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14 リーケンの街へ

 ふいに、リアンは我に返った。体が人間に戻る。飛翔機に収まる。シートベルトに押さえつけられる、ジャケットの袖が腕に絡まる。足が足踏桿に乗せられている。

 時計は昼過ぎを差していた。航路指針は真っ直ぐ上を指し、方位針は機首方向を北東と示している。顔を上げて、風防の湾曲透板越しに目を凝らす。

 遠目に霞み、やや右手よりに、お盆のような形の浮遊島が見える。白い壁と青い屋根の街並みも、島の中心にそびえる白亜の大灯台も、そこに吊るされる赤、緑、黄色の三つの気球も、少しずつ見えてきていた。

 まだ遠いから分からないが、島の大きさは、村の百倍近くある。

 黒岩島でありながら、赤土、粘土、黒土の三層も地層ができていることからも大きさが分かる。小さかったら、とっくに地層の境目で地滑りが起きているところだ。

 リーケンの街だった。

 機首を島に向けて、高度を保つ。高度計は九十二を差していた。

 窮屈なシートベルトのまま、できる限り首を巡らせて、辺りを見回す。

 マロウの親父さんの貨物飛翔機は、やや遅れて十ほど上空にあった。機首を下げて、島に向かっている。

 問題なく着きそうだった。

 長いようで短い空の旅も、これでいったんお終いだ。

 空港には、多くの飛翔機が止められている。

 リーケンほど大きな街ともなれば、停泊する飛翔機の数も半端ではなく、空港は三層構造になっている。狭い上に離着陸に不便だが、こうでもなければ足りないのだ。

 親切な滑走路などなく、港の近くにあるものは別料金を取られる。滑走路はそれだけで他の用途には使えず、場所を取る。

 スロットルレバーを押す。ずいぶん久々に動かすような腕は、しびれたように力が入らない。やっとのことでスロットルを絞り、速度を落とす。

「ち……ん、んん! はは、チゼ。頼む」

 喉も緩んでいて、咳払いをしないと声が出なかった。

 チゼはすぐに応じて、飛翔板を起動させてくれる。さらにスロットルを絞り、減った揚力を飛翔板で補いながら港に近づいていく。

 削り出した石の港には、荷揚げ場、市場、物見櫓が並んで雑然としている。

 その一角から、木で組んだ桟橋が伸ばされていた。こちらに気づいた空夫が、桟橋の先端まで走って、真っ白な旗を持って合図する。

 一度高度を取って、旋回する。

 これは入港の符丁だ。

 複雑な多層構造になっているこの港への入り方を、知っているかどうか区別する。反応を示さない一見には、詳しい案内や先導する飛翔機を出すようになっている。

 空夫は旗を持ったまま走り、大きな港の断面図の二層を指した。一層と三層は赤い字で「満」と書かれた札が下げられている。

 大きく腕を振って空夫に応える。彼はにこやかに旗を振って返してくれた。

 機体を傾け、一度旋回する。

 大小形状色とりどり、ありとあらゆる飛翔機が、港より一段低く設えられた艀のようなフリッパーに駐機している。

 こうも整然と並んでいると、それだけで祭りのように見えた。

『ちょ、ちょっと! 着いたなら言ってよ!』

 突然耳元に騒がしい声がする。マロウだ。起き抜けに慌てているらしい。

 片手で操縦桿を握りながら、マイクに手を触れる。

『起きた? いや起こしたら悪いと思って』

『寝かされても困るの! ――ひゃっ!?』

 目の前でフリッパーが下ろされ、赤い羽根の飛翔機はほとんど滑り落ちるようにして、空に投げ出される。落ちながら一気に加速し、くっと機首をあげて悠然と飛び立っていった。いい腕だ。羨ましい。

『あ、あれ大丈夫なの?』

『ここじゃ、あれが普通だよ』

 最初のうちは離陸させてもらえなかった。

 日常的な風景に、マロウは感心したような声を漏らす。少し意外だ。彼女はなんだかんだと言いながら、何でもそつなくこなすように思っていた。

『マロウって、リーケン初めてだっけ?』

『そうじゃないけど、ほんの小さいときだから、何も覚えてないの』

『なるほど』

 村人にはよくある話だ。

 話しながら、機体を一度港から離す。

 三層の停泊場は、上層と下層が大きくせりだし、中層だけ狭く控えめな形になる。

 フリッパーを下ろして機体を落下させるため、高さには充分なスペースを取っていたが、中層は事故が多く非常に人気のない場所だった。

 というのも、止めやすく出しやすい上層は、初心者に優先して停まらせるからだ。結果、失敗して降ってくる飛翔機にぶつけられて事故になる。

 一杯でさえなければ、俺も上層送りになるところだ。あまり人を笑えない。

 中層の空きを見つけて、そこに機を寄せる。

 降着装置を出し、プロペラ機を飛び越えて、小さく転回。機首をフリッパー先端に向け、その真ん中に機体を乗せた。

 ぎゅしぃ、とゆっくり乗った重さに、降着装置が長い悲鳴をあげる。

『はい、着いたよ。お疲れ様』

 上層に日の光が遮られ、森の中のように薄暗い。

 空間が狭く感じられるほど、見渡す限りに飛翔機が並べられていた。

 機体の脇にはキャットウォークのような簡易な通路が走っている。翼端をくぐらせて飛翔機を落とすためフリッパーは大きく、通路の間隔は広く取られている。通路には隙間も多い。下層を行き交う飛翔機がよく見えた。

