断章 1
島裏の森は、いつも俺たちの遊び場だった。
島の一面を村として使って、一部を畑として耕した他は、島に広がる森をそのままに残している。そうでなければ、島に精霊が生まれなくなり、やがて遊礫となって漂い出しやすくなるからだ。
当時の俺たちにしてみれば、そんな来歴など知る由もないし、知ったとしても一片の興味も持たなかっただろう。
そこにあるのが当たり前で、あるのだからそこで遊んだ。
俺とローレは誰よりも木登りが得意で、誰も登ってこれない高さまでよく登った。枝は細く、下手な乗り方をすると大きくしなって体が振られる。枝の股に上手に足と体重を乗せなければ、立つことすらままならない。
それだけやっても、眺める景色は残念なものだ。最も枝葉の茂る高さで、景色など見えたものではない。
それでも、毎日のようによく登った。島の中では灯台の次に空に近い場所で、俺たちにしかたどり着くことが出来ない場所。俺たちの秘密基地だ。
これ以上は枝が細くなりすぎて、手を掛けるだけで折れそうに曲がる。そんな高さまで登って、二人で顔を見合わせて笑った。幹と枝の分け目に体を乗せて、空を見上げる。
しばらく待てば、空を赤い単座飛翔機が飛んでいく。継ぎ目のない滑らかな胴腹と、熱に揺らめく気流を噴き出す、推進器の流線型を覗かせていた。飛翔機はゆっくりと、枝の隙間にある狭い空を行き過ぎていく。
「おおーい!」
ローレが叫んだ。
「おおーい!」
俺も追っかけて叫ぶ。
手を振っても声を限りに叫んでも、聞こえるはずはない。飛翔機の影も見えなくなって、俺たちは声を上げて笑う。
「俺、かあさまみたいに最高の飛翔機乗りになる!」
ローレが興奮に上気した顔を輝かせて叫ぶ。おお、と応じて俺も叫ぶ。
「俺も! おばさんみたいな最高の飛翔機乗りになって、おじさんの作るような最高の飛翔機に乗る!」
「最高の飛翔機乗りになって、最高の飛翔機に乗って、遊民になって世界中を回る!」
負けん気を起こしたように拳を握って、ローレは大声を上げた。
応じて言葉を増やそうとして、一瞬詰まる。
しかし、幸いすぐに引き出しから見つけ出した。
「最高の飛翔機乗りになって、最高の飛翔機に乗って、遊民になって、父さんみたいにいろんな人を助けて回る!」
「俺だって助けて回る!」
言い落としただけだ、と主張するようにローレは追って重ねる。
む、と口をつぐむ。もう言葉が見つからなかった。
しかし、これならこれでいいのだ。
顔を見合わせて、にっ、と笑う。
「おんなじだな!」
「おう! 俺たちは最高で最強のタッグになるんだ!」
ぺしゅ、と手を打ち合わせる。
一緒にいるだけで、自慢で得意で、なんでもできるような気がした。
俺はいつまでも子どもの頃のままだ。