通り魔
事務所内の全員が、動きを止め、テレビに視線を送っている。
『先月の終わりから、今月にかけて何らかの刃物によって切りつけられるという事件が頻繁に発生しています。被害者の数は延べ三十人に達し、地元警察は同一犯による通り魔事件として、住民の皆さんに夜間の外出をしないように注意を促しました。この事件の発端はーー』
暫し硬直ーー。
「って、ええっ? この事件って、この近所じゃないですか!」
そう。たった今報道されていた通り魔事件とはこの辺りでの事件なのだ。
三月頃から一、二ヶ月に一回の割合で起きていたが、八月に突入してから週一か、ほぼ毎日通り魔事件が発生しているという、まさに異常な事態となっている。
「へえ······通り魔、ね······」
「神谷さん何か知ってるんですか?」
「うーん。まあねえ。この通り魔はなかなか手強くてさあ、なんせ犯人の目撃情報が雀の涙ほどしかなくて···········ここからは少し料金もらうけど、どうする?」
神谷は既に何らかの有益となる情報は掴んでいるようだが、そう簡単には聞けそうにもない。
そもそも神谷の情報は確実性こそ信頼できるものの、その代償として法外な料金を取られると漣が言っていたことを思い出した。
曰く、神谷を頼るな。信用するなと。
ナギは丁寧に神谷の提案を断った。
すると神谷は顔をナギの耳に近づけ、絡み付くような声で、
「ナギちゃんには知っててもらいたいんだけどなあ。知ってて損はないと思うし」
などと意味深な台詞を口にした。
「どういう意味ですか?」
ニコニコしている神谷に視線を向けると、ゾッとする感覚と共に、有り得ないものを見た。
ーーこの人、笑ってなんかいない。
外面に笑顔を造形しているだけにすぎず、中身では無の感情が広がっている。
「どういう意味って······。ま、気をつけなってことさ」
含みのある笑顔はどこまでも底が知れない。
そんな中、漣は相も変わらずコーヒーを啜っていた。
♢ ♢ ♢
情報とは不確かなモノだ。
それだけでは大した力など秘めていないが、使い用によっては絶大な効力を発揮する。
そして、情報単一では形は存在しないが、蒐集することにより真実という名の形を作り上げることができる。
だからこそ扱う者が扱うと、情報とは活きるのだ。
活かし、利用し、与える。これこそ情報を扱う俺の理論。
ぶっちゃけた話、情報を最大限に効率よく扱うと世界征服もできるに違いない。
······とまあ。このあたりで無駄話は置いておこう。
俺は情報を扱う仕事柄のせいか自分の興味がそそられると、とことん知りたくなる性分なのだ。
ーー今回の通り魔事件のように。
既に九割方、事件の真相は組み上がっている。あと一欠片だけが足りない。
と言っても、望む者がいるのなら売る程度にはまとまっているはずだ。
「って言っても、やっぱりあの子が関係してるよねえ」
白昼の街路地を歩きながらニヤニヤしていると異常者に見えなくもないのだろうが、そんなことは関係無しに、ただただ愉快なのだ。
肩を上下に震わしながら、笑いを咬み殺す。
そうして俺は今日も足を踏み出す。
新たな情報を求めて。
♢ ♢ ♢
翌日。
通り魔事件のこともあるのか、ナギの馴染みある街はどこかピリピリとした雰囲気に覆われていた。
そもそも外出している人がいつもより少ない。
道行く婦人は早足だし、仕事に向かうサラリーマンもどこか忙しない。
きっとこの辺で誰かが死のうと一日は廻るのだろう。そういうものだ。
「······あっ。おはよう千夏」
「おはおは~」
待ち合わせ時間ぴったし。
ナギは友人に手を振っている。
今日は千夏も一緒に漣の事務所へ行くことになっている。そのためにこうして駅で待ち合わせをしていたのだが······。
「······おや? 千夏、顔色悪い気がするんだけど、私の気のせい?」
彼女の顔面は蒼白で、全体的に生気がない。
「え? ······あ、ああ。どうやら夏バテにまいっちゃったみたいでさあ、少し頭がぼーっとするんだよね」
苦笑いですら力が抜けているような。
「もしかして、ナギが僕を看病してくれるなんていうサプライズイベントが待ち受けてたりするのかなあ?」
「いやあ、ないない。と言いたいとこだけど、本当に体調が悪いなら看病ぐらいはしてあげるよ。邪な気持ちがなければだけど」
調子はいつも通りなのだが、どこかやりづらさを感じずにはいられない。
ーー調子狂うなあ。
そう。例え人が死のうとも一日は廻る。だが、それは他人に限る。実際は友人の一人にでも何かしらの変化があるだけで、人の一日は上手く廻らないときもある。
ーーそれにしても珍しい。中学校でただの一度も風邪にかかった事のない千夏が体調を崩すなんて。
ナギは千夏を心配しつつ、電車に乗り込んだ。
三駅目で降りるまでにナギは終始、千夏を気にかけていた。
千夏は電車内でずっと俯き、苦しそうにしていたからだ。
事務所に向かう途中も足取りがいいとは言えず、ナギは事務所に着いたら横にさせるべきかもしれないと考えていた。
「ねえ本当に大丈夫なの? 全然平気そうに見えないよ?」
千夏は力なく笑う。
「あれぇおかしいな············僕にとっての即効薬であるナギに会うことで、マシになると思ったんだけど」
「······まあ冗談を言えるほどには大丈夫なのかな?」
そんなことを口では言いつつも、ナギが願うのは一刻も早く事務所について彼女を休ませることだった。
それから五分足らずで目的地へと到着する。
ナギは少し急ぎ目で扉を開く。
「おはようございます。漣さん、すみませんけどソファ貸してもらいますね」
「うーっす。別に構わないが、なんでだ?」
相も変わらずの白衣姿でコーヒーを啜っていた漣は、千夏を見つけたようだ。
と同時に何となくたが、理解したようだ。
「ふむ······。了解。いいぞ、汚さん程度に好きに使え」
「ありがとうございます」
荒い息づかいが隣から聞こえる。
真夏だというのに千夏の顔色は西洋人形の骨董人形のように真っ白だ。
「ったく。どうしたんだ? 風邪か?」
「いやぁ············ははは。熱は無いんだけど、調子悪くてね······。大丈夫。それほどひどくはないよ」
その言葉で、ナギは余計に不安になる。
千夏は明らかに無理をしている。
こんな時、ナギは医療に関する知識など全く有していない。
千夏を少しでも楽にさせてやれないことが、どうしようもなくもどかしかった。
漣はしばらく考えていたように頭を伏せていたが、やがて千夏を見つめ、質問した。
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霞アマユキ