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26 飛翔

 工房の滑走路は、未だかつてない賑わいになっていた。

 騒ぎの大半は工房の滑走路を囲うフェンスの向こう側で起きている。

 ついにローレとファンネさんが旅立つというので、村人総出で見送りにきたのだ。

 そんなにいっぱい入れるほど立派なフェンスではないので、何割かは港で見送り待機している。シータさんが港見送り用に横断幕をこさえたという話もある。

 ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 俺のあずかり知らぬところでは、送別会という名の酒盛りも行われたらしい。港組みの多くは、そのせいで場所取りが間に合わなかった連中だ。主役不在の酒はさぞ旨かったことだろう。

 空は、旅立ちにふさわしい、突き抜けた快晴だ。

 フェンスの内側には、俺とマロウしかいない。

 ローレとファンネさんは飛翔機の仕度をして、親方はそれを手伝っているはずだ。俺も手伝うと名乗り出たが、大人しく見送りに徹しろ、と一蹴されてしまった。

 日差しが強すぎて、ここからでは工房の中が見通せない。

「ついに、この日が来るなんてね。親しい人が島からいなくなるなんて、まだちょっと、夢みたいに思ってるかも」

 マロウがつぶやいた。

 村にいる同年代の仲間は、俺とローレとマロウとルヤの、四人きりだ。俺の妹を含め、何人かは島の外に行ってしまった。

 それが、さらに減ってしまう。

 確かに、悪い夢のような話だ。

「いなくなるんじゃない。みんながそれぞれの道を歩んで、それがたまたま、島の中じゃ出来ないことだったんだ」

 マロウはうなずく。当然だ、マロウほど賢い子が、分かっていないはずがない。

 フェンスの一部で、少し毛色の変わった騒ぎになっている。ルヤが泣き崩れて、どうするか持て余しているのだろう。

「なんでルヤを入れてあげなかったの?」

「飛翔機に飛び掛かったら危ないでしょ」

「ああ、なるほど」

 残念ながら、ものすごく納得した。

 涙で潰れた声でローレの名を絶叫するルヤに、俺からしてやれることは何もない。どうか強く生きて欲しい。

 そのとき、すだれのような濃い影を抜けて、飛翔機が工房から頭を出した。

 どおっと村人たちがざわめく。

「来た。ローレだ」

 あの機体はローレの飛翔機だった。

 工房から出て曲がり、滑走路の中心線に沿って機体を止める。

 ベルトを外し、ローレが搭乗席から俺に手招きをした。

「どうかしたのかな?」

「行ってみたら?」

「うん」

 不思議に思いながらも、走っていく。

 近づいていくと、ひとつ気がついた。驚いた。信じられない。走った。

「ファンネさん! なんで、ローレの飛翔機に乗ってるんですか!?」

「よぉ、言ってくれるな。別にこれをローレが造ったからって、ローレが乗らなきゃいけない決まりでもあんのか?」

 にかっと笑って、ファンネさんはゴーグルを上げる。

 体格は相変わらず、フライトジャケットを着てしまうと男女の区別がつきにくい。だがそもそもジャケットのデザインが、ローレのものと違う。

 ファンネさんは身を乗り出して、俺に顔を寄せて囁いた。

「お前に置き土産をくれてやる。世話になった礼だ。あたしの飛翔機、お前が使え」

 言ってる意味が分からなかった。

「な、なに言ってるんですか!」

「今さら文句言わないでくれよ、推進器ももう積み換えてるんだからな。喜んでくれりゃあ、嬉しかったんだが」

 急にしおらしく寂しそうな顔になる。思いっきり動揺した。

「い、いや、そりゃあ、あんなに素晴らしい飛翔機をいただけるのは、いくら感謝しても足りないくらいです。でも、それじゃあローレは、どうするんですか?」

「ああ、そうだ。あたしに嘘ついてただろ。飛翔機が表にある分しかない、なんてよ」

「え? 一体何のことで」

 どわあ、とフェンスの外側が騒ぎ、直後に急に静まった。

 申し合わせたように、揃って神妙な表情を浮かべている。

 ファンネさんが親指で背後を指差す。

 顔を向けて、息を呑んだ。

 赤い塗装で、機体の胴と飛翔板の流線型が、矢のように美しい。しなやかに伸びた翼は細く、力強さを備えている。単座飛翔機にしては大きく、また造りの立派なその飛翔機が動いているところを、俺はずいぶんと久しぶりに見た。

