第7話朝焼けの空
午前6時15分、羽田空港第2ターミナル。
朝の柔らかな日差しが滑走路を照らし始める頃、ANA1505便・那覇行きは搭乗ゲート64に静かに駐機していた。機材はボーイング737-800。機体番号「JA84AN」が、朝の光を受けて艶やかに輝いている。
副操縦士の**南雲翼**は、搭乗前の最終チェックを終え、コックピットの左席に座る**森田機長**の隣に静かに腰を下ろした。二人は今朝のブリーフィングで顔を合わせてから、必要最低限の会話のみで業務を進めてきたが、信頼感は十分に築かれていた。
「Weather check is complete. Winds calm, visibility 10 kilometers, no significant weather on route.」「翻訳天気は良好で風は穏やか、視界は10キロメートル、ルート上の天候は特に問題ありません。」
南雲はヘッドセット越しに機長へ報告を入れた。
森田機長がモニターに視線を向けながら、短く応じる。
「Roger that. Let’s request pushback clearance.」
「翻訳了解しました。プッシュバックの許可を申請しましょう」
離陸に向けた準備が静かに、確実に進んでいく。
客室では、**チーフパーサーの坂井紗季**が安全ビデオを流しながら、乗客の確認を行っていた。今日の乗客は満席に近く、ビジネスマンや修学旅行生、家族連れまで幅広い層が搭乗していた。紗季は一人ひとりに気を配り、いつものように柔らかい笑顔を絶やさない。
午前6時38分、プッシュバック開始。機体はゆっくりと牽引車に押され、スポットを離れていく。
「All Nippon1505, taxi to runway 05 via taxiway Lima and Echo.」(翻訳全日空1505便、リマ誘導路とエコー誘導路を経由して滑走路05へタクシーを開始してください)
「Taxi to runway 05, AllNippon1505.」(了解。プッシュバックの許可を申請しましょう。)
(ANA1505、滑走路05へタクシング開始してください)
地上走行を始めた機体の中、南雲は滑走路進入の手順をひとつずつ確認していく。チェックリストは全て完了「準備完了」の表示が次々にパネルに並ぶ。
やがて、ランウェイ05へと進入。
「Roger that. Let’s request pushback clearance.」(翻訳了解。プッシュバックの許可を申請しましょう。)
「Takeoff thrust set.」(翻訳離陸推力設定)
森田機長がパワーレバーを前へ押し込む。
エンジンが唸りを上げ、機体が力強く前進を始めた。
滑走路を疾走しながら、南雲は慎重に速度計を確認する。
「V1… Rotate.」(翻訳V1…回転)
森田機長のコールに合わせて、南雲は操縦桿を軽く引き起こす。機体は滑らかに地面を離れ、朝焼けの空へと舞い上がっていった。
「Positive rate.」(上昇率安定)
「Gear up.」(ギア格納)
ギアが格納され、機体は順調に上昇を続ける。眼下にはまだ眠る東京の街が小さく広がり、雲の切れ間から光の筋が差し込んでいた。
高度35,000フィート。南雲は計器を見ながら、定期的に機体の安定性を確認していた。燃料は十分、エンジン音も規定の範囲内。天候も良好で、飛行ルートには乱気流の予報もなかった。
「今日もスムーズな乗り心地だな」
森田機長がそう呟くと、南雲も穏やかにうなずいた
「はい、その通りです。」
その頃、キャビンではコーヒーの香りが漂い始め、紗季たち客室乗務員がドリンクサービスを開始していた。乗客たちはそれぞれの時間を過ごし、南国への旅に心を躍らせているようだった。
後方の座席では、小さな男の子が父親と一緒に窓の外を眺めていた。
「パパ、あれ雲の上だよ!」
「そうだな、すごいな。」
キャビンの静けさと、空の広がり。穏やかな時間が流れていく。
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#### 南雲の心の中
この数か月で、副操縦士としての責任が格段に重くなってきていた。フライトの一つひとつが、教科書では学べない実践の連続。だが今朝のように、完璧に管理された空の旅に身を置くと、自分の中に確かな成長を感じられた。
「いや南雲それしてもいい仕事してるよ」
森田機長の言葉が、不意に聞こえた。
「いや何すか?...急に?」
言葉数は少なくても、その一言は深く胸に響いた。
森田は普通に返答した
「ようわ綺麗な空を見れる仕事でよかったなつうことだ」
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#### 着陸へ向けて
午前9時03分、那覇アプローチとの交信が開始される。
「All Nippon1505, descend and maintain FL150.」
「ANA1505、降下してFL150を維持してください。」
「Descend and maintain FL150, AllNippon1505.」
「降下してFL150を維持、ANA1505」
徐々に高度を下げていく。窓の外には、沖縄本島の輪郭が見え始めていた。青い海、白い砂浜、緑の島々——まるで絵画のような景色が広がる。
アプローチはILS RWY18R。手順は問題なく進行し、最終進入に入る。
「Flaps 15.」「フラップ15%
「Gear down.」「ギア出す」
「Flaps 30.」「フラップ30%」
「Landing checklist complete.」「着陸チェックリスト完了」
コックピットの中に緊張感が戻る。静かな時間が流れる。
「Minimums… continue.」「最低侵入地…続けます。」
「Landing.」「着陸」
接地は滑らかで、タイヤのわずかな振動とともに、機体は那覇の地をしっかりと捉えた。
「Spoilers deployed. Reverse green. Decel.」
「スポイラー展開。後退緑。減速」
減速が完了し、機体はゆっくりとタクシーウェイへと向かっていく。乗客から拍手が起きたわけではなかったが、その静けさが何よりも良い着陸だったことを物語っていた
「みなさま当機は那覇空港に到着しました」
坂井紗季のアナウンスがキャビンに優しく響いた。
南雲はモニターに映る那覇の気温「27℃」を見て、小さく笑った。
「夏ですね。」
「東京よりずっと暖かいな。」森田機長もそう言って、シートベルトを外した。
地上スタッフとのハンドオーバーも順調に終え、機体は搭乗橋に接続された。乗客たちが次々に降機していく中、南雲はひと仕事終えたという実感に満ちていた。
フライトを終えたあと、ターミナルの窓から滑走路を見つめる南雲の表情は、どこか晴れやかだった。
完璧な天気、穏やかな空、そして無事故のフライト。
そんな当たり前のようで、かけがえのない一日が、また南雲を次の空へと導いていく。