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THE SKE!!  作者: 綾瀬大和
3/7

第3話声にならなかった言葉

ANA総合訓練センター、訓練3か月目。

この日、訓練生たちは「操縦技術」ではなく、「人格評価(CRM:Crew Resource Management)」に臨んでいた。


「CRM」とは、パイロットとしての「協調性」「発信力」「判断力」「人間関係構築力」を測る試験。

実技より苦手とする訓練生は多い。南雲翼もその一人だった。


「チーム訓練開始」


8人の訓練生が1つのチームになり、与えられたシナリオに沿ってディスカッションを行う。


テーマは「悪天候の中で目的地への着陸か、他空港へのダイバートか」

機長役、副操縦士役、客室責任者役、管制官役などを演じながら、最適な判断をチームで導き出す。


翼は副操縦士役。

シナリオ上、機長役の陽太が「突っ込んだ判断」を下したとき、それをどう補い、修正できるかがポイントだった。


「成田は天候悪化中、風速15ノット、横風。だけど時間に余裕あるし、着陸できる」


陽太の演技は真に迫っていた。

ただ、その判断はギリギリ危ない。


翼はそれに気づきながらも、なかなか言葉が出なかった。

他の訓練生が何人か反応し始める。


「でも、羽田なら天候も安定してます。ダイバートの選択肢も視野に……」


(今だ、何か言え)


心では叫んでいた。

だが口をついて出た言葉は、ほんの一言だった。


「うん、そうですね……」


曖昧。中途半端。誰かの意見に“ただ乗った”だけ。


訓練終了後、教官のフィードバックが始まった。


「南雲、操縦訓練ではバランスが良くなってきている。着陸精度も上がっている」

「ありがとうございます」

「だが、今日のCRM評価は、グレーだ」


翼の目がわずかに揺れる。


「君の役割は“副操縦士”。機長の判断に“疑問がある”なら、君がチームの命を守る最終防壁にならなきゃいけない」

「……はい」

「発言のタイミングも悪くなかった。だが、“芯”がなかった」


翼は、頷くことしかできなかった。


帰りの電車。

新日本橋へ向かう中央線の中。SNSのフィードをぼんやりと眺めていた。

同期の一人が、訓練センターの外観をバックに自撮りして投稿していた。


「CRM訓練、無事終了!課題は多いけど、前に進むのみ!」

(……俺は、何を前に進めてるんだろう)


今の自分が、機内に乗る“200人の命”を任されるとは、とても思えなかった。


家に帰ると、久しぶりにリビングのテレビをつけた。

たまたまやっていたのは、ANAのドキュメンタリー。

ベテラン機長が、新人副操縦士に語りかけるシーンだった。


「副操縦士ってのはね、操縦より大事な仕事があるんだよ。“気づくこと”。そして、“ちゃんと言うこと”だよ」


そのセリフに、翼は釘付けになった。

どこかで“目立つこと”を恐れていた。

言葉を飲み込んで、「空気を壊さない優等生」を演じていた。


でも、それって——。


(飛行機の中では、命がかかってる)


SNSで「いいね」を気にしていた自分。

でも、コックピットに必要なのは「同調」じゃない。

「信念」だ。


次の日の訓練。

教官がふいに言った。


「昨日のCRMの再評価、今日もう一度やってみよう」


再試験は珍しい。だが翼は迷わなかった。


同じテーマ、同じメンバー。

今度は、陽太が「成田に突っ込む」と再び判断したとき——翼が口を開いた。


「すみません、機長。ダイバートも含めて再検討を提案します」


一瞬の沈黙。陽太の視線がこちらを見つめる。


「南雲、理由は?」


「滑走路の横風リミットは超えてませんが、急変の兆候がある。羽田の天候は安定。代替案の準備があるなら、今この段階で検討しておくべきです。状況がもっと悪化してからでは、遅れます」


声が震えていないことに、自分で少し驚いた。

その言葉は、単なる反論ではなかった。

“この人を助けたい”という、チームへの責任から出た言葉だった。


陽太が、ふっと頷く。


「了解。羽田へのダイバートを検討しよう」


チームが動いた。


訓練終了後、教官は無言で翼に近づいた。

そして、短く言った。


「それだ。今のが、副操縦士の声だ」


翼は、深く一礼した。


帰り道、東京駅の八重洲地下街。

コーヒーをテイクアウトし、夜の新日本橋を歩く。

少しひんやりした空気が、今日の余熱を冷ましていく。


Instagramには、こんな言葉を添えて投稿した。


「完璧な声じゃなくてもいい。

  誰かの命を守れる声なら、それでいい」

#ANA訓練生 #CRM再試験合格

#パイロットの声は勇気から始まる

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