休んでください魔王様!~聖女の魔法は推しの魔王のエナドリ代わりになるようです~
「千の勇者と秘密の花」――通称・センハナ。世界をまとめる神殿の聖女として、世界各国から集まった千人の勇者をまとめて魔王に立ち向かう、大人気女性向けスマホゲームだ。
高校生だった私は事故に遭い、推し活に勤しむほど大好きだったそのゲームの世界に、主人公の聖女・ルミエルとして転生した――はず、だったのだが。
「はぁ~、まさか早々に追放されるなんて……」
どこかも分からない都の中を、私はとぼとぼと歩いて行く。着ているのはボロボロになった茶色いワンピース。ゲームの中のルミエルは、白いドレスを着ていたはずだが、その姿とは似ても似つかない。
ここがセンハナの世界と気付き、いよいよストーリー開始となった時。何故かもう一人聖女を名乗る者が現れて、私は偽物として追放されたのである。そしてあちこちを彷徨った末、この都に辿り着いたのだ。
「ま、転生前のお陰で厳しい状況には慣れてるし。バイト探しでもするかぁ」
バイト募集の張り紙が出ていないかと、辺りを見回しながら進んでいく。そんな私を、頭に角を生やした魔族と呼ばれる人たちが、物珍しそうに見つめてきた。どうやらこの都の住民は、ほとんどが魔族らしい。
めぼしいバイトは見つからないまま、都の中心にある大きな城の前に辿り着く。
「お城なら仕事もあるかな。いやでも、一般人じゃ働けないかぁ」
別の場所へ行こうとしたその時。突然、城門が勢いよく開いた。
「もう無理です!」
「ブラック過ぎるよこの城!!」
城門からは数十人の魔族たちが逃げるように飛び出してきた。何事かと目を瞬かせていると、城門の向こうからため息が聞こえてくる。
「まだ雇ってひと月も経っていないのに……」
疲れた目で出て行った魔族たちを眺めているのは、エメラルドの長髪に、頭からまっすぐな二本の角を生やし、眼鏡をかけた長身の魔族の男。その姿を見た途端、私は思わず目を見張った。
(シルヴァだ!?)
シルヴァといえば、センハナに魔王の側近として登場する敵キャラだ。その整った容姿から、サブキャラクターでありながらも人気を誇るキャラクターである。
そしてシルヴァがいるということは。
「もしかしてここ、魔王城……テネブル城ですか?」
声をかけると、シルヴァは首をかしげながら私の方に顔を向けた。
「ん? そうですが……」
「やっぱり!!」
追放で下がっていた気持ちが一気に急上昇する。
(なら、ユスティスがここにいるってこと!?)
ユスティスは魔族の国・テネブル王国を統べる魔王。センハナのストーリーの敵キャラであり、転生前の私の最推しキャラだった。
黒の短髪に曲がった角。色白で深淵のような黒い瞳を持つ、冷徹な孤高の支配者。特にゲーム内のボス戦で必殺技を放つとき、「お前たちに構っている暇はない。去れ」という子どもをあしらうかのような台詞は、聞く度にときめいていた。
転生前の私は、ストーリーにて彼の台詞を舐めるように読み、推しへ課金するためバイトを詰め込んでいた。そんな最推しがいる場所に来られるなんて。
(ありがとうございます。追放してくれたお陰で、推しの聖地に来れました!)
