侵略戦争のきっかけ
歳月は流れ、カシュナータがちょうど十歳になった頃、隣国のアルメスト王国から耳を疑うような一報が舞い込んできた。無疆の獣気を持つ赤子が生まれたと言うのだ。
ただでさえ獣霊使いは冥邪にとって脅威でしかない。仮に無疆の獣気の持ち主が途轍もなく強力な獣霊を魂に宿して獣霊使いとなり、極限まで獣気を開放すれば、その力は冥邪天帝にも匹敵するとまで言い伝えられてきた。
グランネッヘは念願の野望を成就させるために、目の上のたん瘤であるその赤子を始末する決断を下す。当時まだ若かった皇帝ボルキエスタを言葉巧みに唆し、アルメスト王国に侵略させたのだ。
三年間続いた激戦の末、冥邪どもの軍勢を率いるバルドレイア帝国はアルメスト王国を滅亡させることに成功したものの、後ほんの僅かのところで幼児となったその王子を抹殺できずに逃げ去られてしまった。
真の目的を果たせなかったグランネッヘは日に日に危機感を募らせていった。終いには夜な夜な悪夢に魘され、精神を病んでいった。
さらに十年が過ぎ去った頃、周囲の人々から稀代の魔導師たちをも凌駕する魔力の持ち主と称されるまでに頭角を現したカシュナータに今の地位を託して、この世を去った。
間もなくして、修練を積み重ねた若き宮廷魔導師はついに獄淵界の扉を開き、現在に至る。
ナファネスクとカサレラの出会いは想定外だった。見方を変えれば、好都合でもあった。
「陛下、再度冥邪王を送り込むことをお許しください。今回は念には念を入れて、選び抜いた冥邪王の中から二体を同時に向かわせます。そうすれば、必ずや《破滅の聖女》を連れ去ってくることでしょう!」
「その話、本当に信じてもよいのだろうな?」
二回の失敗で、ボルキエスタは不信感を抱いていた。露骨に疑念の眼差しを向ける。
「そうだ! 良い事を思いついたぞ! お前も行ってこい!」
「は? 私も、でございますか?」
唐突な命令に、カシュナータは不意を突かれた。
「お前は名立たる魔導師たちをも凌ぐほどの魔力の持ち主ではないか。二体の冥邪王にお前も加われば、もはや無敵であろう。それとも、何か問題でもあるのか?」
野心以外に能のないボルキエスタだが、皇帝である以上従わざるを得ない。
「いえ、畏まりました!」
「うむ。必ずや《破滅の聖女》とやらを連れてくるのだぞ!」
カシュナータは深々と一礼してから謁見の間を立ち去った。
冥邪天帝ヴェラルドゥンガ様を顕現した暁には、あの凡愚の皇帝を真っ先に餌に差し出してやると胸に刻みつけながら――。




