油断した自分への憎悪
ナファネスクは悶絶しながらラダゴンの親玉をぼやけ眼で見た。焦点はほとんど定まらない中で、どうにか妖気の塊みたいなものを視界に捉えた。
目はぼやけ、頭はふらつき、吐き気が襲い来る。
苦痛に悶える中、ナファネスクの心を支配したのは惨めな醜態を見せつけている自分自身の愚かさに対する憤激だった。
「クソ! 俺はなんて無様な姿を晒してるんだ!」
心の奥底から雄叫びを上げた。同時に、全身から凄まじい獣気が噴き出す。それが防護壁となり、ラダゴンの親玉の口から放たれた妖気の玉は一瞬にして消し飛んだ。
少し時間が経過すると、徐々にラダゴンの光る目による後遺症も薄れ始めてきた。
まだ視野はぼやけているものの、先ほどに比べれば数段いい。眩暈も少しずつ弱まっていた。
(よし、これなら何とかやれる!)
ナファネスクはどうにか二本の足でふらつくことなく立ち上がると、重量感のある両刃鎗を両手で構えながら荷馬車の上にいるラダゴンの親玉のほうに大股で歩き出した。完全復活まで後少しの辛抱だ。
ラダゴンの親玉は再度止めを刺すべく、口から妖気の玉を吐き出した。薄っすらとぼやけた視界の中にそれを捉えた瞬間、向こう見ずな少年は膨大な獣気を帯びた両刃鎗を大振りに薙ぎ払って消滅させた。
さすがにこれ以上は手に負えないと踏んだのか、ラダゴンの親玉はその場から逃げ出そうとした。
「逃がしはしねぇぞ! お前だけは俺がぶっ殺す!」
やっと焦点が定まったナファネスクは出せる限りの獣気波を放った。その直後、背を向けていたラダゴンの親玉は薄紫色の血しぶきを飛び散らせて真っ二つに斬り裂かれた。
「次はどこだ?」
案の定親玉が死んだ直後、残った二体のラダゴンが一目散に逃げ始めた。その二体の背中を獣気の矢が貫通する。これでラダゴンどもは一掃した。
残ったのは冥邪憑きのみとなった。皮肉なことに、自分たちを殺したラダゴンの死骸を貪り食っている。
「さて、こいつらも始末するか」
前のときと同じで、ナファネスクはどうにも乗り気にはしなかった。
「ちょっと待って! 冥邪憑きはあたしに任せて!」
ナファネスクを止めたのはカサレラだった。すかさず左手に持っていた天晶玉の真上で右の手のひらを水平のまま円弧を描くように回転させる。
「太陽神ロムサハルよ、その御名において邪な心に支配されし哀れな者たちの不浄なる魂を浄化したまえ!」
神聖魔術を唱えると、醜悪な姿に変貌した冥邪憑きたちは突如神々しい光に包み込まれ、次から次へと蒸発するように姿を消していく。これで全てが終わった。
「冥邪憑きたちが一瞬にして消滅した!?」
「これが滅骸師の力よ。分かった? 怖いもの知らずの王子様」
カサレラの嫌味たっぷりな言葉に、ナファネスクはただ自分の無謀さを猛省し、首を垂れるしかなかった。
「またの名を脳筋の猪武者とも言うけどね。ねぇ、オルデンヴァルトさん?」
あからさまにバカにするカサレラに、何故か怒りが湧いてきた。
「お前なぁ、人がマジで反省してるのに、そんな言い方はねぇだろ!」
「あら、バカなあんたでも反省することもあるんだ? へぇ、初耳!」
「カサレラ、お前、いい加減にしろよな!」
とても楽しそうに笑うカサレラの顔を見ると、真剣に怒れない自分がいた。




