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15 田舎者、買い物をする

 同情するような微苦笑を浮かべて、人が俺を避けて追い抜いていく。

 踵を返し、縫うように道を戻る。十歩も行かないうちに、道の端に追いやられたマロウと再会した。

「はぐれないで、って言ったじゃん」

「あ、あんなのどうやっても行けないよ、絶対」

 俺の体を人避けにして、すぐ後ろを付いてくれれば大丈夫のはずだけど。

 マロウはすっかり気勢を削がれて、無理無理、と手を振っている。今にも待ってるから買ってきて、と言い出しそうだ。

 俺は手を伸ばしかけて、ちょっと躊躇った。

 やっぱり決行した。

「り、リアンっ?」

「離れたら追い付けなくなるから、これで」

 行くよ、と言う。マロウは羽虫のような声で、うんとうなずく。

 マロウの手を引いて、人混みにまた飛び込んだ。

 冷やかすような生暖かい視線が、手に注がれるようで、ものすごく気まずい。早足になりかけて、手に感じる重みで足が鈍る、ということを何度も繰り返した。

 役得だ、とは思えなかった。幼馴染みのマロウとは、距離が近すぎる。

 まずは雑貨屋に向かった。皿だ何だといった日用品をここで買い込む。

 ごちゃごちゃとありったけ陳列したような店内は狭苦しいが、賑やかで楽しげだ。

 マロウも面白そうに店内を眺め、笑顔に綻んだ口許から、言葉を漏らした。

「へぇ。面白いもの便利なもの、っていう価値で商品を見るよう誘導して、要るもの要らないものって尺度を誤魔化してるのね」

「何言ってるのか分からないんだけど」

「ん。いい店だ、って言っただけ」

 マロウは面白そうに店内を物色する。頼まれたものの内訳を俺は知らないが、どうせ食器や小物、道具か何かだろう。

「いらっしゃいませ」

 ぬぅ、と小太りの店主が陳列棚の間から現れた。

 驚いてたじろいだ俺と違って、マロウは泰然と彼を迎える。

「あら、どうも。あなたが店主さん?」

「ええ。ご所望のものは何でしょう、お手伝いいたしますよ」

「そうね、お願いします」

 一見ごく普通の会話だが、マロウの目に剣呑な光が見え隠れしている。何か駆け引きでも始めているのかもしれない。まともに付き合っても理解できないだけだ。

「こういうとき、待つ男は暇だよな」

 目があった人形に語りかけてみる。歪んだ笑顔を浮かべる木彫りの人形は、槍を掲げたまま答えない。どこの世界の民芸品なのだろう。

 あんまり手持ち無沙汰で、魔力に意識を向けてみた。店の魔力は節操がなく入り乱れていて、多彩な輸入品を扱っていることを証明しているかのようだ。

 店の外に目を向ける。人の流れが絶えない通りは魔力の流れも絶え間なく、まるで川のようだ。魔力の模様は、場所の性格を引き写している。

 それが何の役に立つかは、まだ少しよく分からない。

 どうも駆け引きらしい会話をしながらさんざん商品を見て回り、マロウと店主のやり取りはやっと終わった。

 どこか釈然としない顔で代金を支払ったマロウから、荷物を受け取る。

 その表情を見るに、どうやら駆け引きは満足の行く結果に終わらなかったらしい。

 何がどうなってその結論に帰着したのか、俺には分からないけれど。途中から話も聞かずに見て回っていた。なんかこの店、やたら凝った木彫りのおもちゃが多いんだ。

「お嬢さん」

 そのマロウに、店主が声をかけた。

 振り返るマロウに、彼は小太りの顎に微笑を浮かべて、彼女を見つめる。

「駆け引きは、互いに交渉材料がなければ成立しない。店を構える私は、君ひとりが買わなくても困らないし、君が私に交渉を強いるだけの材料がない。駆け引きは始めからなかったんだ」

 マロウは身を強張らせた。

「私がお客様に与えられる商品以上の価値は、誠実さだ。君もまた、少なくともこの店で私から引き出すべきものは、なにもなかった」

 穏やかな声で、噛んで含めるように、店主は語りかける。

 マロウは黙ってそれを聞いていた。目深に被ったキャップのせいで、その表情はうかがえない。

「誠実に物を売り、信頼して買っていただく。それがこの店では、最大の利益につながる。次からは、腹に含むものなしで、お買い物をお楽しみください。長くいい関係を作っていこうじゃありませんか。……リディック商店の跡取りよ」

