破滅の聖女と呼ばれて
ほぼ真っ平らな平原が広がる中、街を出て少し離れたところに巨体な姿の冥邪王はいた。
赤い三つの目を持つ顔は怪物のそれだ。漆黒ではあるものの、教皇より高い地位の者が身に着けるような衣服を着ている。右手には三個の何かの頭骸骨に気味の悪い装飾を施したおどろおどろしい杖を持っていた。
すぐにナファネスクたちは荷馬車から降りると、新手の冥邪王と真っ向から対峙した。
「よくぞここまでやって来たな、《破滅の聖女》よ。首を長くして待っていたぞ。我は百体いる冥邪王の一人であり、邪教の法王モルザーバだ」
「何が《破滅の聖女》だ! ふざけんな! カサレラはお前なんかには絶対に渡さねぇからな!」
出会った瞬間からナファネスクは怒り心頭に発した。モルザーバが口にした《破滅の聖女》という呼び方が気に入らなかった。
「フン、我の邪魔をする煩わしい蛆虫どもには即刻死んでもらうとするか」
いきなりモルザーバはおどろおどろしい杖を高々と翳した。
「おい、少し待ってくれ!」声を上げたのはオルデンヴァルトだ。
「ここはまだ街に近い。彼女は連れて来たんだ。戦うなら、場所を変えてくれないか?」
街は壊さないと言った手前、邪教の法王は少し思案しているようだ。
「よかろう。我に着いて来い」
意見は通った。モルザーバは踵を返すと、大きな足音を響かせて歩き始めた。
容赦のない者なら、この絶好の好機を見逃さなかったかもしれない。ただ、ここにいる誰もそうしようとは思わなかった。
「王子、さぁ、馬車に乗ってください」
足早に荷馬車に戻ったオルデンヴァルトが声をかけてきた。
「いや、俺にはちゃんと愛馬がいるんだ」
人間の耳には音の聞こえない風変わりな笛を軽く吹いた。すると、風のような物凄い速さでホーテンショーが姿を現した。
「あれは乗る者を選ぶという一角獣ではないですか!? しかも、手なずけるとはさすがは王子です!」
「こいつを手なずけたのは俺じゃない。父さんだ。ホーテンショーは父さんの形見なんだ」
愛馬に飛び乗ったナファネスクは感傷に浸りながら言った。
「それと、その王子って呼び方は止めてくれねぇか? なんかさ、体がむず痒いんだよな」
「では、なんてお呼びすればいいのでしょう?」
「普通にナファネスクで構わねぇよ」
もう自分は王子ではない。呼び捨てで構わなかった。
「それはちょっと……分かりました! では、これからはナファネスク様とお呼びします!」
それでは先ほどとあまり変わらない。でも、これ以上は何も言わなかった。
「ああ、そうしてくれ。あと、カサレラを任せた」
「分かりました。さぁ、カサレラ、こちらへ」
カサレラの御者台に乗せてから、冥邪王の後を追っていくこと十分ほど。モルザーバは再び振り返った。
「ここまで来れば、問題なかろう」
別に異論はなかった。ナファネスクたちも地面に降り立つ。
「なぁ、戦う前に一つ聞きてぇことがある!」
不意に向こう見ずな少年は問いかけた。




