第一章・第1話
仮面の街
この街では、人は生まれたときから“仮面”と共に生きる。
朝になれば、人々は棚に並べられた仮面の中から、その日の役割に合った一つを選ぶ。
仕事用の仮面。
戦うための仮面。
交渉のための仮面。
そして――感情を隠すための仮面。
仮面は力をくれる。
だが同時に、“本当の顔”を覆い隠す。
Rは、街の外れにある古い集合住宅の一室で、今日も目を覚ました。
天井に走るヒビをぼんやり見つめながら、
棚に置かれた仮面に視線を移す。
無骨な鉄製の仮面。
鋭い眼孔を持つ戦士の仮面。
優しげな笑みを刻んだ賢者の仮面。
どれも、それなりに“強い”。
だが――
Rは、どれも手に取らなかった。
「……今日も、これでいい」
Rが選んだのは、
何の装飾もない、白い仮面。
伝説の偉人の名も刻まれていない。
力も、ほとんど宿っていない。
ただ、
“Rであることを隠す”ためだけの仮面だった。
街に出ると、空は灰色だった。
高層建築の影が地面に長く伸び、
人々は仮面の奥から他人を見つめて歩いている。
市場では、仮面屋が声を張り上げていた。
「最新型だ!
剣聖アストラの仮面、入荷したぞ!」
「こっちは賢王ルメリアの仮面だ!
知力が三段階は跳ね上がる!」
人々は競うように金を払い、
より“強い仮面”を求めていく。
Rはその光景を横目に、
ただ歩いた。
――力があれば、守れる。
誰もが、そう信じている。
だがRは、
なぜかそれが、少しだけ――
怖かった。
路地を抜けた先。
小さな広場で、少年たちが仮面を被って喧嘩をしていた。
「うおおっ!」
剣士の仮面を被った少年が突っ込む。
別の少年は、獣の仮面でそれを弾き返す。
仮面の力が、
“子ども”でさえ武器になる時代。
Rは立ち止まり、
その光景を見つめていた。
――もし、仮面がなかったら。
この街は、どうなるんだろう。
その時だった。
背後から、低い声がした。
「……お前、仮面つけてる意味ある?」
振り返ると、
壁にもたれて立っていたのは、
年の近そうな青年だった。
軽装。
素早そうな身のこなし。
目だけが、やけに鋭い。
仮面は、被っていない。
――いや、違う。
“見えないだけ”だ。
Rは、直感でそう思った。
「……ないなら、つけない方がいい」
青年は、そう言って小さく笑った。
「俺はカイ。
お前は?」
「……R」
「Rか。
変な仮面だな」
白い仮面を見て、
カイは少しだけ目を細めた。
「力もないのに、隠すためだけって顔してる」
Rは何も返せなかった。
カイは肩をすくめる。
「ま、いいさ。
この街じゃ、変な奴ほど長生きする」
そう言って、
彼は人混みの中へ消えていった。
――Rはまだ知らない。
この出会いが、
やがて“運命”になることを。
そしてこの街が、
もうすぐ“壊れる”ことを。
仮面の時代が、
静かに――
終わりへ向かって動き出していることを。




