虚無の世界
ナファネスクは重たい瞼を開けた。なんだか長い間眠っていたような感覚に襲われた。
「ここは――!?」
そこは静寂に満ちた世界だった。自分以外には何も存在しなかった。生物も物体も――。
重力すら感じられない空間で、ナファネスクはゆったりと漂っていた。
おぼろげながら自分の姿を見た。手も足もちゃんとあった。しかも、村を旅立ったときからずっと着ていた優雅で華美な刺繍をあしらった高貴な衣服も傷一つなかった。
【ようやく目が覚めたようだな】
突然壊神竜ゼラムファザードの声が脳に直接響いてきた。
「ゼラム!? 俺は死んだんじゃねぇのか?」
【確かに、お前は死にかけた。それを我が助けたのだ】
「助けた?」
ナファネスクは正直なところ、あのまま死んでも良かったと思っていた。もし死後の世界があり、そこでカサレラと再会できるのなら。
「ってことは、ここはいったいどこなんだ?」
【時空の歪みによって作られた虚無の世界だ】
「虚無の世界?」
意味がよく分からなかった。
【そうだ。ここにいれば空腹を感じないし、歳も取らない】
「へぇ、それでどうやって出るんだ?」
【出ようと思えば、我の力ですぐにでも出られる。だが、ヴェラルドゥンガとの戦いで限界を超えるほどの獣気を放出したお前は体の内側から深く傷つき、満身創痍の状態だ。見た目では無傷のように見えるが、このまま現実世界に戻ったとしても、まともに歩くことすらできないだろう】
「そうか……なぁ、何で俺を助けたんだ? その理由が知りてぇ」
少しの間、静寂が訪れた。
【お前は我の無念を晴らしてくれた。その恩に報いるためにも、どんなことをしても死なせるわけにはいかなかった】
「恩ねぇ。ゼラム、らしくないこと言うじゃねぇか」
ナファネスクは軽く笑った。
ヴェラルドゥンガの話が真実なら、壊神竜は自分が長年抱き続けてきた怨念を晴らすためにナファネスクを上手く利用してきたのだ。それが大願を成就した途端、手のひらを返すようなことをされても迷惑千万な話だ。
【それに、あの少女は普通の人間の死とは異なる。ヴェラルドゥンガの顕現により、あの者は魂ごと消滅させられた。お前が死んだところで、あの者と会うことは叶うまい】
壊神竜はまるでナファネスクの心を読んでいるかのような話しぶりだ。




