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12 工房

 工房はいつも通り散らかっているが、若干ものが少なくなってきていた。

 というのも当然で、ファンネさんが来てから急ピッチで作業を進めているため、在庫を絞り出すような製造作業となっているのだ。

「ローレ、話があるんだ」

「んー? どうした?」

 ローレは透板のフレームを保護する装甲を仮留めして、サイズを計っている。

 外装は一枚打ち出しの、継ぎ目がない形状にするため、事前に綿密な設計計画を作る必要がある。

 計測器の端を取ったまま、その手元を眺める。

「ファンネさんの墜落した飛翔機、あるよな」

「あー、そうだな。片付けなきゃならないな」

「そのことなんだけど……回収した部品を使い回して、再生したいんだ」

「は?」

 ローレが顔をあげて、微妙な顔をした。

 しかし、ああ、と顔をあげて視線を落とす。

「確かに損傷も小さかったからな。いい考えなんじゃないか?」

「そっか」

 案外あっさりと受け入れられて、ちょっと動揺する。

 しかしよく考えてみれば、「墜落機を再生する」という考えは突飛でも、「飛翔機を作るのにジャンクを使う」という考えは、ありふれたものだ。大袈裟に捉えすぎていたのかもしれない。

「よう。リアン、ローレ」

 声をかけられて、振り返る。工房の入り口にファンネさんが立っていた。逆光に差し込む日差しがファンネさんの紅い髪を透かし、燃えているかのように見える。

 ローレは計りを置いて、機体から飛び降りる。

「師匠、どうしたんです?」

「いや、暇だったから遊びに来ただけさ」

 ファンネさんは肩をすくめ、散らかり放題の工房を見渡す。首の方はもうほとんどよくなったようだ。少し安心した。怪我人のくせに行動的で、はらはらしてしまう。

 小首を傾げ、ファンネさんは二機の飛翔機を見上げる。

「島の飛翔機は、ここにあるやつと表の複座と、港にある貨物だけかい?」

「まあ、実質そうですね」

「じゃ、もう一機できるまで出発はできないか」

「へっ?」

 ローレがすっとんきょうな声をあげた。寝耳に水を注がれたような顔をしている。

 ファンネさんは顔を歪めて、その面白い形相を見返した。

「へ、ってなんだ、へって。足し算もできないのか? 三人で行くんなら三人分の飛翔機がいるだろうが」

「……見落としてた」

 ローレはあり得ないことをうめいて頭を抱える。きっと彼の頭は途中式の一切をすっ飛ばして、飛翔機完成と出発がイコールで結ばれていたに違いない。

 そんなローレを不安そうに眺めるファンネさんは、気分を変えるように首を振った。

「まあまずは、こいつを完成させてから考えればいいさ。あたしも手伝うよ」

 その意外な申し出に、つい驚いてしまった。

「そんな、悪いですよ。まだ怪我の様子を見てるのに」

「言ったろ、こちとら暇なんだよ」

 軽い調子で肩をすくめる。どうやら本当に暇に飽かしているらしい。

「それなら、ローレ」

「そうだな。師匠、こちらへ。設計に意見をいただけますか」

 ローレはすぐに意図を察してくれて、ファンネさんを工房奥の製図板に案内する。

「そういう手伝いかよ……まあ、いいか。大事なことだしな」

 ファンネさんがローレの背中を追うのを見送る。

 どうやら知識量には自信があるらしい。実際、空で何か問題が起きたときは、すべて自分で対処しなければならない。ある程度知悉しているのは、当然の要請だろう。

 俺はひとり作業に戻る。

 組んである足場で飛翔機に股がり、縦舵を調整する。縦舵に適切な重さがなければ、強い風圧を受けて舵を取ることができない。

 ローレとファンネさんの交わす声が、遠くボソボソと聞こえていた。

「リアン、どうだ、はかどってるか?」

 声に顔をあげる。

 たっぷりと髭を蓄えた、熊の空賊を従えた頭領みたいな男性が、朗らかに笑っている。いつの間に来ていたのだろう。

「親方」

「精が出るな。どうしたんだ? もともとそうだったが、ここ最近は輪をかけて気合いが入ってるじゃないか」

「え、いや」

 親方の少し嬉しそうな笑顔に戸惑う。弟子が張り切って飛翔機を作るのが喜ばしいという辺り、実に気のいい師匠だが、しかし彼はローレの父親だ。

 まさかローレのやつ、旅立つこと言ってないのか?

