女主人エスタナ
「だ、誰か来てくれ! 泥棒が現れたぞ! 警備兵を、警備兵を呼んでくれ!」
怯えるように店番の男は座っていた椅子から転げ落ちた。すかさず大声で叫び声を上げる。
周囲にいた客たちがナファネスクたちに怪訝そうな視線を向けてきた。一階で泊まっていた客の中には、ドアを開けて覗き見る人もいた。
「この野郎、ふざけたことを言ってんじゃねぇぞ!」
ナファネスクは激怒した。食ってかかりそうなのをカサレラが必死になって止める。
「ねぇ、知らない街で争い沙汰はまずいよ! 別の宿屋を探そう?」
カサレラも同様に気分を害しているのは確かだ。だからと言って、ここでいきなり面倒事は起こしたくない。円らな瞳がそう訴えかけていた。そのときだ。
「あんたったら、いったい何を騒いでるんだい?」
店の奥から恰幅のいい体格をした年配の女性が現れた。尻込みする店番の男とほとんど同じ年齢に見える。
「お前、良いところに来た! このガキどもは泥棒だ! 早く警備兵を呼んでくれ!」
突如姿を見せた女性は鋭い眼差しで二人の子供と大金を詰め込んだ巾着袋に目をやり、少し思案した。
「おい、何をしてるんだ! 早く警備兵を――」
「お黙り!」恰幅のいい女性は、店番の男に拳骨を喰らわせた。
「あんたってば、本当に人を見る目ってもんがないねぇ。ここは私に任せて、中の手伝いでもやって来な!」
「痛ッ! いきなり殴ることはないだろ! 俺はただ……」
ぶつくさ言い訳をしながら、店番の男はしぶしぶ店の奥へと去っていく。
「ゴチャゴチャとうるさい男だねぇ! あと、周りにおかしなことを言い触らすんじゃないよ! 分かったかい!」
後ろを振り返りながら、さらに怒声を上げた。それから、恰幅のいい女性はざわめいていた泊り客たちに目を向ける。
「お客さん方、うちのバカな亭主が突然物騒なことを喚きまして、本当にすいませんね。特に何の問題もありませんので、どうぞ寛いでくださいな!」
一つ間違えれば、宿屋の評判にも関わる最悪の状況に対応するべく、愛想のいいにこやかな笑みを浮かべながら詫びた。すると、泊り客たちは一様に安堵したようだ。宿屋は落ち着きを取り戻し、それぞれのやりかけていた行動に戻っていった。
「あんたたちも嫌な思いをさせて悪かったねぇ。あたしがこの宿を切り盛りしている女主人のエスタナだよ。今奥がちょっと忙しくてね。うちの旦那に店番をさせてたとこなんだよ」
ナファネスクたちに目をやると、エスタナは謝った。宿屋の名前は真実だった。
「年齢といい、お金といい、二人とも見るからに訳ありみたいだね。でも、あたしが来たからにはもう心配することないよ! ただ、あいにくなんだけど、今空いてる部屋が二人部屋しかなくてね。それでもいいかい?」
異性について意識し始める年頃の二人の気持ちを察したのだろう。エスタナは気まずそうに訊いてきた。その言葉に、ナファネスクとカサレラは顔を見合わせた。
知り合ってほんの僅かしか時間が経ってない。赤の他人でもなければ、これと言って親しくもない。ただ、藪から棒に泥棒呼ばわりしてきた先ほどの男の態度を見ただけに、他の宿屋に行ってもまた一悶着ありそうに思えた。お互いその事を考慮したうえで頷き合った。
「じゃあ、それで――」
ナファネスクが全てをエスタナに任せることにした。




