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18 完成

「推進器、問題なし、と」

 小さな窯のような穴の内部に歪みも傷もないことを確認して、顔を離す。

 機体を叩き、押し、揺らして歪み緩みのないことを確認していく。側面を回って、機体の足に生える降着装置を掴む。緩衝器を点検し、タイヤの気圧を確認。蹴ってみて鈍い感触が返ってくる。異常なし。

 降着装置のうえに手を伸ばして飛翔板を揺すり、強度を確かめる。次いで搭乗席の計器を覗き込み、異常のないことを確認する。続けて操縦桿を掴んで動かし、反応を見る。主翼に取り付けられた動翼が操縦桿の動きに応じて、でたらめな踊りのように左右入れ違いに動く。

「おいリアン。どうだ?」

 搭乗口で笑っている友人を見上げる。

「ローレ。こっちは大丈夫そうだ。計器の接続は?」

「問題なし、だな」

「それ、じゃ」

 機体から一歩ずつ離れていく。

 銀色の矢のような細身のフォルム。鋭角に伸びる飛翔板は先端に行くほど細くなり、充分な長さで断ち切られたように翼は終わる。

 その面差しは凛々しく、静かに光を反射していた。

 仕上がった飛翔機を眺める。

 喜びを詰めた風船が膨らんで、つい笑みがこみ上げてくる。

「これで形になった、って感じかな」

「そうだな。テストフライトをして、問題なければ大丈夫だ」

 ローレは飛翔機に乗ったまま、平静を装った顔で操縦桿に手を乗せる。

 作り終わったのだ。この飛翔機を。

 俺よりも進展の早かったローレより遅れること二日、彼に手伝ってもらってついに完成にこぎつけた。もちろん、テストフライトに問題がないことを確認しなければ、まだ安心はできない。

 それでも、ずっと造り続けてきた飛翔機で、ついに空を飛ぶことができるのだ。そう思うと、感慨深いものがある。

「まあ、次はファンネさんの飛翔機が残ってるけどさ」

「そうなんだよな」

 ローレは背もたれに頭を乗せて、ため息のように唸った。

 息抜きを兼ねたフライトのついでなど、暇を見て少しずつ回収してきている。ルディックさんの貨物飛翔機を借りて、すでに本体も運び込んである。

 滑走路の脇に積んでまとめてある残骸のほうに、ローレは顔を向けた。

「見た目以上に損傷が少ないから、そんなにかからないだろ」

「窯を作ればって感じだね」

「ま、その窯が一番問題なんだけどな」

 その通りだった。

 窯は精霊の力を充満させた圧力で、気流を爆発的な勢いで吐き出す。

 最も頑丈で、最も精密で、最も製造の難しい部位。精霊を宿らせる場所でもある、推進器の中枢。

 飛翔機の魂だ。

 ファンネさんのものを回収したときの姿は、いまでも思い出せる。

 裂けた外装から覗く漆黒の金属。熱に強い黒鋼で作られた滑らかな円筒形は、美しい艶を保っていた。並ならぬ職人の手によるものと知れる、流麗な曲面、精密な合わせ金に、ため息が漏れた。

 フォウルノーズの爆炎を受けて揺るがず、膨張した空気を噴出させる空焔式推進器。

 胴体着陸で下敷きになり、本体、特に搭乗席の損害をほぼゼロに抑え込んだ代償として、窯は真っ二つに割れていた。

 ファンネさんの精霊、フォウルノーズが飛翔艇に対して「主を守った」と賞したのもうなずける。

 考えうる限り最も誇り高い、墜落機の姿だった。

「正直『あの窯』を作るのは、親父でも無理だぜ」

 ローレは弱音を吐く。もちろん今の親方は、金打ちをすることなどできない。

 合わせ金という複数の鉄を重ねて張り合わせ強度を増す技術は、失敗すれば弱くなるばかりか、空焔式では爆発の危険がある。それをあれほどの精度で造って見せるというのは、俺たちには逆立ちしても無理だ。

