崩壊していく心
「カサレラ!」
感極まって、ナファネスクは歓喜の叫び声を上げた。ところが、一向に振り向こうとしない。
よく見ると、カサレラの両方の手のひらは赤い血で染まり、足下には深紅のローブを纏った因縁の男が全身から大量の血を流して倒れていた。
どういった成り行きかは分からないが、魔法と思しき力で無残に殺された帝国の宮廷魔導師カシュナータに違いなかった。
自分をここまで育ててくれたエゼルベルクを死に追いやった敵として、この男だけは自らの手で葬りたかったが、どっちにしても哀れな末路と言えた。
神聖魔術を使えば、滅骸師のカサレラでも人を殺すのは可能だ。それでも、ナファネスクの知る清廉な少女がこんな残忍な殺し方をするはずがなかった。その凄惨な光景を目の当たりにして、全身に悪寒が走った。
「カサレラ……お前……」
「よくぞここまでやって来たな、無疆の獣気を持つ者よ!」
声音はカサレラのそれだったが、話し方が別人のものだった。ようやくナファネスクに振り返ったカサレラの顔は今まで目にしたことがないおぞましい笑みを浮かべていた。
「我が名は冥邪天帝ヴェラルドゥンガ。この世界に破滅をもたらす存在である!」
その言葉を耳にした瞬間、宝剣が手からするりと零れ落ちた。同時に、向こう見ずな少年はこれ以上ないほどの喪失感に襲われ、地面に両膝をついた。既に手遅れだったのだ。
「そんな――!? う、嘘だろ? お願いだから、嘘だと言ってくれ!」
カサレラとの約束を守れなかったことに愕然とうな垂れ、言葉では言い表せない悲痛な思いから涙が溢れ出た。心底愛した少女はもうこの世のどこにもいないのだ。
絶望のどん底に突き落とされたナファネスクから戦意が消えかかろうとしていた。
☆☆☆
「俺はカサレラの信頼を裏切っちまった! あいつを絶対に守るって誓ったのに! もう俺に生きてる資格なんてねぇ!」
ナファネスクは泣き崩れたまま微塵たりとも動こうとしなかった。止めどなく自分を蝕んでいく虚無感と悲壮感に打ちひしがれながら、もはやただの抜け殻と化していた。
【何を情けないことをぬかしておるのだ! 冥邪天帝ヴェラルドゥンガは顕現してしまったのだぞ! 早く我と融合するのだ!】
壊神竜は腑抜けになったナファネスクを厳しく叱咤する。
「嫌だ! あの姿のままじゃ、殺せるわけがねぇだろ!」
まるで駄々をこねる子供に戻ったようだった。




