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ラッシュレックレス  作者: 檜鶯盈月
第1章 暴かれた真実
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冥邪の現れない理由

 さらに四半時ほどが経過した頃、二品の料理が完成した。バターを添えた焼き立てのパンに野菜と肉の煮込みスープというごく普通の朝ご飯だ。ハクニャには干し肉を皿にのせてやった。


「ユリゴーネルさん、長々とお待たせしました。粗末なものですが、どうぞ召し上がってください」

 父親とナファネスクもそれぞれの椅子に座った。


「では、頂くとしよう」

 二人が見守る中、ユリゴーネルはスプーンを手に取ってから煮込みスープを口にした。

「ほほう。これはなかなか悪くない味じゃ」

 その言葉に安堵したのか、二人も食べ始める。食事中は誰も話さず、ただ黙々と料理を口にした。


 作る時間は長いが、食べる時間は早い。年老いたユリゴーネルも含めて、三人ともそれほど時間もかからずに食べ終えた。


「さて、ナファネスクよ。お主、どうしてこの村には冥邪(めいじゃ)が現れないのかと言っておったのう」

 まず口を開いたのは、ユリゴーネルだった。


「はい、言いました」

 ナファネスクの眼差しが真剣なものになる。

「それはな。この村には普通の人間には分からぬ魔力の結界が張られているからじゃ」

「結界!? いったい誰がそんなことを?」

「ユリゴーネルさんだ」答えたのは父親だった。

「ユリゴーネルさんは若いとき、ここら辺一帯を統治していたアルメスト王国の国王に優れた頭脳を買われて招聘(しょうへい)され、宮廷魔導師になられたのだ」


 父親の言葉にナファネスクは絶句した。ただの村の長にしてはどことなく品格のある人だと思っていたが、それほど偉い人だとは露ほども知らなかった。ただ、どうしてその生い立ちを父親が知っているのか、新たな疑問が沸き起こった。


「エゼルベルクよ、昔の話など言わんでも良かろうて」

「でも、真実ですから」

 父親のエゼルベルクは真面目な顔をしていた。

「まぁ、尾ひれは付いておらんし、良しとするか」

 ユリゴーネルは少し気恥ずかしそうな顔をする。


「ナファネスクよ、これでさっきの疑問は解けたかのう?」

「はい、大体は……」

 まだ消化不良だったが、ナファネスクは頷いた。

「では、今度はわしからの質問じゃ」

 ユリゴーネルはそこで一度言葉を切った。

「霊峰マハバリ山から竜神様が消えなすってから、もうすぐ三年が過ぎようとしておる」


 ナファネスクとエゼルベルクは驚きを隠せず、目を見開いた。やはり、あのときの出来事を知っていたのだ。


「あの竜神様は気高いが、とても凶悪でのう。わしが呪文で眠らせておったのじゃ」

 一瞬、静寂が訪れた。


「ナファネスクよ、獣霊降臨(ペンテコステス)はもう行ったのか?」

「獣霊降臨?」

 初めて聞いた言葉だった。


「いえ、まだです」

 すかさずエゼルベルクが即答した。

「何故じゃ? あれからもう三年が経とうとしているのに、一回もやっておらぬのか?」

「はい。私の今まで培ってきた経験からあの獣霊(アルマ)の〝器〟となるのにはまだ早いという決断に至りました。ユリゴーネルさんもご存じのとおり、壊神竜は扱い方次第では善にも悪にもなり得る危険な獣霊です。完全に使いこなせるのか、まだ不安がありました。特にナファネスクは無疆(むきょう)獣気(じゅうき)を持つ者。誤った判断をすれば――」

「……確かに、難しい判断じゃな」

 突然、ナファネスクだけが除け者にされた気分になった。


(獣霊降臨? 〝器〟? 二人で何の話をしてるんだ?)

 それを知っているかどうかは分からなかったが、エゼルベルクは話を続けた。


「ユリゴーネルさん、あなたの庇護(ひ ご )を受けるために私たちがこの農村を訪れたという話は以前しました。ただ、それとは別に私にはもう一つ目的があったのです。それが獣霊の中でも尋常ではない力を持つ壊神竜をナファネスクの魂に宿すことでした。ここに来たときには壊神竜が霊峰マハバリ山で眠っていることは既に突き止めていました」

 エゼルベルクはそこで一度言葉を切った。一呼吸おいてから重苦しそうに口を開く。


「別に隠し立てする気は毛頭なかったのですが、結果的にそうなってしまったことについては謝ります。ただ、今頃になってその事を問い(ただ)しに来られたのかと思えば、今度は獣霊降臨の話をされる。ユリゴーネルさん、いったいどうされたと言うのです?」

 エゼルベルクの投げかけた疑問に、ユリゴーネルの顔が深刻なものになった。


「実はのう、わしの施した魔力の結界を何者かが破ろうとしているのじゃ。ついにここが嗅ぎつけられたのかもしれん」

「そんな!? まだ早すぎる!」父親の顔から今まで見せたことのない焦燥感が(にじ)み出る。

「こうなったら、私が村の周囲を見てきます!」

「それは危険じゃ! もし相手がバルドレイア帝国の手先なら、おそらくその魔導師一人ではあるまい。必ず冥邪どもを引き連れているはずじゃ」

 勢いで立ち上がったエゼルベルクをユリゴーネルが引き留めた。ちょうどそのときだ。

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