 そう疑って、胸に突き刺さった。俺も、親に言えないままだ。

「ふむ。まあまずくはないな。耐久性がコンセプトだったな?」

「あ、はい」

 親方は俺の沈黙を気にしていないらしい。

 彼は外装を叩いて、搭乗口を掴み、次いで透板を掴んで振り返る。

「湾曲透板のフレームは、大きくした方がいいな。逆にビスはもう少し細くていい。穴が大きくて余計に脆くなるぞ。径は二号小さくしろ」

「あ、わ、分かりました」

 慌ててメモを取り出して、しかしペンがなかった。胸ポケットに挿していたはずだが、どこかにいってしまったようだ。体中を叩き回して、握るメモ帳に挟んでいることにようやく気づく。

 焦りと恥ずかしさでくらくらしながら、とにかく言われたことを走り書きした。

 親方は優しいが、甘くはない。

 間違いをすべて指摘してくれるような、過保護な真似はしないのだ。同じような設計ミスがあるかどうか、もう一度見直す必要がある。

 と、いうか、湾曲透板を嵌めるフレームの固定器は頑丈にしたくせに、フレーム自体は一般的な規格のままだ。透板そのものも、頑丈に作られたものではない。しかもビスの太い径が逆効果というのは、完全に盲点だった。

 ひとつの指摘だけで問題点が噴出する。

 まだまだ甘い、と痛感する。

 言われたことと沸き上がった懸念事項、確認要項をメモする。俺を見下ろして、親方は笑った。

「リアンは真面目だなぁ。なんだったらこの工房、お前が継いでもいいんだが」

「いや、そんな」

 はは、と笑いがひきつる。

 肝心のローレともども出ていくつもりだ、なんて、言えたものではない。

「リアン! 準備できた?」

 大声に振り返って、どきりとした。

 マロウだ。

 鍔の長いキャップを目深にかぶって、工房の入り口に仁王立ちしている。

 アッと、親方が脇でも小突かれたような声をあげる。

 彼女に呼ばれるような心当たりは一切ない。何の用だろう。

「マロウ、準備ってなに?」

 問い返すと、マロウは変な顔をする。

「すまん! 言いにきたのに、忘れちまってた」

「親方?」

「今日は色々買うから手伝ってくれって。飛翔機貸すことになってんだ」

「はぁ、なるほど」

 話の流れを察する。

 親方の飛翔機は複座だから、俺かローレを貸し出すという話になっているのだろう。親方自身は行かないのかというと、彼は一度倒れて以来、右手が痺れて利きが悪い。こういうときに手伝いをするのはいつものことだった。

「隣町ですよね? 分かりました。マロウ! 少し待って!」

「んー」

 口に手を添えて叫んでも、マロウは色のいい返事をしなかった。親方が役割を果たさなかったことに不満があるのだろう。

 尾翼から飛び降りて機体をくぐり、壁際に走る。

 青い製図板に向かって会話を交わしているローレとファンネさんに、親方の指摘に関して話をしたかった。マロウたちの買い物ついでに、こっちの資材を買うためだ。

「ローレ! ちょっといいか、透板回りのことで話が」

「ああ、リアン。ちょうどよかった。俺も話があるんだ。透板のフレームでさ」

 話し半分でローレが切り出し、ん? と、気づかず牛糞を踏んだような顔に歪めた。

 顔を見合わせて、一つひとつ確かめるように言う。

「フレームの強度が弱くて」

「湾曲透板も使い回しで」

「ビスが」

「大きすぎる」

 よし、全く問題ない。

「それで今、マロウを乗せて隣町行くって言うから、その辺買ってくる」

「分かった、頼んだ」

 ローレは投げやりに言う。もう透板の検討を止めて、設計図を食い入るように見ている。他の設計ミスを探しているのだろう。

「あんたら、本当仲いいねぇ」

 ファンネさんが呆れたように言った。

 付き合いが長いと、自然にこうなるものだ。

 マロウにもう少し待つように声をかけて、工房に併設された住居部分に飛び込む。

 持ち込まれた機械やコード、部品などをまたぎ、着替えの押し込まれた洗濯室に駆け込んだ。洗濯槽があり、干したあと丸めて突っ込む部屋だから、こう呼ばれている。

 水槽のなかに住んでもらって、洗濯を助けてくれる水の精霊が、迷惑そうに水面から顔を出した。シャボン玉に小さく目を描いて沈めたような姿だ。体表面がくるくる流れているように見える。

「やあ、騒がしくてごめんね。今日は頼まないから休んでて。いつもありがとう」

 言いながら、汚れたツナギの上着を投げて、フライトジャケットを掴む。

 汚れ物についた黒い油染みを見て、水の精霊は嫌そうに沈んでいった。油汚ればかりで、いつも苦労をかける。心中で詫びながら、急いで洗濯室を出ていく。

 戻った。

 戸口に手をかけて、水槽を見つめる。水の精霊は驚いたように沈みかけたまま固まって、水面に波紋を立てていた。

 うわ。

 水中に沈んでいる、タコのような下半身が見えた。今までずっとチゼと同じような球だと思っていたのに。

 しかし、問題はそこではなく、さっきは全く水中の下半身に気づかなかったことだ。

 慣れ、とファンネさんは言った。見えても気づけない、と。

 なるほどこれは、見ようとしなければ気づかない。独特な感覚だった。しかも気にしなければ、生活に影響がない。よくできている。


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