているのは一文字の勇ましい性格の恩恵なのか。

 ーー近い。近くなってきている······。何だろう、この胸騒ぎは············。

 二人は建物と建物の隙間、人気のない奥へと進んでいく。

 肌がピリピリとする。そんな異質な空気が流れている。

 表の通りはまだまだ暑いというのに、ここだけ気温が下がっているかのように肌寒い。カビや、ゴミの腐敗した臭気を伴う湿った空気は息を吸う度に肺を満たし、吐き気が止まる気配もない。

 

 ここの空間は、歪んでいる。

 

 その時だった。

「ーーッ············」

 ナギの視界の端が、何かを捉えた。

読んでいただき、ありがとうございます!

2話連続の投稿なので、後書きはこちらで書かせていただきます。


さて、ひとつ前の話は息抜きのつもりで書きました。なんだか漣さんの出番も少ないし、日常的部分が少ないなあと思ったので…w 気楽に読んでいただけたらと。これが彼らの普段だと思ってください(´▽`)

そしてこの話は第二章のターニングポイントとも言える話です。この先話を大きく動かしたいなあと思っています。木乃香たち三人娘も登場させる予定ですがどうなるかは現段階ではわかりません。一足先に一文字は登場させましたけどw


今回も誤字脱字、御指摘やアドバイス等ありましたらよろしくお願いします!感想もくださったら必ず返事をしますのでこちらもお願いします。


それではっ、長々と書いてしまいましたが、次回も目を通してもらえることを祈りつつ

                      

                霞アマユキ

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