15.本を読もう
長い間誰かと一緒に行動していると、たまには離れたくなるものだ。
それに関して、幼馴染たちは誰も『団体行動を乱すな』とは言わない。皆もどちらかといえば個人主義だからだ。
しばらく一人でダラーっとしたいというと、ラエラとシローからも『そうだな』『私もソロプレイしよっかなー』とあっさり同意が返ってきた。
昼飯をみんなで食べた後、店の外で円形になる。
「またねー」
「なにかあったら連絡するねー」
「また面白いネタ仕入れて来いよー」
「またなー」
手を振って別れ、久々に一人、街の中心部に向かって歩き出した。
今日の天気は、晴れ。
外に出かけたくなるようなぽかぽか陽気。
そんな中向かっているのは、室内――最初の神殿がある街の図書館だ。
SDオンラインを始めた当初は、異世界旅行気分で楽しくて、フィールドばかりに出向いていた。
基本的に敵を倒してボスを倒して進んで行くゲームだから、まぁそれが普通なんだが……。
元々インドアな人間なので、たまには内に篭りたい。いや、細かく言えば本が読みたい。
朝起きて、仕事して、帰って家事やって、風呂入って、寝て終了という毎日で、最近本を読む時間がない。
久しぶりに読みふけりたい。
そんなことを思っているときに、SDのホームページのお知らせを見て、一人狂喜乱舞した。
ゲームの協賛企業に、いくつかの大手出版社が追加されたのだ。それに伴い、図書館の本が大幅に追加された。
その追加された本は、その出版社から発売されている書籍なのである。
一般の図書館と同じく、SDの運営企業が本をデータで買い、それをタダで読めるわけで、もう運営さまさまである。
「本~本~」
浮かた気分で図書館に入る。
さすが異世界図書館。どこのヨーロッパの教会がモデルですか!? という荘厳な外観の建物だった。
入り口は二枚扉になっていて、一枚目をくぐると入って左右にカウンターがあり、受付嬢が微笑んでお辞儀した。
「ライーデル王国立図書館へようこそ」
「あの、本の閲覧をしたいんですが」
「ご利用の冒険者様は、こちらの水晶にリングを翳してください」
カウンターの上に置かれた掌サイズの水晶に手を乗せると、ちょうどリングが当たる設計になっている。
水晶に青い色が灯り、受付嬢がにっこりして頷く。
「受け付けはこれで終了です。館内のご案内がリングに追加されました。今お聞きになられますか?」
神殿の神官さんの例からいって、このチュートリアルもきっちり聞くと、なにかもらえるかも知れないと、頷く。
「館内の蔵書は全て貸し出し禁止です。書籍のご利用は館内のみでお願いいたします。館内にはソファや机と椅子が多数用意されておりますので、そちらをご利用下さい。また飲食はお席でのみ可能です。館内併設のカフェがございますので、ご利用下さい」
「えっ? 本読みながら飲み食いしていいってことですか?」
紙に水と汚れは厳禁だ。飲食はご遠慮下さいというのが、リアルの図書館の張り紙にあるくらいだ。
驚いて聞き返したのに対し、受付嬢は動じることなく返答した。
「はい。当図書館の蔵書は、水と汚れを弾く使用になっておりますので、ご飲食していただいて構いません。これは館内カフェの割り引き券です。是非ご利用下さい。では、心行くまで読書をお楽しみ下さい」
受付嬢が片手を上げると、奥の扉がゆっくりと開いていった。
「おぉーっ。凄いっ」
思わず感歎の声が上がる。
正面は地下一階から地上三階くらいまでの円形の吹き抜けになっていて、目に入る壁面、全てに本が並んでいる。
本棚の前の通路は広くとられ、こちらに背を向けてソファや椅子が並べられている。
白いローブ姿の人たちが、本を棚に戻す作業をしているのがみえる。あの人たちは図書館司書NPCなのだろう。
巨大な図書館は中々の人がいるにもかかわらず、広さのお陰で混んでいるようにはみえないし、何より静かだった。
一番ざわめきが聞こえるのは、入り口に入ってすぐ左手、一階の南部分にある、大きなガラスがはめ込まれているカフェだ。
「はぁ……なにこの幸せ空間」
本の分類案内を見ながら、目当ての出版社の本棚へと直行する。
――あの人の本も、この人も本も、新刊が出てるんだよな。ふふふっ、今日は読むぜっ!
