16.夜の図書館
まず手始めに行ったのは、各部屋の鑑定だ。
地道にコツコツ、各階ごとに鑑定をし、反応がないかをみる。これで分かれば簡単でありがたいのだが……。
本を探すフリをして座りこんだり、関係者以外立ち入り禁止区域の開かない扉を叩いてみたり……。最後に地下一階の奥に位置する小さな部屋を鑑定して、やっと引っかかった。
入って正面の飾り彫りが施された本棚にある本が反応を示している。
「この本だけ、背表紙が違うから、これとこれを移動させたら、この本棚が動いて隠し部屋が……ってとこかな?」
ひょいひょいと本を入れ替える。
が、何の反応もない。
「あれ? 何で? 絶対このパターンだと思ったのに……」
鑑定で再度見ても、ここに何かある、という表示は変わらない。
「ここまで来て、他に条件がいるのか? うーん……司書さんたちに話聞いて回るかー」
いい情報があるといいなと楽観視しながら、白いローブ姿を捜してウロウロ。
仮にも司書さんたちは仕事中なので、何となく腰が低くなってしまう。
「あのー。少しお尋ねしたいのですが」
「はい、何でしょう。何か書籍をお捜しですか?」
「えっとですね……この図書館にまつわる噂とか、何かありませんか?」
「噂ですか? それでしたら……」
このやりとりを繰り返し、引き出した情報は、
・この図書館には夜になると幽霊が出る。
・幽霊が出るのは決まって地下一階である。
という内容だった。
えー……夜の図書館に入って、幽霊クエストってフラグなんだろうなぁ。
微妙にっていうか、それってホラーな展開じゃね? このまま一人で夜の図書館ダンジョンって普通に一人じゃ心細いんですけど……。
このまま地図コンプリート出来なくても別に問題ない。けど、ここまでフラグ立てておいて夜に調べないとか、中途半端で気持ち悪いじゃないか。
悩んだ末、協力者を要請することにした。
さて、夜の図書館に一緒に探検してくれそうなのは……。
アリーシアはダメだ。超怖がりだし。人気のない深夜の図書館とか、絶対無理。
ラエラもなし。ホラー映画とか好きなくせに、意外に怖がりさんだから。お化け屋敷に入れない奴だし…………あっ。
シロー! あいつお化け屋敷大好き人間じゃん。さっそく連絡してみよう。
巻き込める相手を発見し、意気揚々とチャットを繋げた。
連絡を取ると、シローは二つ返事で了承してくれた。声が弾んでいたのは間違いない。
「予想通り、面白いネタ仕入れてきたなぁ」と言われたが、偶然です。はい。
シローと一緒にいたハイドも一緒に来てくれた。ハイドは幽霊に関しては、そこまで怖くはないうえ、夜の図書館探検が楽しそうだな、とノッてきたのである。
二人ともありがとう!
これで問題は、閉館時間以降まで、どうやって図書館内に潜んで待機していようかということだけだ。
受付嬢に確認すると、閉館時間以降の入館は出来ませんと返答があった。
ま、当然だな。
さらに詳しく閉館作業について聞くと、閉館時間になると残っている人がいないかざっと確認後、入り口を閉めるだけだという。
さぁ、隠れてやり過ごしてくださいねっ! という開発の意図が見えるなぁ……。
ひたすら図書館内を歩き回ったので、隠れる場所に関しても、入り口から見えにくい影になる場所が数箇所あったので、すぐにピックアップできた。
図書館内のカフェでシロー、ハイドと合流して簡単に説明した後、幽霊相手なら聖水でも揃えておいた方がいいのではと、ハイドの言葉で神殿へと移動した。
***
「しかしあの本屋……じゃない、図書館、いいなぁ、あの蔵書量!」
「シローも絶対二・三日篭るだろ?」
「いやいや、全員やばいだろ。皆、本好きなんだから。下手すれば一週間は出てこない可能性が高い。俺だって図書館あるのを知っていたが、危険だから避けていたんだから……」
ハイドの予想に、さもありなん……とシローと二人顔を見合わせて肩を竦めた。
***
神殿に入り、アイテム販売している神官さんに話しかけ、聖水を大量に購入する。
聖水って他のゲームではほぼ使ったことのないアイテムだ。たいてい、敵を近づけないとか、呪いを治すとかそんな効果だったような気がする。
SDオンラインでは呪いの解除と、武器に降りかければ聖属性を持たせることが出来る。身体を持たない幽霊相手なら必要だとのこと。
