2 朧ノ巣
悠と塁は面白くなさそうに二人を見る。二人としては邪魔な物が組織に加入した状態に等しい。特に悠は面白くなさそうだ。
「玲くん、不要だと思ったら捨てて良いんだよね。」
悠が玲を見ると玲はゆっくりと頷いた。
「つーくん。そいつ処分するときは僕を呼んでよ」
悠が松雪を指しながらいうと、そのまま松雪の耳元にまで近づき、黒い笑みを浮かべながら囁く。
「つーくんの邪魔をするようだったら、容赦なく君を殺すからね」
松雪は体を強ばらせ固まってしまった。しかしながら、囁いているが全て聞こえてしまっている。白はここで何か松雪をフォローするような事を言えば、悠が松雪をもっと嫌う原因になることを理解している。なので白は苦笑いしがら悠の頭を撫でた。
この男、悠は幹部組にはとことん甘いのだが他の人間には逆にとことんドライなのだ。
悠は撫でられると満足気に離れていった。塁も何も言わないが、悠に賛成のようだ。本当にこの男達は
一方、自由人な玲は興味がなさそうに通信端末を弄っていた。
「次の定例で君には挨拶してもらうから、よろしくね」
言うと同時に定例の連絡が白の通信端末に送られてきた。この男仕事が早い。それだけ送ると玲は、通信端末をしまう。
「よし、帰るよ。悠」
言うが早いか玲は背を向けた。嵐のようにやってきて嵐のように去っていく、自分勝手な男だ。悠は顔を膨らませながら後ろを着いていく。
「玲くん、本当自分勝手」
塁も黙って二人に着いていってしまった。白はうんざりとした表情をする。本当に投げやりだ、説明も世話も全部自分任せだ。自分のやらかしたことなのだから仕方がないが、なんて無責任な行動なのだろう。
それが玲という人間で、玲だからこそ許されることなのは分かっている。
呆然としてしまっている松雪に向き直り、頭を搔く。
「とりあえず、組織の説明しよっか」
こくんと頷く松雪。白はどこからかホワイトボードを出してきた。真っ白なホワイトボードにキュキュッと朧ノ巣と書かれる。
「朧ノ巣というのが僕らの組織の名前。さっき言ったよね?」
「うん」
言葉を理解しようとしてる松雪に白はゆっくりと説明を始める。
「特殊能力組織、ボス一名、幹部五名、構成員106名。合計110名で組織されている組織だよ。ついでに言うとさっきの玲くんはボスで、僕含め残りの三人は幹部」
「えっ!?」
松雪から思わず今日イチの声が出る。
「さっきの人ボスなの?!しかも白くん幹部?!でも同い年だし、小さいのに!」
「小さいというのは年齢が、って話だよね?身長の話じゃないよね」
一般的に言えば身長が低いとされる白、微笑んでるはずなのに怒りのオーラを感じる。どうやら地雷だったようだ。松雪は勢い任せにこくこくと頷く。
白はコホンと一つ咳をする。
「僕らの組織は皆、同い年で高一の歳なんだ。」
「えっ?」
白はペンで朧ノ巣の文字をトントンと叩く。
「ボス、幹部含めまだ未成年。それでいて同い年、それでこの組織は成り立ってる」
意味が分からないというように松雪が目を瞬かせる。全員が未成年な組織なんて成り立つのだろうか
「そこは秘密かな。この組織秘密が多いんだ」
口に出さずとも疑問に気づいた白は、ミステリアスに口に指を持って守秘をする。なんだかその行為に色気を感じ、松雪は思わず固まる。気づかずうちに頷いていた。
「でもねこの組織、皆が特殊能力をもっている訳じゃないんだ。110人中18人は能力なし。」
「逆に92人は能力を持っているんだ」
「まぁね、皆が皆便利な能力って訳じゃないけど。そういう子は違う所で補ってるから」
そう言いながら白はホワイトボードにピラミッドを書く。
「能力にも三段階あると僕達は考えてる」
少し歪になったピラミッドに二つの横線を入れる。そのピラミッドの中には書かず外側にノーアルクと書く。
「ノーアルク、超能力を持っていない人間のことをいう。普通に呼べばいいんだけど色々あったのと、やっぱり厨二病チックなことに憧れるのは誰しもあるから」