 でも。

「それでも、造るしかないだろ。なにも、あれだけの窯を造る必要はないんだ。フォウルノーズの火焔に耐えられる窯でさえあればいい」

 その窯を造るからこそ、機巧技師は機巧技術の専門家なのだ。

 まあ、フォウルノーズの力量を測定してみなければ、どれほどのものを作らなければならないのか、なんとも言えない。

 ローレが体を起こして、搭乗口を手のひらで叩く。

「そんなに手間はかからないだろ。一気にやっちゃおうぜ」

「おう」

 テストフライトをするにも、今日は風が強く、さらには村の近くを遊礫が飛び過ぎていく日だった。遊礫というのも、ファンネさんが墜落した例の岩のことで、かなり大きい。

 焦ることもない、入念に確認をしてから飛べばいい。

 表に積み重ねた機体の残骸は、セミの死骸のように呆気がなく寂しげで、しかし、また飛び立つ気力を溜めているだけのようにも見える。

 意を決して、その亡骸に手を付けた。

 本当に手間がかからなかった。

 遊礫から運ぶ段階でバラバラになった機体を整理し、外装を取り分ける。あとは機体下部を中心とした損傷の大きい箇所だけ取り換えれば、ほとんど組み立てるだけだ。

 フレームを組み、ケーブルだけ新調した計器を繋ぎ、動翼とワイヤーを結ぶ。操縦桿ではなく操舵桿式だったので戸惑ったが、要領は同じだった。

 風防の湾曲透板は傷が多くて使えなかった。曲度が一般的なものだったので、工房にあるものを小型飛翔艇のサイズに合わせて切るだけで使い回せる。

 翼は作り直しだったが、なにぶん小さな飛翔機なので、たいした手間は掛からない。飛翔板でもないため、チゼとティキウィキと俺たちで簡単にこしらえられる。

 あとは、推進器がどれほど大きくなるかによる。推進器を入れて、それらを包む外装を打ち出せば完成だ。

 いつの間にか陽が落ちていた。

 外装のないむき出しの機体は、鮮やかな橙色に濡れている。その鈍い光沢は、泣いた跡のようにも見えた。各部の固定、接続に緩みがないことを確認して、息を吐く。

 あっという間に組み上げられる機体という、その事実に感嘆してしまう。

 構造が洗練され尽くされているのだ。

 先人の導きだした最適案を踏襲しているから、セオリーに従って簡単に構造が理解できる。ただし、さらに部品ごとの小さな工夫、鉄索肉抜き特殊形状などを積み重ねている。それが組み合わされて、小型飛翔機でありながら抜きん出た軽さと安定性、それに全く釣り合わない頑丈さを備えているのだ。

 感動に打ち震えた。

 これが、遊系鉄工本場の、職人技。

 機巧技術はここまで行けるのだ。こんな素晴らしい飛翔機なら、きっと、どこまでだって行ける……。

「あっ」

 ハッとした。

 窯受けのサイズを計っていたローレが、顔をあげて俺を見る。なんでもない、と告げると彼はまた機体の陰に沈んだ。

 彼に隠れて、笑いをこらえる。

 ファンネさんがはるばる八千空里も飛んでくるわけだ。

 こんな素晴らしい飛翔機があれば、そのくらい飛びたくもなる!

「もう日が暮れてきたな。今日はこのくらいにしておこうぜ」

 ローレが工房の外に顔を向けたまま立ち上がる。赤い日差しはさらに傾いで、夜の青を押し退ける最後の抵抗をしていた。

「明日、荷物をそろえて、同じ重さの錘を載せて飛ぶんだ。具合を確かめよう」

「そうだね、分かった」

 ローレに別れを告げて、工房から立ち去る。

 最後に振り返ると、ローレは自分の飛翔機を撫でて微笑んでいた。その目は、飛び立つ自分を、透かして見ているかのようだ。

 彼は心の底から、空を飛びたがっている。

 俺も、空が飛びたいと思っている。

 それなのに、なぜだか彼が無性に羨ましくて、何かが後ろめたかった。


 日を改めて、朝から工房に集まる。

 買い足す必要があるのは信号用の鏡や集光器付きランタン。緊急時の発炎筒や据え付ける水筒などだ。場所と大きさを確認して検討する。

「それと……」

 ローレは真面目な顔になって言った。

「そろそろ、支度を始めようと思ってる」

「支度って、出発の?」

「ああ」

「……そうだね」

 うなずく胸に、寂寥感と焦燥感が膨らんでいく。

 なにもしないうちからこれでは、先が思いやられる。

 いずれ来る別れが、少し早まっただけだ。

「まずはマロウんとこ行こうぜ」

「え? な、なんでだよっ」

 動揺した。支度の一番頭にマロウなんて、なんのつもりだ。先方と俺には何の関係も、って言ったら大袈裟だが、しかし。

 ローレは素で不思議そうな顔をした。

「ん? 旅立つんだから、物入りだろ? 色々と」

「あ、ああ、そっか。そうだ、うん」

 慌ててうなずいた。なんだよ紛らわしいことを。

 たぶん挙動不審だった俺に気を払わず、ローレは顎に手を添えて考え込む。

「食器とか生活小物は要るよな。タオルとかあった方がいいか? そういうのはマロウの店にあったっけ?」

「ないよ。布ものはツルハさんだ」

「おっと。ツルハさんとこだったか。……家どこだ?」

「ルディック商店の対角線」

「おっと。ん、あ。あの辺って薬屋の通り道じゃん。シータんとこ寄っていこうぜ」

「シータさんの薬屋は一段下だよ」

「おっと」

 買い物はほとんど俺が主導する羽目になった。

 ローレは村の地理に真っ暗だ。ルヤの飯屋とマロウの交易店と、島裏の森と畑しか彼の頭に入っていない。

 そういえば確かに、村に用事があるときは俺が遣わされていた気がする。

 ローレは、マロウの店にはよく行っていた。工房の性格上、村で産出できないものが大量に必要になるため、マロウの店によくお世話になるのだ。そういう分担になっていたから、あまり気にしたことがなかった。

 昔から、ローレはどこか地に足のつかない感じがあった。他人に興味が薄いのだ。

 もちろん気さくだし、話もうまい。ただ、それは人と一線置いた「対応する」という次元の話に過ぎなかった。彼は誰かに関わる、ということに、まったく興味を持っていない。ルヤの想いに気づかないのもそのせいだ。

 彼の目は、いつも空を向いていた。

 それは俺も同じだった。

 だから俺たちは親友だった。


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