カサレラの微妙な変化
(こりゃ、ぶったまげたぜ!)
ナファネスクはまさか自分の目で獄淵界の扉を視認できるとは思ってもみなかった。扉とは言っても、全く現実味のない抽象的なものを想像していたからだ。
帝国の宮廷魔導師が言った話は紛れもない真実だったと認めざるを得ない。ただ、諸刃の剣という言葉が正しいかは分からないが、裏を返せば、斃すべき敵の居所を掴めたのだ。これは大きな収穫と言えた
その後は、特に大した会話もしないまま一行は道なりに旅を続けた。その静寂を破ったのはナファネスクだった。
「それにしても、思ったより冥邪どもの姿を見ねぇな。ほら、もっとウヨウヨしているのかと思ったぜ」
「おそらく、ここ一帯があまり身を隠す場所がない平原地帯だからですよ。それに、まだ日が昇っていますしね」
オルデンヴァルトの言葉は理に適っていた。反論する余地もない。
「それに並外れた獣気はあっても、ナファネスク様や俺みたいに獣霊を魂に宿し、獣霊使いになれる人は多くありません。冥邪など現れないことに越したことはないですよ」
これまた異論はなかった。
「そ、そうだよな。下らない事を言って悪かったな」
ナファネスクは軽はずみな話をした自分を恥じた。
何の武技の鍛錬も積んでいない者が冥邪を斃すのは無理な話だ。それはずっと暮らしてきた農村で起こった惨状を見れば、一目瞭然だった。もし、エゼルベルクが生きていたら、不謹慎極まりないと大声でどやされていたとこだろう。
「オルデンヴァルトさん、あいつはバカだからまともに相手しなくていいからね」
カサレラが間を置かずに茶々を入れてきた。
「だから、今謝っただろ!」
言い返してはみたものの、罰が悪いのは拭いきれない。
そうこうしている間に、視界の先に次なる街――エステラルテが姿を現した。
「やっと街が見えてきたな。さぁ、早く行こうぜ!」
「あ、今話をすり替えた! ずるい奴! ねぇ、ハクニャもそう思うでしょ?」
カサレラはずっと懐いている焔豹に同意を求めた。眠気眼の聖獣はただ大きくあくびをするだけだ。
「うるせぇな! 勝手に言ってろ!」
ナファネスクは愛馬ホーテンショーの手綱を力強く引っ張って勢いよく駆け出した。
苛立つ反面、カサレラの他人を受け入れようとしない頑なな態度に少しずつ変化を感じてもいた。
勝手な思い込みかもしれないが、少しずつ打ち解けようとしている気がする。好きになった女性だからかもしれないが、それは心から嬉しかった。
「ったくよ、憎めねぇ女だぜ!」
ナファネスクは何故かうっすらと笑みを浮かべる自分に気付かされた。いつかもっと親しくなれる日が訪れることに期待を込めた笑顔だった。