少し遠い目をする白。同い年の組織ということは皆、憧れる時期が一緒だ。きっと賛成意見は多かったのだろう。
ピラミッドの一番上をコンコンと叩く。
「特殊能力で3段階中3を持つのが幹部以上。自分で言うのもなんだけど、他の能力者と比べると強かったり条件が良かったりする」
皆、戦闘系って訳じゃないけどね。と付け足しする。
「次、真ん中は他の構成員達。能力は使えるが、3と比べると威力が弱かったり、条件があったりする」
そして一番下にJunkと書く。
「最後にJunk。これが俺たちの敵、Junkとは能力者になれなかった可哀想な能力者の、言うなればガラクタだ。頭で考えることが出来なくなりただ意味もなく、特殊能力で暴れることだけを考える。確かに強力な奴らもいるけど理性がないから人だとは思えない。」
そのJunkという文字を赤で丸つける
「僕たちの仕事の一つ目はJunkを排除する事、そうすることで平和は守られるし、特殊能力について外に漏れることもない。政府に承認させてる“裏“公式組織だからお金も貰える。一石三鳥くらい。」
活動するにしたって、お金という面はやはり大事となってくる。
「政府は特殊能力について知ってるんだ」
「昔Junkが“たまたま“政府組織で暴れた事があってね。“たまたま“気づいた僕達が顔を隠して救ってあげたんだ。そこから政府は特殊能力について知った」
「たまたま…」
「もちろん特殊能力を変に活用されたらたまったもんじゃないから、充分脅…理解して貰ったけどね。」
あははと白は笑う。松雪は苦笑いしかできない。
「真面目な話、話すかどうかは意見が割れたんだ。消そうとしてきたり、利用されようもんならたまったもんじゃないからね。だけどこちらと命をかけてるんだ、勿論目的はあるから目的の為ではあるが、活動するにもお金がいる。最終的に強引に行くことにした」
全ては目的の為
真剣に聞いていた松雪も命と聞いて少し身構えた。ヒーローと聞いて惹かれてしまったが、よく考えれば命をかける仕事である。
そんな気持ちを汲み取ってか、大丈夫と白が微笑む。
「余っ程下手しなければ死なないよ。君に合う武器を見つけていこ」
「分かった、俺がやりたいって言ったもんね。俺やる」
白は今更辞める言われても困るし、という言葉は飲み込んだ。言葉を少しずつ理解していくうちに松雪は一つ気がついた。
「あれ?さっき一つ目の仕事って言った?」
「おや、気づいたようだね。実はもう一つやっていることがあるんだ」
白はマーカーペンを意味もなく回す。
「ここはいわゆる裏組織。政府から頼まれた裏仕事だったり、普通にここを狙ってくる裏組織を排除したり、逆に依頼が来たりとかかな」
白はなんでもないように言うが想像以上に物騒である。
「思った以上に裏組織」
かっこいいと感じていいのか恐怖を感じればいいのか、分からないところである。
「そのうち全部体験するよ。見て覚えるが一番早い、とりあえず今日はJunkと政府と繋がっていることを覚えて、今日は一旦帰ろうか。」
ようやくの解放だ。松雪はいつもより一分一秒が長い気がした。
「ちなみに家族に口を滑らした場合、僕フォローできないから」
「怖っ!言わないし、一人暮らしだから大丈夫だよ!」
ならよし、と白は松雪の前に手をかざす。白の手の平から白い光が溢れた。それはまるで朝靄の中に差し込む陽光のように静かで、けれど確かに眩く。松雪は攻撃されると感じ思わず強く目を閉じた。
しかし痛みは来ず、恐る恐る眼を開ける。
「あ、れ?」
眼を開けたはずなのに松雪の目の前は白い光の世界で覆われていた。
「目眩しだよ」
「めく、らまし」
「僕の能力は組織で一番汎用性が高いと言っても過言じゃないくらいでね。眼については安心して、特殊な光だし一番優しい光を出してるから、頭が痛くなったり、気持ち悪くなったりはないはず。10分くらいで消えるから」
白は自分の手の平に綺麗な淡い光を溢れせ、能力を確かめるように握った。
「すごい」
「すごくないけどね。ありがとう」