 悪態をつくように、ファンネさんは羨むような調子さえ混ぜて、笑う。

「あんなに、いい飛翔機があるんじゃねぇか」

 そう、あれはいい飛翔機だった。

 一番の飛翔機乗りと、一番の機巧技師が、お互いの信頼の証として築き上げた、まさに絆の具現なのだから。

「ローレの母さんの、飛翔機……」

「あいつは、あっちに乗ってるよ。親方さんが、そうしてくれってさ」

 拗ねたようにファンネさんが言う。シートベルトを締め直しながら、ファンネさんは目だけを俺に向けて、笑った。

「でも、推進器はこっちに積んでる。あの親方さん、いい腕だな」

「当然ですよ」

 あの赤い塗装は、持ち主の凛々しさと勇敢さと、誓約した火精霊を表したものだ。

「そういえば結局、フォウルノーズを測定してませんけど、その窯で大丈夫なんですか?」

 いつでも全力、と語っていた彼だが、あれで高位精霊だ。窯の強度が足りなかったら、特に火精霊は、とんでもないことになる。

 ファンネさんは俺に目を合わせると、意味深に沈黙した。

 無駄に不安を煽るだけ煽って、ぱちり、とウィンクをする。

「案外、なんとでもなるもんでね」

「……そうですか」

 ファンネさんは再びゴーグルをつけて、席に座りなおす。ひらひらと手を振って、離陸するから離れろ、と合図した。

「親方の魂がこもった、大事な窯なんですから、壊したりしないでくださいね」

 にまりと笑って、親指を立てた。あれだけの技術がある人だ。大丈夫だろう。

「あ、ファンネさん。飛翔機、本当にありがとうございます」

 言い捨てて、ローレが製造した、ファンネさんの飛翔機から離れる。

 搭乗者は肩をすくめるような動きをして、操縦桿を握っていた。

 飛翔板がふるえるような高い音を立てて、降着装置の緩衝器が軽そうに浮く。

 ぱん、と熱風の陽炎を残しながら、推進器に押されて飛翔機は滑走路を走り、数秒と経たずに高く舞い上がった。美しい離陸だ。

 ローレはすぐに続いて滑走路に出る。彼は立ち止まらなかった。大きく手を振って、すぐに操縦席に手を下ろす。

 くん、と飛翔機が加速し、気流を翼に掴んで、空に舞い上がっていく。

 村人から歓声があがった。

 青空にどんどん小さくなる機影を眺める。

 鳥よりも自由に、大きく高く、空を旋回していく。

 マロウが隣に歩み寄ってきていた。

「行っちゃったね」

「ああ、行っちゃった。こうなると、寂しいもんだな」

「あんたがそれを言うの?」

 くすくすと笑って、マロウは俺に目を向ける。

「今から、あんたまで行こうって言うのに。慌ただしい話ったらないよ」

「いいじゃないか。門出はまとまってたほうが、吉日っぽいだろ?」

 笑って、フライトジャケットの襟を閉める。工房に歩いていきながら、ポケットに突っ込んでいた飛行帽を取り出して、頭に被った。マロウも隣に並んでいる。

 工房の中は暗い。明るさが違いすぎて、中がすぐに見えなかった。

 何度か目をしばたいて、見えてきたそこには飛翔艇が鎮座している。外装をしっかりと張り直し、薄青に塗装してある。

 その隣に、親方と、父さんと母さんが立っていた。

「親方、父さん、母さん」

 それぞれ、呼ぶと、同じ温かさの笑顔をくれる。

「リアン、しっかりね。体には気をつけるんだよ」

「分かってるよ」

 心配する母さんに親愛を。

「行ってきなさい。気をつけてな」

「そう言うと思った」

 苦笑する父さんに感謝を。

「お前ならなんとでもやれるさ。頑張って来い」

「はい、ありがとうございます」

 涙を隠す親方に敬愛を。

 それぞれ込めて、別れを告げた。

 飛翔機を点検する。

 推進器、翼、飛翔板、降着装置、緩衝器、動翼。各種計器にも異常はない。

 今度こそ、手抜かりはない。

 いつしかチゼが、俺の肩に乗っていた。

 指先でつつくと、くすぐったそうに煙の形を変えていく。

 全てを終えて、乗り込む前に。振り返る。

「マロウ」

「うん」

 彼女は、頭に羽飾りをつけてくれている。

 どうしても、村人の目があるところでは付けたくないらしい。

「今まで本当にありがとう」

 マロウは嫌そうに顔を歪めて、身をよじった。

「やめてよ、今生の別れみたいじゃん」

「本当だ、ごめん」

 笑う。飛行帽の上から頭をかいて、改めてマロウの目を見た。

「俺がこうしていられるのも、マロウのお陰だと思ってる。それは本当。だから、絶対に返しに来るよ。この恩と、貨物飛翔機をさ」

「うん、待ってる」

 応えて、マロウは顔を赤くした。誤魔化すように笑って俺の胸を殴る。

「せいぜい急いだほうがいいよ。利子はどんどん高くなるからね」

「そりゃあ、怖いね。頑張るよ」

 寂しさと心細さが、心を揺らす。

 でもここで、震えて立ち止まったりはできなかった。

 ローレと同じだ。

 どんなに怖くても、不安でも、それでも俺は行きたいから。

「チゼ」

