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1 少年たち

「推進器、問題なし、と」

 小さな窯のような穴の内部に歪みも傷もないことを確認して、自分の顔を引き抜く。狭く暗い穴からいきなり明るい光を受けて、目が痛んだ。

 そんなに長い間眺めていた自覚はなかったけど、暗さに慣れてしまったらしい。

 目を瞬いて、ゆっくりと辺りを見回す。

 機巧工房には、広い天井に渡されたキャットウォークから、大型機械がコードを垂らしてぶら下がっている。

 棚やカートには、緩やかな曲線を描くフレームが重ねて置かれる。その積み方は乱雑で、蹴れば雪崩が起きそうだ。

 工房の中心には大きな飛翔機が、行儀のいい犬のように大人しく鎮座する。流線型の機体が鼻先を向けるほうには大きな扉があり、外に開かれている。日差しが眩しく舗装された路面を照らしていた。胴体に搭乗口は二つあり、それぞれに湾曲透板の風防が設えられている。それらの間に桁を伸ばして、丸みを帯びた直型飛翔板が乗せられる。機体の後部には二つのふくらみと穴がある。今しがた確認した推進器だ。

 目が慣れてきたので、整備の続きに戻る。

 機体を叩き、押し、揺らしてみて、歪みや緩みのないことを確認していく。側面を回って、機体の足に生える降着装置を掴む。緩衝器を点検し、タイヤの気圧を確認。蹴ってみて鈍い感触が返ってくる。異常なし。

 搭乗口に手を掛け、フック状の足掛けを伝って、機体の横によじ登る。手を伸ばして飛翔板の桁を揺すり、強度を確かめる。次いで搭乗席の計器を覗き込み、異常がないか確認する。続けて操縦桿を掴んで動かし、動翼の反応を見る。

「おい、リアン」

「うわっ!?」

 落ちた。

 尻餅をついた痛みに悶え苦しみ、後ろで笑っている友人に気づく。

「ローレ! なにすんだ、いきなり声かけてくるなよ!」

「いんや、さっきからいたんだぞ。全然気づかないんだもんな」

 差し出された手を借りて、立ち上がる。

 本当にいたのかよ、まったく気づかなかったぞ。

 しかし、そんなチャチな嘘をつくやつじゃない。どころか、いつ気づくかと黙って眺めていたかもしれない。だとしたら悪いことをした。

 そこでやっと、ローレがそこにいる意味に思い至る。

「あ、もう出発か?」

「おう。そっちの準備は?」

「終わったから、機体の確認してた」

 飛翔機を振り返る。

 古びている機体は丁寧に磨かれて、使い込まれた艶と風格を備えている。

 ローレは指先でゴーグルを皿回しのように回しながら、口をゆがめた。

「こんなオンボロじゃなくて、もっといい機体に乗りたいよなあ」

「充分いい機体だろ。重度のかなり低い、いい遊系金属を使ってるんだから」

「それが勿体ねーっての。バラして精錬し直して作ったほうがいいって」

「そうか? いい機体だと思うけどな。……ローレには乗りにくいだろうけど」

 ローレは不満丸出しのしかめっ面をした。

「別に、それは関係ねーよ。オンボロはオンボロだ。いくら整備したって、機体が新しくなりゃしねーだろ」

「そりゃそうだけど」

「こんなので旅に出てみろ、すぐにガタが来るぞ」

 旅ができない飛翔機なんて存在価値が無い、と言わんばかりに言い放つ。

 その点を持ち出されると弱い。

「いやまあ、確かに空に暮らすには、ちょっと使えないけどさ」

「だろ?」

「でもそれは、貨物が少ないし精霊の負担も大きいからで、古さじゃないだろ」

 飛翔機は精霊に力を借りなければ動きすらしない。

 目的に合わせて飛翔機を設計し、精霊の力を効率的に運用する。それが飛翔機のような機巧技術を扱う、機巧技師の使命だ。

 それを無理矢理他の目的に使おうというのが、そもそも間違っている。

 ローレは納得できない俺の背中を叩いた。

「ったく、頑固者め。分かったから、行こうぜ。ボヤボヤしてたら日が暮れちまう」

 飛翔機に向かいながら、フライトジャケットの襟を立てて喉もとのベルトを締める。

 その背中を見つめて、話を始めたのはどっちだとか、頑固者はお前だとか思うものの、何も言わずに胸にしまう。

 俺よりも飛翔機に詳しいローレにしてみれば、そんなことは百も承知なのだ。

 代わりに別のことを口にした。

「金は持ったよな?」

「持ってるよ」

 ローレはベルトポーチを叩き、飛翔機に向かう。

 俺も整備の際に脱いだフライトジャケットを急いで羽織り、ついでに、そばのテーブルに乗せた紙袋からドライフルーツを一口つまむ。凝縮された濃い甘さと、鼻に抜ける柑橘の香りが心地いい。