心の中で彼らに感謝していると、シルヴァは私を見て首をかしげる。
「ああ。もしやあなた、今日から来る予定の住み込みメイドです?」
「え? いや私は……」
突然の声かけに戸惑う私の腕を、シルヴァはがっしり掴んできた。
「丁度よかった。さっそく仕事がありますよ」
そのまま私はシルヴァに半ば引っ張られるようにして城に連れ込まれ、メイド服に着替えさせられた。
「ふむ、なかなか様になっていますね。ではこのティーセットを運んでください」
シルヴァは着替えた私の姿を見て満足げに頷きながら、カートに乗った茶とクッキーを指さした。私は混乱しながらも言われるがままにカートに手を添える。
「ええと……どこまで運ぶんですか?」
「もちろんユスティス様の執務室です」
「……っ!!」
私は大きく目を見開いた。まさか推しの城に来られただけでなく、推しに会えるなんて。
緊張しながら、私はシルヴァについていく。連れてこられたのは城の最上部にある美しい彫刻が施された扉の前だった。そこがユスティスの執務室なのだろう。
「ユスティス様、お茶をお持ちしました」
シルヴァがノックするも、一向に返事はない。シルヴァは大きなため息をつき、「失礼します」と扉を開け放つ。
その向こうに見えたのは――机に積まれた大量の書類の山。そしてその間からは……ゲーム画面越しに幾度となく見た者の、見慣れない顔が覗いていた。
「はははは……仕事楽し~い……」
目元に大きな隈を作り薄笑いを浮かべていたのは、間違いなく最推しユスティスだった。シルヴァがいることに気付いた彼は、生気のない瞳で笑う。
「あ、シルヴァ。『命を元気に変えるドリンク』ちょうだい。気力出なくてさ」
「やめてください、もう十本目ですよ。それ以上飲んだら健康に影響が出ます」
「安心してよ、もう不健康だから。あはははは~……」
引きつった笑みを浮かべるユスティス。社畜のようなその姿に、私は衝撃を隠せなかった。あのボス戦のかっこいい台詞も、ただ仕事の邪魔をされたくない意志の現れだったのだろうか。
呆然としていると、ユスティスは私に気付いて声をかけてくる。
「で、そっちはなに?」
「彼女は新しいメイドですよ。さあ、お茶をお出しして」
「し、失礼します」
見よう見まねで茶を注ぎ、ユスティスの脇に置く。彼は置かれた茶をしばし眺めた後に一口飲むと、ちらりと私を見上げてきた。
「お前、名前は」
「ルミエル、ですけど……」
「ふぅん。まあ、頑張って」
ユスティスは薄笑いを浮かべてそう言うと、再び机に向かっていった。隣のシルヴァは頭を抱えながら、「行きましょうか」と扉を指さした。
二人一緒に執務室を出た後、私はシルヴァの顔を見上げる。
「あの、ユスティス様はいつもあの調子で?」
「ええ、毎日が仕事三昧で。しかし働き過ぎは体に毒。医者からも疲労で早死にするぞと言われているのですが」
「は、早死に!?」
ソシャゲであるセンハナのストーリーは完結しておらず、ユスティスもまだ生存している。だが現実ではこのまま行けば死んでまうらしい。しかも原因は勇者に倒されるでもなく、過労だなんて。
「ですのであなたも、できるだけユスティス様を休ませるように」
「分かりました。推しには健やかでいてほしいですから!」
勘違いでメイドになってしまったが、推しの危機とあれば仕方ない。衣食住もなんとかなりそうだし、こうなれば間違いが発覚するまでメイドとしてユスティスの助けになろう。
私は拳を握りしめ、心の中でそう誓った。
***
数日後の夕方。私はユスティスの執務室で彼との攻防を繰り広げていた。
「ユスティス様、晩餐の準備ができました。いますぐ食堂へどうぞ」
「いらない。時間ないし。用意した食事は使用人のみんなと食べて」
「ですが昨日も、一昨日も晩餐を抜いたでしょう。そろそろまともな食事を召し上がらないと」
「大丈夫だって、適当にお菓子をつまんでいるし。それよりほら、元気ドリンク」
「ダメです。シルヴァ様から一日三本までと言われてますから」
「はぁ、メイドならいけると思ったのに。お前は厳しいね、ルミエル」
ユスティスは私を横目に睨みながら口を尖らせた。
「そもそもお前、こんな激務の城がよく続いているね。普通ならもう逃げ出しているよ」
「私はユスティス様に健康に生きてほしくて働いていますから」
確かにこの城の仕事は激務だった。
テネブル王国は差別されている魔族たち、国の周囲から発生する瘴気と魔物、そして魔王に挑んでくる勇者たち――などなど、多くの問題を抱えている。
特に勇者たちがやってくると、魔王は対応に時間を取られてしまう。さらには戦いで壊れた城の修復に多くの労働力が奪われ、そのため各部署が人員不足となり激務で人が減っていくという悪循環に陥っていた。
しかしいくら忙しかろうと、私にはユスティスを過労死させないという重大な目的がある。
(いつかは終わりが来るかもしれない立場だけど。せめて私がいる間に、少しでも生活を見直してほしい)
オタクとしては、最推しには健やかにいてほしいのだ。そのためなら何でもしてみせる。
「ですので、今日の晩餐にはなんとしても来てもらいます!」
「無理。食べている時間がもったいない」
ユスティスは顔をしかめながら、書類仕事に戻ってしまう。その態度に苛立った私はユスティスの傍に近づいて、「失礼します!」と腕を引っ張った。
「はぁ!? 行かないと言っているだろう」
「ダーメーでーすー! そんなことしてたら、そのうち体を壊しますよ!」
「私は頑丈だから心配いらない! いいから離せ!」
腕を払われ、その日はそのまま部屋の外へ追い出されてしまった。
***
だが翌日。ユスティスは本当に体調を崩して寝込んでしまう。
「いつもと同じく、疲労から来る熱ですね。寝ていればそのうち熱も収まるでしょう。ですがいい加減にしないと、そろそろ本当に死にますよ」
医者は呆れたようにそう言って、道具を片付け部屋を出て行った。ベッドの横に座っていたシルヴァは、大きなため息をついてから、部屋の隅に控えていた私の方を振り向く。
「私は仕事の調整をしてきますので、看病を頼んでいいですか?」
「もちろん。ですが私で、いいんですか?」
まだ新人の――しかも手違いで入った――私に、王であるユスティスの看病を任せていいのだろうか。しかしシルヴァは小さく微笑む。
「あなたはいつも、ユスティス様のことを思いやってくれていますから。意外と、そこまでできる人はいないんですよ」
そしてシルヴァは部屋の外へ出て行った。
残された私はベッドに横たわるユスティスを見る。
(はぁ~~……熱出してても顔よすぎ。赤らんだ頬と滲む汗の色気やば。こんな顔を独り占めしていいんですか?)