 応じるように、チゼの煙はふわっと広がって、飛翔機のなかに吸い込まれていく。その頼もしい相棒の姿を見送って、俺も操縦席に乗り込んだ。

 ファンネさんの飛翔機は、造りの一つひとつが重々しくて立派だ。頑丈な造りでいながら軽くて動かしやすい。感動する。

 シートベルトをつけ、操縦桿を確かめる。

 息をついた。

 感動は次に進んでいる。

 俺も、これほどの飛翔機を造れるように、なりたい。

 そのために俺は空を飛ぶのだ。

 機体周りの安全を確認する。マロウは母さんに抱かれて、俺を見ていた。

「チゼ、行くよ」

 もう応じるために窯に負担を掛けたりしない。

 返事なんてなくても、俺とチゼは通じ合っている。

 それが誓約を交わすということ。相棒、ということだ。

 降着装置に制動をかけているレバーを倒す。飛翔機がゆっくりと進み始めた。

 景色が動き出す。

 見慣れすぎるほど見慣れた工房の景色が、背後に流れていく。

 ゴーグルの抑光膜を下ろす。暗い滑走路が、工房の外に出た瞬間に、白く輝く。

 親しい人たちが、村人たちがフェンスの向こうで手を振っている。頑張れよ、しっかりな、いつでも帰って来いよ。その中には目を赤くしたままのルヤもいる。

 レバーを片側だけ落とす。ギアは重さの差に従って、機体の進路を曲げていく。

 目の前に長く滑走路が伸びる。その中心を、一本の白い線が貫いていた。透板のなかで、機首が白い線に向かっていく。

 両方のレバーを同じ軽さまで落とす。左右の重さが釣り合い、機首と白線が重なって、機体が走る。

 その向こうに、青空と、白亜の灯台が見えてくる。灯台は手を振って応援するかのように、浮かばせる気球を風に流していた。

 レバーを一番下まで落とす。機体がぐん、と加速した。滑走路の小さなへこみを踏んで、機体が飛び跳ねるように揺れる。座席は揺りかごのように細かい衝撃に震える。

 操縦桿を握り、スロットルを開けていく。離陸が待ちきれないかのように、風を掴む翼がきし、きし、と歌う。

 スロットルを全開にした。速度計が巡る。

 滑走路の斜面の向こうに、岸壁にへばりつく村の屋根と道が、ちらりと見えた。速度計の針が白い目盛りを越える。

 飛翔板を起動させ、動翼を引いて揚力をできるだけ稼ぐ。

 すう、と座席の振動が消え、機体は空に浮き上がった。

 さあ、と空の青が視界を包む。

 村は眼下を過ぎ去って、遥か背後に残されている。

 機体を傾けて、ゆっくりと旋回した。港の端に白い布がはためいている。

『みんな がんばれ』

 大雑把だった。

 横断幕の真ん中で、誰かが飛び跳ねて大きく手を振っている。すでに遠く、小さくて顔も見えない。けどたぶん、背の高さと噂から言って、あれがシータさんだろう。

 左右に大きく翼を振って、お礼を示す。

 ぐっと機種を上げて、高度を上げた。

 幸い、航路はかなり単純だ。リーケンとは反対方向で、島と同じ安定気流にある。

 ふと青空の狭間に、連なって飛ぶ二機の姿が見えた。

 向こうも俺に気付いて、同じ高度で水平飛行を保つ。

 最後の挨拶だ。

 俺は大きく翼を左右に振った。さようなら。

 前を飛ぶほう、ファンネさんが、同じく翼を左右に振る。さようなら。

 後に続く大きい飛翔機は、すっと機首を下げて高度を落とした。そしてすぐに機種を上げて、急角度で上昇しながら機体を横回転させる。

 ショーマニューバの千八十度ロール。

「頑張れよ、だってさ」

 チゼは応えられない。しかし、風の玉を楽しそうに震わせるだろう。

 喉元に手を当てる。そこにマイクはつないでいない。

「またな、相棒」

 じゃあな、相棒。

 機体を傾けて、気流の方向に機首を合わせる。見なかったが、向こうも同じ機動をしていた。そうに違いない。

 俺たちは空を飛んでいく。


 これにて空飛ぶ話は終了となります。

 空が飛びたくて書いた話なので、空気感や雰囲気、世界観が非常に気に入っております。


 ……が、なんというか、盛り上がりが足りなかったような気がします。


 この世界観。

 かまど神だの精霊だのと、いろんな要素を取り込んであります。お気づきになった方はいらっしゃるでしょうか。「外気を取り込んで圧力をかけ、噴流として放出し、その勢いで機体を動かす」……ジェットエンジンがモデルになっています。

 かまどのあるローテク世界でありながら、ジェットエンジンを使うことができる。いずれも精霊の助けを借りる機巧のなせる業です。

 この錯誤感が非常に精霊的に思うのです(笑)


 この後は学園編に続き、妹とイチャついたり、技術者気質女子と腕を競ったり、モノホンの天才精霊術師とひと悶着あったり……

 と、思っていた時期が、私にもありました。


 諸々の思い入れもありつつ……。

 まあ、はい。

 そんな感じで。


 では、また別の物語であいマミえることを願って!

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