 車輪止めが外されていることを確認して、搭乗席によじ登る。そこに座るローレの飛行帽を叩いた。

「ローレ、俺に操縦させろよ」

「駄目だ。お前昨日やったろ」

「五分ばっかりのテストフライトじゃないか。あんなの飛んだうちに入るもんか」

「分かったわかった、帰りはお前な」

 うるさいからあっち行け、とばかりにローレは背後を親指で示す。

 もう完全に自分で飛ぶつもりで整備していたから、ものすごく残念だ。しかし飛びたい気持ちはローレも一緒で、そこはもう仕方がない。ため息を吐いて飛び降り、後部座席に改めてよじ登る。

 シートに腰を押し付け、四本のベルトを締める。長さを調整し、自分を座席に縛りつけた。ゴーグルを掛け、飛行帽から枝毛のように生える雫型の黒いマイクをつまみ、襟のベルトに巻きつける。座席脇の穴に、マイクから延びる電線を差し込む。マイクに触れて声を吹き込んだ。

『てすてす。ローレ、もう飛翔機のケツを打つなよ』

 飛行帽の耳当てに埋め込まれたスピーカーから、吐き捨てるような声が返る。

『てす。二度と打つか』

『回線良好』

 今しがた確かめたばかりの計器を、もう一度確かめる。対気速度計、水平計、流圧計は動かない。方位計は南東に向けられている。豆電球のような灯器が淡く光っているから、接続に問題はない。高度計は六十八シルトで針が止まっていた。

 シルト標高は、世界で一番高い島の頂点から、海抜高度までの距離を一万等分した長さのこと。この島の高度は、かなり低いほうだ。

『オッケ、じゃあ行くぜ』

『オーライ』

 ローレの操作に連動してスロットルレバーが動き、流圧計がピクリと揺れる。

 がくん、と段差を下りるように、機体は前に進む。床の継ぎ目を踏んだ揺れで、翼がぎしりと鳴いた。

 するり、と座席に水色の玉が舞い込んでくる。

 触れるだけでもやわらかそうな玉だ。指先で触れると、ほどけるように揺らめいて指から逃げる。触れた指先に感触はない。

 見ているだけで、なぜだか笑みが浮かんでしまう。形のない相棒に声を掛けた。

「チゼ。今はいいってさ」

 精霊は細かく震えて、袖に滑り込む。くすぐるように吹く風を感じて、笑ってしまう。

『リアン、チゼでも来たか?』

 突然声がして、慌ててマイクに手を触れた。

『ああ、来たよ。よく分かるね』

『一瞬だけ流圧が不安定になったからな』

『ああ、そっか。すまない』

『影響ないからいいさ』

 ローレは歌うように笑う。

 不思議なことに、チゼがこうやって姿を現すときは、決まって近くの風精霊に小さな影響が出る。大したものではないが、変な話だった。

 尾翼まで工房から抜け出たのを見計らって、機体の左側が揺れる。左右でギアの重さが変わり、その重さの差に従ってゆっくりと機体は曲がる。

 しかし、後部座席ではやることがなくて、すっかり手持ち無沙汰になってしまう。背もたれに首を乗せて、空を見上げた。

 日が昇って間もない、かすかな暗さを残す青空が広がっている。

 怠惰な眠気を捨て、活動的な昼を迎えていく、これこそ朝の空だった。

 雲も霧もない。ぽつぽつと雫のような岩が浮かび、遠い上空の島が黒ゴマみたいになって浮いている。小さなものは遊礫で、上空の浮遊島は誰かが住んでいるのだろう。

 そんないつも通りの空に、ふと異物が過ぎった。

『飛ぶぞー』

『ん。ああ、うん』

 マイクに声を吹き込み、手を離すのを忘れたまま異物に目を向ける。

 黒い点、遊礫だろうか。ふらふらと頼りなく、空を溺れながら進むような動きは、錯覚かと思うほど遅い。

 なんだろう?

 がたん、と機体が揺れた。スロットルが開けられ、推進器から風を噴出して機体が走り出す。翼を兼ねた飛翔板に、風を受けている。ほんのかすかな路面の突起を蹴って機体が揺れる。キイキイと緩衝器が震える。顔を下ろし、高速で流れる工房前の住宅街を見た。

 するり、と突然見えない膜ですくい上げられるように、機体は浮き上がる。

 眼下に島の崖と大空が広がる。そして空に浮かぶ島の岩塊を越えて、遥か下界に、霧がかった大海が見えている。

 安定した離陸だ。


 選評で、要約すれば「だいたいぜんぶつまらない」とバッサリされた作品。嗚呼、無念(げふぅ

 せっかくなので、分割だけして投稿しています。

 感想求ム。

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