二階部分に目当ての本を見つけ、数冊手にとって近くのソファに座った。小さなテーブルに本を置いて、いざ読書開始!
夢中になって本を読み続けて、ふと、腹の虫がないて気付いた。腹減った。
読み終わった本は各所にある返却ワゴンに戻しておくと、白いローブの司書さんたちが元の場所に戻してくれる。
まだ途中の本を持って、カフェへと移動する。もらった割引券使い、コーヒーにピザトーストを注文して日当たりのいい席で、食べながら読む。
至福のひと時である。
食べ終わった後はまた移動して、SDオンライン独自に用意された本に手を出した。
色々な各地の伝承や、昔話、各スキルのヒント的な本まである。
どうやら、開発者さんたちの色々作った裏設定の塊のようだ。
表に情報出さないけど、本にしたから読んだ人だけ楽しんでね? ……みたいな。
細かい設定ってゲームやる上では必要なかったりするけど、考えた分はもったいないからどこかで話したくなるものだよね。どこまでもマニアックになってしまうが……。
「スキル、スキルかー。シーフ系目指してたら、気付いたらトレジャーハンターっぽいスキルばっかりになってるからな……両方のイメージがニアリーイコールってことなのかな?」
そろそろ初級スキルから中級スキルでまとまらないだろうかと、『目指す!! スキルマスター』という本を手に取り、めくる。
本には最初に取得できるスキルが系統ごとにまとめられていて、いくつか例として、複数の初級スキルのレベルを上げ、一つの中級スキルになることが記されていた。
その辺りの情報は、SDの掲示板にもちょこちょこ書き込まれているが、皆、自分が見つけたのは大事にしたいのか、あまり出回っていない。
盗みはすでに中級にあがってぶんどるになっている。
後は索敵、鑑定、分析(敵の弱点をさぐるスキル)、地図、先制、しのび足、回避、とんずら……このあたりがレベルが30以上だ。
あんまり上がってないのが、料理や調合、写真などなど多数。
戦闘系のスキル――短剣と軽装備は固定なので、一番高い状態だ。
「おっ、この『ホルスの目(地図と敵・宝箱の表示と敵の詳細分析)』っての、条件にぴったりじゃん。索敵、地図、分析を一まとめ……地図のレベルがちょっと足りないけど」
この本がなくても、地図スキルがレベルに達したら、リングが『NEW!』と新たなスキルを教えてくれるのだが、知っていると上げようという気になる。
地図スキルを上げるには、いろいろなところでマッピングする必要がある。これはダンジョンだけでなく、建物内でも可能だ。
そうと分かれば、この図書館のマッピングをしよう。
本を閉じ、スキル獲得のために図書館内を歩き始めた。
図書館でも本屋でも、利用者の視線は本に向けられているため、歩き回っていても変な目で見られることはない。
リングから出た画面を見ながら、非表示になっている箇所を歩いてつぶしていく。この地図スキルもレベル30になれば、フィールド上で隠しアイテムを拾えるようになると、掲示板にあった。現在のレベルは地図29。
地下一階地上三階を歩き回って少々疲れ、再びカフェへと入る。
ケーキセットを注文し、表面がゼリーでコーティングされ光っている苺のタルトを口に入れながら、画面を見る。
図書館の地図は一通り回って非表示がなくなったにも関わらず、コンプリートの文字が出ない。
「うーん。埋まってるけど足りないってことは、この図書館、隠しがあるな。地味にコツコツさがして見つかるものなのか、独自のクエストがあるのか……どうしよ」
コンプリートしたら、たぶんスキルレベルが30に上がるだろう。だが、まだ本を読みたい気持ちもある。
――調べるのはまた明日にして、今日は読もう。そうしよう。
そして閉館時間――夜の八時まで、カフェで買ったカップ入りのカフェオレを飲みつつ、本を読み続けた。