松雪の言葉を受け止めつつ感謝を伝えると、握っていた手を広げた。もうそこには綺麗な淡い光は消えていた。
「悪いけど、まだこの本部の場所を知れる訳にもいかないから」
当たり前と言えば当たり前だ。先程仲間になったばかりで、松雪の情報は未だゼロに等しい。
「でも俺どうやって帰れば」
「朔くん」
松雪がオロっとする中、白は短く誰かの名前を呼んだ。
「呼んだか?」
部屋に入ってきたのは、一度部屋に入った記憶改変の能力者。
先程逃げるように部屋からは出たが一応外で待機していたらしい。勿論その気配に気づいていた白が彼を呼んだのだ。
「彼をそこら辺の道まで運んであげて」
松雪は抱えられることを理解すると、眼が見えない為必然と体を身構えた。
朔と呼ばれた構成員は、嫌そうなオーラを放ちながら松雪の下から身体を持ち上げ俵もちをする。松雪はお腹の圧迫感に思わず苦しそうな声を出す、一方の朔も身長高い無駄に重い物を持ち上げ苦しそうな声を上げる。元々朔は身長が中くらいな方だ。鍛えているとはいえ、普通に重い。
ふらふらしながら出る二人を見送ると、さてと白も部屋を出る。二人が向かって行った方とは逆の方向へ静かに歩く。今は誰も廊下にいないのか白の歩く音だけが静かに廊下に響く。
明かりがついているはずなのに、どこか暗く窓がないこの廊下は、よくある裏組織を頭に浮かばせる。最初の方は迷ったこの道ももう随分と慣れてしまった。
白はどこか気持ちが落ち着くこのアジトが、いつの間にか気に入っていた。特に自室は好きだ、自分好みにカスタムもした。最近は家よりも全然落ち着く気がする。
しばらく歩くと突き当たりに他の扉とは明らかに違う、重厚な扉があった。
塁の自室に入る時と違って、ノックをすると返事が来るまで待つ、すると中から先程聞いたような声が了承の声を出した。
重い扉を開けると中にはボスといった風貌で玲が堂々と座っていた。目はこちらに向けずパソコンを触って仕事をしている。いつもなら横の長椅子に他の幹部組が居座っているのに一人とは珍しい。
「あれま、他組は?」
「悠は急遽任務。塁は筋トレ、残りは勉強と鍛錬」
今日出会ってない二人にも連絡はいっているはずである。あとで修練場に顔を出すことにした、今日出会ってない、鍛錬してるヤンキーワンコは仲間はずれにされると拗ねて大変面倒臭い。
「彼の情報は今調べてる最中だよ」
彼とは松雪の事だろう、仕事が早いことだ、加入させてる時点で順番が可笑しい気もするが
白はいつもの長椅子の定位置に腰掛ける。柔らかい椅子に少しだけ腰が沈む。この柔らかすぎないのがこだわりだったりする。買う際は、今勉強している真面目眼鏡がどれがいいのか熱弁し、ヤンキーわんこと悠がそれを無視して勢いで買った。それでも長らく使われていることから、随分と気に入られている長椅子だったりする。
「それにしたって玲くんが部外者を迎い入れるなんて珍しい」
なんか裏でもあるんじゃないの、と疑わしい眼で玲を見ると、玲は別にと否定する。
「さっきも述べた理由の通りだよ。まぁ」
玲が顔を上げ、白と目が合った。
「つーが、あの子のこと興味ありそうだったから、の理由が一番大きいかな。」
「えっ」
思っていなかった言葉に、思わず声が出る。白は別に興味を示していた自覚はなかった、しかし思い返せば確かにそうかもしれない。久しぶりに起こったミス。それによって今まで身内とばかり絡んできた白は、久しぶりに身内ではない男としっかり絡んだ。しかも謎に弱々しく刃向かってきたあの男。いつの間にか興味を示していたかもしれない。
「加入させるのはどうかとボクも思ったけど、確かに変化は必要だし」
玲の深紅の眼が白の碧眼を離さない。
「どんな変化になるのかは、つーの育成次第。楽しみにしてるよ」
「…あい」
白は声のトーンと元気が下がる。良い方に転ぶか、悪い方に転ぶかは白次第。責任重大だ、それにこれから加入に対する批判は白へ多く集められることになるだろう、なんとも気が重くなる話であった。