シローの情報に感謝だ。
もし、何も持たずに幽霊に対峙していたら、なすすべなく襲われていただろう。
自分一人で挑まなくてほんと、良かった……。
奥まった本棚の影に隠れて閉館後の司書さんの見回りをやり過ごした。
「行ったか?」
「行ったな。もういいだろ」
「入り口の閉まる音もした。問題ない」
種族的に耳の良いハイドの声に、念のためこそこそと移動を開始した。
昼間、本を入れ替えても何も起こらなかった本棚は、入れ替えて本をはめ込んだら、ガコンと分かりやすく音を立てた。
本棚は鈍い音奏でながら横にスライドした。
「やっぱりな……隠し扉発見! しかし、ベタだなぁ」
「王道でいいじゃないか」
「これもまた探検物のロマンだろ?」
軽口を叩きながら現れた扉を開く。その先は、ひっそりとした廊下で左側に部屋の扉が三つ、右側に一定間隔でたいまつが焚かれていた。
索敵で敵がいないことを確認し、進む。
「さて、一部屋ずつ調べていきますかっ」
「じゃ、手前から……」
シローが扉の取っ手を掴み、ガシャっ動かすものの、扉は開かない。
「あれ? 開かないぞ? 背景なのか?」
「どこかに仕掛けがあるのかも知れないな。……レン、鑑定たのむ」
「んー。鑑定するまでもないかも」
廊下の右側のたいまつが、一つだけ消えている。火のついたたいまつを手にとって、消えたたいまつにも火をつける。
たいまつを元に戻すと、全部の炎が一瞬だけ大きく燃え上がり、スイッチが入った。
「分かりやすっ」
「いやいや、レンがRPGマニアだからじゃないのか?」
「言えてるな……よし、開けるぞ!」
シローが左側の扉をそっと押し開いた。
中は倉庫といった風で、木箱が無造作に転がっていた。
三人が中に入ると、扉が勝手に閉まった。
「罠か?」
「敵だろ。ほら、おいでなすった」
武器を構えると、目の前にぼんやりとした光が五つ出現し、人型になる。
「透けてる……聖水の出番だな」
それは、まごうことなく幽霊だった。
地下のせいか気のせいか、ほんのり空気が冷たい。
白く透けた人型幽霊がすぅーっと近付いて来る。
「おりゃ!」
聖水をかけた片手剣を振り下ろし、シローが幽霊その1を両断する。返す剣で幽霊その2を横になぎ払うと、幽霊は静かに消えていった。
「言っていいか?」
「何?」
同じように短剣で幽霊に切りつけながら、聞き返す。
「切り応えゼロ。悲鳴なし。空気相手みたいでつまんねーっ」
「あんまり強い敵じゃなくていいじゃないか」
「そだねー。こいつら、レベル12だし、余裕でしょ」
「何でそんな低いんだ?」
「ここ、最初の街だから……だと思うよ」
「納得だっ! これで、ラストっ」
主にシローがサクサク切りつけて、幽霊はあっさり撃退。倉庫部屋にはアイテムなしで、次に行く。
真ん中の部屋も同じく、幽霊が出てきたが、当然楽勝。
最後は右の部屋を残すのみとなった。
右の部屋は他よりも大きく、誰かの仕事部屋……といった家具配置だ。正面に大きな机と椅子。左手にリビングソファ。右手にガラス戸つきの本棚が並べてある。
「ここにボスがいるのかと思ったが……違うのかな?」
「どっちでもいいよ。怖くない幽霊なんて……」
うん、本当怖くないよね、ここの幽霊。
「何かいい獲物があるといいなぁ」
部屋ごと鑑定する。
机の引き出しと本棚で赤く点滅が光る。
本棚の本は、魔法に関するスキルの本だった。
「これって、レアなのかなぁ?」
ため息を付いてぽいっとハイドに渡す。中を捲ったハイドが言う。
「初心者にはいい獲物だな。俺たちには無用の代物……かな?」
「残念……次は引き出し引き出し」
「意外につまらんなー。夜の図書館。もっとおどろおどろしく、グローい敵が出てくるのかと期待していたのに……なぁ?」
行儀悪く机に座り、シローが文句を言う。
「同意を求められても……ホラー大好きなのお前だけだし」
引き出しは鍵がかけられていたが、そこは解除のスキルでちょいちょいと。
中に入っていたのは、小さな箱が一つ。
開けると、真鍮のレトロな形の鍵が一つ。
「鍵か……。この部屋の鍵か?」
「レンの後ろの壁に、小さい穴が開いてるから、それじゃないのか?」
ハイドに言われて、壁の穴に鍵を差し込むとピタリと合った。
「さてさて……ボスのお出ましか、宝の部屋へのご招待か……」
カチリと鍵を回した。