 降りようとした耳に、マロウの声が滑り込む。

『帰りって、ここから落ちるんだよね』

『そうだよ』

 答えながら、辺りを見渡す。

 ガラガラン、と遠くで鐘の音が鳴る。紐に繋がれた鐘が大きく揺れて警報を鳴らし、そのフリッパーがガタガタと角度をつけて、飛翔機を投げ落とす。綺麗な下方ループを描き、飛翔機は飛んでいく。

 あの鐘紐はフリッパーを下げるときの警報だ。もちろん、この機体が止まるところにも下がっている。

『適当すぎでしょ、これ……』

 マロウはすごく嫌そうにうめいた。

 まあ確かに、繊細な設備とは言えない。

 しかし、港というのはそういうものだ。

 そしてその荒っぽさが、俺は少し好きだった。


 港とその周りの人混みは、ただならぬものがある。

 飛翔機乗りと、彼らの運んだ荷物を扱う空夫。荷揚げ場で働く人々に、その荷物を売買する商人。そして集まった人々に向けてものを売る店と、その店に赴く島民だ。

 目的も様々に、多様な人が港に集まる。

 恋歌はいつも港を舞台とするが、出会いと別れが頻繁にありすぎて、そんなロマンチックな雰囲気は欠片もない。

 港と街の目抜通りとの境目は人通りが絶えない。

 隅っこに並んで立って、マロウの親父さんを待つ。

「世の中には、人がこんなにいたのね」

 人混みに酔ったのか、表情を曇らせるマロウがうなるように言った。

「そりゃ、この辺りで飛び抜けて大きな島だからね」

「流されにくい島に人が集まるって、分かるけど。ここまでとは思わないじゃない」

 まあ、確かに。故郷の島と違いすぎて、別世界に来たかのようだ。

「高度はほとんど変わらないからね。上空の街なんて、もっとすごいんじゃないか」

「今は考えたくないわ、それ」

 ややも待つと、ルディックさんが現れた。彼はキチッとしていながらも、どこか気安げなチョッキを着ている。良心を具現化させたような容貌をしていた。

「やあ、お待たせ。ここの駐機は難しいね」

「そうですね、確かに」

「いいから、早く行こうよ。日が暮れちゃう」

 うなずく俺をよそに、マロウは急かす。

 街が珍しくて待ちきれない――というよりは、人混みがウンザリで早く片付けてしまいたい、と考えているようだ。

 ルディックさんは娘の態度に苦笑して、うなずく。

「そうだね。じゃあリアンくん、娘を案内してもらっていいかな」

「はい。あ、ルディックさん。俺も飛翔機の部品買いたいんですが、貨物飛翔機に載せられますか?」

「うーん、大物を買うから、その隙間に入る分なら」

「充分です。ありがとうございます」

 透板とそのフレームだけだから、嵩張らない。

「うん。じゃあ、そうだね。三時間後にまた」

「はい」

 ルディックさんは手を振って、人混みをすり抜けるように通りを上っていく。さすがに慣れた動きで、あっという間に見えなくなってしまった。

「じゃあ、私たちも行こうか」

「なに買うの?」

「私たちは雑貨と保存食と、あと塩ね。まあいつもの基本的な品物」

「なるほど、分かった」

 ルディックさんが今回特別なものを買いに行って、その間に俺たちが普段通りの常備品目を買い足すらしい。幸い、ルディックさんの買付の手伝いには何度か行ったことがあるから、行きつけの店は知っている。

「じゃあ、ついてきて。はぐれないようにね」

「分かってるわよ。子供じゃあるまいし」

 マロウは馬鹿馬鹿しそうにうなずく。

「そりゃよかった。じゃ、行こう」

 行き交う人の流れを見て、隙間に滑り込むように、えいやっと歩き出す。

 あとは流れで、周りの人とお互い邪魔にならないよう、間合いを探りながら隙間を維持するように歩いていくだけだ。

「通れな……わ、ごめんなさい。あっ、す、すみません! っと、ごめんなさい! ……あれ? ちょっと、リアン? リアーン!」

 がっくーん、と歩きが鈍る。


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