1 いらっしゃい
夜の路地裏、人通りの少ない静かな場所で、白鳴季は壁にもたれて小さく頭を抱えていた。
「……あーあ、やっちゃったなあ」
柔らかな声が夜気に溶ける。彼――白鳴季は高校一年生。だがその実態は、特殊能力組織《朧ノ巣》の幹部の一人。人を照らすような微笑みと、誰に対しても柔らかく接する彼は仲間からも強い信頼を得ている。
そんな彼は光を操る能力で幹部として、ジャンクと呼ばれる暴走能力者たちと戦う日々を送っていた。
今日も任務を淡々と終えたはずだった。能力を解いて深く息をついたその瞬間、背後から気配――振り向くと、そこに一人の青年が立っていた。光の弓を放つところを、見られてしまった。
「わぁ……まいったなぁ」
白はそう言いながら自分の柔らかい茶色の髪の毛をかきあげた。
「……見ちゃった、よね?」
確認するようにそう呟くと、目の前の青年はゆっくりと頷いた。正直証拠隠滅をしたいところだ。
静かに手を広げると光で編まれた弓がふわりとその手元に現れた。狙いは外さない。けれど――
「STOP!流石にダメっしょ!」
横からビシッと差し出された手。白の部下が制止した。
「……冗談だよ~。そんな怖い顔しないで?」
笑って弓をほどく白に、部下たちはため息を漏らす。
「俺でもダメって分かるわ!」
「ごめんごめん。」
ぷりぷり怒る部下に、白はさほど悪いと思っていなさそうな顔をする。
「……ねえ、君?」
白がふわりとその男子に近づく。白からはなんだかいい匂いがした気がした。
白がじっとその男を見ると見覚えがある男であった、それも学校で、しかも同じクラスだった。白よりの金髪、緑の瞳の端麗な顔立ちのその男はまだ入学して数日だが不思議と頭の片隅に記憶されていた。しかし生憎、名前はふわふわとしており思い出せない。
「まつ……はらくん?」
「松雪です!!」
元気よく訂正するその男子。白は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに和らげるような笑みを浮かべた。
「そっか、松雪くん。ごめんね、ちょっとついてきてくれるかな?」
「いやいやいや、絶対怪しいでしょ!?なんなの!!なんなんだったのその光!?というか白くんだよね?!」
どうやら松雪の方も白には気づいていたらしい。
困惑する松雪に、白は柔らかく言葉を重ねる。
「大丈夫、大丈夫。ね、怖くしないし、ちゃんと説明もするから」
優しい顔で宥めるが、その優しさが余計怖さを増す。プルプル震える松雪は子犬のようだ。
しかしいつまでもそう怯えられていると話が進まない。静かに着いてきてくれる様子もない、仕方がないので松雪が白に注目している今、がら空きな松雪の頭に向け背後から部下が鈍器を振り落とした。
鈍い音と共に倒れる松雪を可哀想なものを見る眼で見る。
「痛そう、可哀想だ」
思わず部下からお前が言うなとツッコミが入る。180cm以上はあるだろう松雪を運ぶのは少々手を焼きそうだが、そんな時に役に立つのが脳筋バ…筋肉だ。筋肉自慢の部下が軽々と松雪を担いでいるのを見て、白は自分の筋肉のない腕を悲しげに見た。つけようと思ってもつかないのが現実だ。
ため息をこぼしながら、記憶改変ができる構成員へと連絡を入れる。
「さて、無かったことにしようか」
────────────
本部にて
松雪を連れて朧ノ巣の本部に戻ると松雪を部屋で拘束し部下に見張りを任せ、記憶改変ができる構成員から返信がきていないか通信端末を開いた。
「げっ」
返信はきていたのだが、何故か連絡した構成員からだけでなく同じく幹部の瀬戸口塁からもきており
『俺の部屋まで来い』
と書かれている。構成員の方から
『塁と一緒にいた』
と返信が来ている所を見ると、白からの連絡だと気がついた塁が無理矢理見たのだろう。
最悪だ、話を大きくさせるつもりはなかったのに。
気が重いながらも塁の部屋まで向かい。コンコンと形だけのノックをすると、返事を待たずドアを開けた。やはり中にいたのは塁と連絡した構成員。他の幹部がいないだけマシだ。怒っているようにも見える塁に白は少し不貞腐れたような顔をする。
「仕方がないじゃないか。見られちゃったものは」
「……」
何も言わない塁に白はそっぽ向く
「ごめん。」
白からの言葉を聞いた塁はため息をつくと腰をあげ、白の頭を通りすがりに撫で、行くぞと声を掛けた。
欲しいのは構成員だけだから、こなくてもいいのに。
実際、怒っているように見えて彼は寡黙なだけなのを長い付き合いなので知っている。そして珍しいミスをしたものだから心配してるのも分かっている。だがなんだかその心配が照臭い。