 マロウのことは筒抜けだった。

 親戚の子を見るような、慈しむような微笑を、店主は浮かべている。いや、そのものかもしれない。

 ルディックさんは、長年この店と付き合ってきた。この店主とも付き合いが長いはずだ。もしかしたら、親の代からかも。

 マロウは会釈だけで、一言も言わずに、店を後にした。

「ちょっと、マロウ!」

 慌てて追いかける。

 いや、店の前の人波に立ち往生していて、追い付くとか言うほどじゃなかった。

「えっと、その、大丈夫?」

「何が?」

「へっ? いや何が、って」

 マロウはへこんだり傷ついたりというものとは、かけ離れた顔をしていた。

「あーあ、父さんの行きつけとはいえ、私のことまで伝わってるなんてね。でも、勉強になったわ。まだまだ見る目がないわね」

「えーと」

 なんだか肩透かしを食らったような気分だ。とはいえ、まあ心配したようなことがなくて、よかったかもしれない。

「さ、次行くから、ちゃきちゃき案内して」

「はいはい」

 マロウに背中をせっつかれて、人波の隙間に足を向ける。その一歩目で、手を引かれて引き留められた。

 手の触れ合う感触にどぎまぎしながら、外面を取り繕って振り返る。

「なに?」

「だ、だから、こうしないとはぐれちゃうじゃん」

 あ、そっか。

 引き留めたのではなく、手を握っただけだ。なんとも気まずい気持ちのまま、また人波に入り込む。胸のうちを誤魔化すように、半分振り返って尋ねる。

「次はどこ行く?」

「ノコギリの替刃と、洗濯バサミ」

「了解」

 村生活に必要なものなんて、だいたい決まりきっている。これは俺たち自身で必要になり、ルディックさんにいい店を聞いていた。

 目抜通りから一本ずれた道にある。職人気質のにじみ出た地味な店構えの木工品店だ。

「こんにちは」

 マロウは俺を抜いて店に入るなり、声をあげた。そのやる気に満ちた声は好戦的で、新たな対決を始めるつもりなのは明らかだ。

 だが、その対決は、予想外に早く終わった。

 予想通り頑固そうな店主だった。

 その彼としばらく話していたと思ったら、不機嫌に「よく知りもせずに駆け引きを持ち込もうとするな」と言下に切って捨てられたのだ。貴様らに物は売らん、と言い出しそうな形相に、必要なものだけ買って逃げるように帰った。

 マロウは挫けなかった。

 矢継ぎ早に次の店に向かい、果敢にも店主に声をかける。情報交換という意味でそれはうまくいったが、交渉としては散々だった。

「引き出しが狭すぎる。交渉の余地もない」

 店主にそう評されていたからだ。

 最後に向かった店では、店主は終始好意的な笑顔でマロウに応じ、その優しい口調で告げられる。

「なにを交渉すべきか、見極められるよう経験を積んでから、またおいで」

 マロウもさすがに折れた。

 上から言われると跳ねっ返る芯の強いマロウも、優しく寄り添い、思いやるような言葉でトドメを刺されるのは、さすがに持ちこたえられなかった。

 帰り道、人混みを歩いても、マロウはうつむいて一言もしゃべらない。繋がれた犬のように、手を引かれるまま歩いていた。

「マロウ、平気?」

 返事はない。

 キャップの陰で表情は見えなかった。

「泣いてる?」

 これには首を振って否定した。

 マロウの様子をうかがいながら、人混みを歩くのはきつい。このマロウを人だかりに連れ回すのも、気がとがめる。

 しかし「ちょっと休んでいかない?」と尋ねても、マロウは黙ったまま、繋いだ手で俺を押す。歩け、と促されるのだ。いや、もう帰りたいだけかもしれないけど。

 なんともばつの悪い思いで、港まで帰ってくる。

 ルディックさんと待ち合わせた時間まで、まだかなりあった。

 正直、飛翔機の部品も買いに行きたい。もちろんマロウが心配で、放り出して行く気がサラサラないからこそだけど。

 だいたい、マロウをこの状態にしておけるはずもない。

 決めた。

 荷揚げ場の脇で、屋根と敷物だけの簡易店舗を構える男に声をかける。

「預かり屋ですよね?」

「お、ええ。いらっしゃい。お荷物をお預かり致しましょうか?」

「お願いします」

「はい、確かに」

 買った荷物を彼に渡す。奥に無数積み上げた鍵つきケースにしまうのを確認する。彼はその鍵と、板に乗せた紙を差し出してきた。

「こちらが預り証になります。サインを」

「はい」

 書いて渡すと、彼は無造作に紙を真ん中で裂く。サインの真ん中で切り裂かれた半分を渡してきた。

「どなたかに代理受け取りを頼む場合、必ずこの半紙にサインをお願いします」

「はい。ではお願いします」

「しかとお預かりします」

 一礼する男に礼を返し、ふう、とため息をつく。この商売のやり取りってやつが、ものすごく苦手だった。脇にかいた変な汗をぬぐう。

「さて。マロウ、時間までちょっと遊ぼうか」

 マロウはなにか、ものすごく嫌そうに俺を見上げた。

 目はよく見えなかったけど、そばかすの散った頬には、涙の跡がない。

 なんとなく、マロウだなぁ、と感じた。


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