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伝統を守る

作者: 蒼井真之介

「はい、生活安全課の旗本大三郎です」


「ちょっと、あんた。年末のさ、大晦日にさ、鐘鳴らすの止めてくんない?」


「はい?」


「めっちゃ除夜の鐘、うるさいんだけどさ!」


「褒めてくれてありがとうございます。除夜の鐘って心に沁みますよね? 気に入ってくれてありがとう!」


「あ、あ、あ、アホンダラ! 気に入ってるわけないべや! なめとんのかいな! 除夜の鐘がうるさい!! 止めれや!」


「見知らぬおばさん、ありがとうございます。今年もジャンジャン鳴らしますよ! 御心配なく!」


「て、テメェ、主婦をナメてんのか!! やかましいんだよ! 毎年毎年飽きずに鐘ばかり鳴らしやがってよ!!」


「ありがとう。そんなに情熱的に褒めてくれて。泣けますね! 見知らぬおばさん、除夜の鐘が好きなんですね!」


「なんだか話が通じないんだけども。なんだこりゃ?」


「こちらこそ。見知らぬおばさんと話ができて良かったです」


見知らぬおばさんは恐怖を感じていた。話しても話しても嬉しそうに返してくる、この旗本大三郎という男に疑問符が浮かんできた。なぜ、話が通じないのかわからない。見知らぬおばさんは仕方なく一通り文句を言ってから電話を切ろうとした。


「クソ喧しい除夜の鐘なんか廃止しろって言ってんの!!」


「えっ!? 見知らぬおばさんも除夜の鐘を打ってみたい?」


「そんな事は言ってねぇって!!」


「打ちますか? 近くに除夜の鐘が打てるお寺があるんですよ。金玉寺きんぎょくじっていう江戸時代からある歴史的価値の高いお寺なんです。見知らぬおばさんも御存知でしょう? 金玉寺。金玉寺に初詣で行くのも超お薦めですよ」


「この野郎。まったく話が噛み合わねぇ。ヤベェ奴だわ」見知らぬおばさんは不整脈が出始めてきた。


「見知らぬおばさん、お名前は?」


「匿名希望だよ」


「変わった名前ですね」


「いやいや、匿名希望です」


「山本幸子様?」


山本幸子は驚いて急いで電話を切った。


『何で私の名前を知っているんだい? 言ったけ? いや言ってないしさ。何なんだよ、旗本大三郎は危険な奴だわ』



20分後。



インターホンが鳴った。


山本幸子はスリッパを履いて玄関まで小走りした。


「はい? どちら様?」


「金玉寺で除夜の鐘が打てますよ」


山本幸子は腰を抜かせてしまった。


「ど、ど、どちら様ですか?」


「旗本大三郎です。窺いに来ました」


鍵が閉まっているはずなのにドアが開いてしまった。


「さあ、山本幸子様、今から一緒に金玉寺に行って金玉寺の住職、金玉諸出汁きんたまモロダシさんに会いに行きましょうか」と旗本大三郎は嬉しそうに言った。


「い、い、行きたくないですね」


「外にタクシーが待ってます」


「行きたくないです。すみません」


「行きたいけど足が痛くて歩けない? 分かりました。私、旗本がおんぶしますよ」


山本幸子は恐怖で体が固まって動けなかった。


「ご、ご、ごめんなさい。除夜の鐘、続けて貰って構いません。大丈夫です。御迷惑おかけして」


「わかりゃ良いんだよ!! クソババア!! ナメたこと抜かすとクソババアの鼻の穴に指を入れてほじくり回して鼻くそを取って食わすぞ!! 日本の文化や伝統を汚す奴は鼻くそを食べさすという裏の法律で決められているんだよ!! 今度ナメた事言ってきたら金玉寺にお前の墓が立つからな!!」


「ヒィー、怖い」


「クソババア、5日前にも『熊を殺すな! 山に返せ! 人間より熊が大事だ!! 人間は滅べばいい!!』ともクレームしてきたよな?」


「えっ!? 何でバレたのだろうか!? そして私は今後どうなるのだろうか? そして私は怯えている。そして、そして」


「熊、連れてきたから。アンタの家の庭に生きの良い熊を2頭放したから」


「えーっ!? 困ります!」


「俺は困らん! 何か悩みや辛いことがあれば金玉寺に行ってきなさいよ」


「今、凄く辛いです!」


「じゃあ、金玉寺に行きなさい。救われますから。南無阿弥陀仏」と旗本大三郎は手を合わせて言った。


「ガルルルル!」


「ガオオオオ!」


庭で2頭の熊が取っ組み合いの喧嘩を始めて叫び声をあげた。


山本幸子は熊の暴れっぷりに絶望していた。


旗本大三郎は口笛で舘ひろしの『泣かないで』を吹いた。


山本幸子は複雑な気持ちで口笛を聞いていた。


旗本大三郎はチャオちゅーるを持って山本幸子の家の庭に行ってしまった。


熊たちの争い声が消えた。


旗本大三郎は玄関に戻ると十字架を切った。


「山本様、メリー・クリスマス!」 と旗本大三郎はキラキラした瞳で言った。


「メリー苦しみます」と山本幸子は身も心もボロボロになって返事をした。


山本幸子は除夜の鐘を侮辱したツケはデカいと悟った瞬間でもあった。


旗本大三郎は嬉しそうに空を見上げた。


優しく雪が降ってきたのだ。


旗本大三郎は空に向かって手を差し出した。




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