三人で松雪が居る部屋まで入ろうとするとちょうど部下の1人が出てきた。
「ありゃ?どうしたの、」
この部下はバカだが、途中で任務を放り出すような人間ではない。松雪の監視の命令を破るなんて何かあったに違いない。
「あっ、白!今呼ぼうと思ったんだけど。松雪起きちゃった」
それならば通信装置で連絡すればいいものを、まぁおバカだからそんなこと忘れていたのだろう。
「起きちゃったかぁ」
起きてしまったら構成員の記憶改変は使えない。少し厄介だ。
「もう一度眠らせればいいだけだ。早くやるぞ」
「君が言うと物騒だな」
塁はそのまま躊躇することもなく扉を開ける。扉が開く音に松雪は大きく肩をビクリと震わせた。
「あっ…」
怯えた表情を見せる松雪に対し、白は柔らかい表情を見せる。
「おはよう、松雪くん。びっくりしたよね、ごめんね」
その声は不思議と安心感があり、松雪は怯えながらも頷いた。
「ここはどこ?」
「そんな事お前には関係ない」
松雪が怯えながらも質問をすると、塁がバッサリと質問を切る。下手な話は必要ない。さっさと意識を奪い、記憶を改変しそこら辺に捨てるだけだ。
そんな塁に松雪は余計に身体を怯えさせながら、何故か刃向かってきた。
「気になるよ。俺、巻き込まれた側なんだから」
弱々しくも刃向かってきた松雪に対し、白は意外そうな顔を、塁は大変面倒くさそうな顔を向ける。
「関係ない」
もう一度スッパリと切る塁に白は顔を向ける。
「話してあげようよ。起きちゃったんだし、どうせ記憶消すんだし」
「だからこそ要らない作業だ。」
「いいじゃん、いいじゃん。僕がちゃんと気絶させるから」
白の気まぐれは塁には止められない。仕方なく腕を組んで黙っていることにした。沈黙していた松雪の方に、白が向き直る。
「それじゃあ松雪くん、状況説明して欲しいならしてあげるよ。」
白はニッコリ微笑み。丁寧に、けれど飾らずに説明を始める。
「僕たちは、《朧ノ巣》っていう組織に所属していてね。特殊能力を持った人たちが集まってるんだ」
「朧ノ巣…」
「そう。君がさっき見たのは、僕の“光”の力。それで暴れてた“ジャンク”って呼ばれる敵を倒してたんだ」
「……ヒーロー、みたいなもの?」
「そんなカッコいいものじゃないけどね。」
白の言葉に、松雪は目を輝かせた。
「俺も、そういうの手伝いたい!」
漢なら一度は憧れる“特殊能力”や“組織”。やりたくないという漢がいるだろうか、いやいない。憧れるに決まっている。
「いや、流石にね。」
目を輝かせる松雪に白は少し困ったように笑った、次の瞬間、部屋の扉が開いた。
「おや、面白いことになってるね」
入ってきたのは、ボスの鷹取玲と幹部の玖珂悠だった。玲の後ろから悠が手を振る
「あれ?なんで二人が」
失態をあまり知られたくなかったのに、堂々と入ってきた二人に松雪は目を瞬かせる。
「さっきそこで、おバカと会ってね。」
おバカと言えばあの部下である。全く、と白は手で頭を抑える。
「それでその子。組織に入りたいの?」
「っはい!」
いきなりきた圧強めの玲に対し、少し怯みながらも力強く返事を返す。
「その子、入れちゃえば?試しにさ」
玲の一声で事態は大きく動いた。松雪を覗いた、三名が困惑する。嫌な予感がした構成員がさりげなく部屋から静かに逃げた。
「え、本当に言ってる?」
「えぇ〜。それは良くないよぉ。それに僕こいつ嫌いだもん。」
「…なに考えて」
「まあ、ペット感覚でいいんじゃない?ダメならポイで」
物騒な言葉が飛び交う中、松雪はよく分からないながらも大きく目を輝かせていた。
「最近人間ペット読んでて欲しくなっちゃって」
玲の言葉に思わずドン引きする。そんな三人を見ながら玲は言葉を続ける。
「それにこのままじゃ、この組織は何も成長しない。変化点は必要だろう。」
圧を出しながら言う玲に反抗できる相手などもう居ない。納得がいかないながらも黙る3人を玲はニッコリと笑う。
「飼い主はつーね。」
つーと呼ばれた白はうんざりとした顔をする。
「うちにはもう、一匹いるんだけど」
白は、やんちゃでキャンキャン騒ぐ小型犬を思い出した。
「つーの責任だし」
それもそうだ。まぁいいか、と白は息を吐くと松雪の縄を隠し刀で斬った。縄を切られた松雪は、不安そうで、それでいてどこか楽しげな瞳で白をじっと見つめた。
そんな松雪を見て白はふわっと笑って手を差し出す。
「じゃあ、ようこそ《ハマルティア》へ。111人目のメンバー、松雪くん」
「はいっ!」
慌てて立ち上がりぺこりと頭を下げる松雪。その姿に、白はぽつりと呟いた。
「……なんだか、面白くなりそうだね」