内心興奮してしまいながらも、私は拭き布を水で絞って彼の額に当てる。すると冷たさを感じたのか、ユスティスが目を覚まして体を起こした。
「ん……仕事……」
「ダメです。熱があるんですから寝ていてください」
ベッドから出て仕事をしようとする彼を、私はそっと彼の体を押し戻す。
「ええ……意地悪……」
ユスティスは不満げに口を尖らせた。熱のせいか、なんだか幼く見えてしまう。微笑ましく思いながらユスティスの体に布団をかけ直していると、突如外から「ドォォォン!」と地響きが聞こえてきた。
「な、なに!?」
私は慌てて窓に駆け寄った。見ると城門の前で、シルヴァと複数人の男がやり合っているのが見える。剣や槍を携えている彼らは――他国から来た勇者だ。
「こんな時に……!」
シルヴァは元々戦闘向きではないため、抑えるのも限界があるだろう。どうするべきかと焦っていると、後ろからバタリと何かが倒れる音がした。
「ユスティス様!」
見るとユスティスがベッド脇に転げ落ちていた。私は急いで駆け寄り、その体を支える。彼はふらつきながらも再び立ち上がろうとした。
「私が……行かないと……」
「ダメですよ! 熱があるのに!」
「でも私が行かなければ……他の民が傷つけられてしまう!」
「……っ」
勇者たちはユスティスが出てこなければ、他の魔族たちを攻撃する。だからこそ彼らの対応を、いつも一手に担っていたのだ。
ユスティスを無理させるべきではない。しかし彼の国や民を思う気持ちは尊いものだ。そして勇者に対抗できるのは、彼しかいない。
(……仕方がないかな)
追放されたとはいえ、私は聖女。本当はユスティスを助ける力を持っている。
「今回だけ、特別ですよ」
私はユスティスの額に指を当て、聖女の魔法を発動させた。途端にユスティスの顔から赤みが引いていく。根本的な解決にはならないため、これまで使わないでいた癒やしの魔法。けれど彼の思いを叶えるためにはこれしかないから。
「行ってきてください、ユスティス様」
ユスティスはしばし目を見開いて私を見ていたが、やがて立ち上がり部屋の外へ駆けていった。
***
しばらくの後。私は勇者たちを一網打尽にしてきたユスティスに詰め寄られていた。
「ねえ。さっきの魔法、元気ドリンクより効いたんだけど。なんて技を隠していたんだい? あんなの持っていたなら早く言ってよ」
「イヤですよ。知ってたら絶対乱用したでしょう」
「もちろん。ねえ、今すぐ私の専属メイドにならない?」
(うっっ、顔がいいっ!)
見たこともない程の眩しい笑顔で誘われて、私は思わず目を閉じる。
そのときバタリと寝室の扉が開き、青い顔のシルヴァが入ってきた。隣には、小柄な魔族の少女が立っている。
「新しく来たメイドです。すみません、途中で崖崩れが起こり、遅くなりました」
「あー……」
どうやらこのタイミングで、本物の新人メイドが来たらしい。
苦笑いする私に、シルヴァは青い顔で頭を下げてくる。
「すすすすみません。私、あなたがてっきり新人メイドだと……」
「いえ、否定しなかった私も悪いので」
私たちのやりとりに、ユスティスは首をかしげた。
「なに? ルミエルはメイドじゃなかったの」
「はい。まあ私も色々あって、行き先がなかったので助かりました。それに色々楽しかったですし。でも本物がきたので、大人しくやめます」
「え、どうして。行き先ないんでしょ」
ユスティスはそう言って、私の体を引き寄せる。
「ここにいてよ、ルミエル。私の専属メイド――もとい元気ドリンクとして」
唇に浮かぶのは、なんとも嬉しそうな、魔王らしい笑みだった。
(END)
最後まで読んでいただきありがとうございました!
以前、花とゆめまんが原稿賞に出して最終選考に残ったものでしたが、発表から時間が経ったのと、せっかくなのでどこかに残しておきたいなという思いで載せてみました。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです!




