依り代に選ばれる条件
宿屋からそれほど遠くない場所にある人気の食事処《星雲の輝き》は、沢山のお客でごった返していた。この時間帯から酒を飲んでいる人も少なくない。
日が落ちれば、街は漆黒の暗闇に覆われる。
ランタンだけが頼みの綱だが、そもそも真っ暗で見通しの利かない夜中に好んで歩く人などいない。だから、今から飲むのだ。
待つこと半時ほど。やっと二人は壁際の席に座れた。案の定、注文を聞きにやって来た若い給仕係はナファネスクたちを見るなり、あからさまに訝しんだ顔を見せた。それでも、すぐに先ほど聞かされた言葉を告げると、給仕係の顔も態度も一変した。エスタナの顔の広さを思い知った瞬間だった。
水の入ったコップがテーブルに置かれてから、二人とも手渡された献立表を食い入るように目を通した。正直なところ、名前だけではいったいどんな料理なのか想像できなかった。
仕方なく一通り聞いてから、食べたい料理名を伝える。カサレラも給仕係の説明が終わってから注文した。二人とも自分たちがどれほど田舎者なのか、痛烈に実感した。
料理が運ばれてくるまでにはまだ時間がかかりそうだった。お客の多さからして容易に想像できた。
このときとばかりにナファネスクは口を開いた。カサレラについて質問したいことが幾つかあった。
「カサレラ、ちょっと訊いてもいいか?」
「いきなり真面目な顔してどうしたのよ」
突然のナファネスクの言葉に、カサレラは少し驚いた顔をした。
「助けたときにお前は『冥邪天帝の唯一の依り代』って言ってたよな? その唯一って言葉がずっと頭の中で引っかかってたんだ。なんでお前じゃないとダメなんだ?」
突然カサレラは俯いて考え込んだ。それを話すかどうか迷っているようだ。
「なぁ、教えてくれよ」
ナファネスクは頼み込むようにお願いした。
「それは……それは、あたしが冥邪憑きにならない体の持ち主だからよ!」
「冥邪憑きにならないだって!?」
衝撃的な言葉だった。言われてみれば、冥邪王レナディスに連れ去られていたとき、荷台を引く馬は冥邪憑きになっていたのに、カサレラは人間のままだった。
「そうよ。普通の人間だと冥邪天帝ヴェラルドゥンガの顕現に耐え切れず、肉体が腐り切って朽ち果ててしまう。でも、あたしはそれに耐え得る人間なのよ。だから、帝国の連中はどんな手段を使ってでも、あたしを連れ去りに来るわ」
「そうだったのか……」
カサレラは酷く悲しみに満ちた顔をしていた。運命の悪戯とは言え、どれだけ自分の体質を恨めしく思ったことだろう。ナファネスクには到底計り知れなかった。
「でも、これは太陽神ロムサハル様が与えてくだった試練だと思うの。あたしにはずば抜けた滅骸師の才能が眠ってるって神父様も言ってくれてたし、それを開花させてくれた。滅骸師が使う神聖魔術は人だって殺せるのよ。だから、あたしの滅骸師としての力だけでバルドレイア帝国の皇帝を斃し、冥邪天帝の顕現を防ぎなさいっていうお告げなのよ」
「お前、そんなことをマジで思ってるのか? 冗談だろ?」
ナファネスクの問いかけにカサレラは少しの間沈黙した。それから、意を決したように話し始めた。
「思ってるわ! だって、この試練はあたし以外の人には絶対に成し得ないことだもの!」
「ふざけるな! 何が太陽神の試練だ! そりゃよ、お前が滅骸師としてどれだけ凄いのかは俺には分からねぇ! だけど、一つ間違えば、お前の体を依り代にして冥邪天帝とやらが顕現しちまうんだぞ! そしたら、この世界がどうなるのかは言わなくたって分かるだろ!」
ナファネスクの心は憤激に支配されていた。
店内に響き渡る突然の怒号に、周囲の客たちは小声で文句を言い合いながら不審な眼差しを向けてきた。だが、二人ともまだ子供だということで、今回は大目に見ることにしたようだ。
渦中の二人は周りの目など全く気にしてない。押し黙るカサレラに対し、ナファネスクにはまだ聞きたいことがあった。
「単独で帝国に乗り込もうとしたのは何故だ? もし試練だとしても、無謀だと思わなかったのかよ? 冥邪天帝の依り代である以上、お前の体はもうお前だけのものじゃねぇんだぞ!」
少し間があった。カサレラはとても重たそうに口を開いた。




