カシュナータの策謀
「おはよう、カサレラ」
すかさず聡明な元騎士が声をかける。
「おはよう、オルデンヴァルトさん」
目元をこすりながら、カサレラは返事を返した。
ナファネスクはどう声をかけるべきか、どぎまぎしている自分を感じた。
「お、おはよう、カサレラ」
何故か上手く舌が回らない。
「……おはよう」
カサレラもどこか様子がおかしい。ナファネスクに対してとてもよそよそしかった。
「あたし、ちょっと顔を洗ってくるね!」
それだけ言い残すと、カサレラはすぐ近くの河原に向かって足早に去っていった。
「あいつ……」
その後を追おうとしたナファネスクだが、その肩をオルデンヴァルトが力強く掴んだ。振り向くと、首を大きく横に振っていた。
「昨晩何があったのかは知りません。ただ、彼女を本当に大切に思うなら、今は追いかけないほうが良いですよ」
言葉尻から、オルデンヴァルトがある程度事態を把握しているのが理解できた。言うまでもなく、思春期の乙女心を汲み取っての助言なのだろう。
ナファネスクにしても、河原に行ったところで何と声をかけていいのか分からなかったのは正直なところだ。
「安心してください。代わりに俺が行って、カサレラの傍についていますから」
「……ああ、頼んだ」
そう言った矢先の出来事だった。突然河原のほうから「キャー!」と叫ぶカサレラの悲鳴が聞こえてきたのだ。
思わず危機感を感じた二人は瞬時に顔を見合わせる。
「まさか――!?」
帝国の手先の襲撃。そうとしか考えられなかった。二人は全速力で河原まで駆け出した。
浅瀬の川の畔には、二体の巨大な冥邪とバルドレイア帝国の宮廷魔導師カシュナータの姿があった、その右肩には気絶したカサレラを担いでいた。
「カサレラ!」
ナファネスクは焦燥感を滲ませながら大声で叫んだ。だが、気を失った清廉な少女の耳には届かない。それを知ってか、カシュナータが高らかに笑い声を上げた。
「これは、お久しぶりですね」
「お前! ぶっ殺されたくなかったら、今すぐカサレラを返しやがれ!」
荒々しい声で食ってかかるナファネスクをいかにも楽しそうに見つめると、カシュナータは再び嘲り笑う。
「相変わらず下劣な言葉遣いですね、元王子。そんなこけ脅し程度で本気で返すとでも思っているのですか? 僕はこの機会をずっと待っていたのですよ」
「ずっと待ってただと!?」
「ええ、僕が直々に出向いたのですから、絶対に失敗は許されません。そこで、彼女が一人になったところを確実に捕まえさせてもらいました。我々の目的が《破滅の聖女》の奪取と知りながら、あなた方も注意散漫でしたね。では、失礼!」
「待ちやがれ! そう簡単に逃がしはしねぇぞ!」
ナファネスクは帝国の宮廷魔導師に向かって全力で駆け出した。その動きを見越したように二体の冥邪どもが行く手を阻む。
「お前ら、邪魔すんじゃねぇ!」
悔しいが、この二体の冥邪を斃さない限り、カサレラの救出には行けそうになかった。その隙にカシュナータは左手で魔導書を開いて呪文を唱える。
「目を覚ませ! カサレラ!」
右手を伸ばして呼び止めるナファネスクの叫び声も虚しく、帝国の宮廷魔導師は勝ち誇った笑みを浮かべながら瞬間転移した。




