仲間を残して
すぐ攻撃できるように身構えながら壁を背にして周囲を見渡した。だが、皇帝も宮廷魔導師カシュナータの姿もなかった。一人として帝国の配下の者もいない。
「少しばかり遅かったか! おそらく、皇帝たちはカサレラを連れて、庭園のほうに向かったはず。こうしてはいられません。急ぎましょう!」
無人の謁見の間を出ようとしたとき、ハバムドが「ちょっと待った!」と残りの二人を呼び止めた。
「あそこを見ろ!」
ハバムドの指さす先に隊列を組んで城内を巡回する帝国の警備兵たちの姿があった。全員が物々しい重装備で身を固めている。
「ここは俺が囮になる! 周囲の帝国兵を引きつけている間に二人は庭園に急げ!」
それだけ言い残すと、粗暴な獣人は誰の許可も得ないまま、帝国の警備兵の隊列に向かって駆け出していた。
「帝国兵ども、この大剣で切り刻んでやるわ!」
隠密裏に動いているにも拘わらず、ハバムドの荒々しい大声が周囲に轟いた。自ずと注目が集まる。
「なんだ、あの獣人は!? どうやってこの城に侵入したんだ?」
先頭を歩いていた帝国の警備兵が驚愕したような声を上げた。
「だが、単騎で現れるとは笑止千万! 全員かかれ!」
隣にいた警備兵が号令をかける。ところが、呆気なくハバムドの大剣の餌食になった。そのまま次から次へと帝国兵を斬り殺していく。
「さぁ、ナファネスク様、今のうちに腰を低くして俺に着いて来てください!」
オルデンヴァルトは俊敏な動きでほとんど足音を立てずに通路を突き進む。ナファネスクもできる限りそれに倣った。
今や城内はハバムドの存在で慌ただしくなっていた。
(死ぬなよ! ハバムド!)
ここでの囮は一つ間違えば死んでもおかしくない。それでも、ナファネスクは誰一人として死んでほしくなかった。
「庭園まで残り僅かです! さぁ、急ぎましょう!」
そう言ってオルデンヴァルトが右手の通路に曲がったとき、まだ距離的には遠く離れているものの、反対側から向かって来る帝国の警備兵たちの姿が見えた。
「ここは俺が防ぎ切ります! ナファネスク様はあそこの通路を左に曲がって、階段を降りてください。そうすれば、庭園までは目と鼻の先です! それでは!」
それだけ言い残すと、聡明な元騎士は目の前の帝国兵に猛進していく。
「おい、ここにも侵入者がいるぞ! 誰一人として、生きて返すな!」
今度はオルデンヴァルトに帝国の警備兵たちが襲いかかる。その姿を見て、ナファネスクは一緒に戦うべきかどうか迷った。
ただの帝国兵にオルデンヴァルトが殺られるとは思えないが、自分の願望を成就するために次々と仲間たちを見捨てて先に進んでいいものなのか、と戸惑いを感じた。
(大切な仲間を見殺しにしてカサレラを助け出したところで、あいつはそんな俺を心から受け入れてくれるだろうか――)
ただ、この場で少しでも手間取れば、新手の帝国兵たちが集結し、群れとなって押し寄せてくるだろう。そうなってはせっかく囮を買って出てくれた二人に申し訳が立たない。
さらにナファネスクは一つだけ気になることがあった。《異空間転移の門》で転移する直前に虫の知らせのように聞こえたカサレラの悲痛な叫び声だ。あれをただの幻聴で片付けることはできなかった。
「すまない、オルデンヴァルト!」
申し訳なさそうにナファネスクは庭園に向かうことにした。カサレラと仲間たちとを天秤にかけて、カサレラの救出を優先した。




