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禁忌の申し子

 父親はナファネスクの(かたわ)らに来ると中腰になり、両の手を両肩に乗せてきた。

「ここにいる私の息子こそ、お前の欲する無疆(むきょう)獣気(じゅうき)を秘めし者なのだ!」

 全ての生き物が帯びる気を人は獣気と呼ぶ。父親からそう教えられた。ちなみに、無疆とは無限と同じ意味だ。


 壊神竜はおもむろにナファネスクに顔を近づけてきた。何かを感じ取っているようだ。

【ふむ。言われてみれば、底知れぬ獣気を漂わせる子供だ。幼子よ、我に触れてみよ】

 壊神竜がゆっくりと顔を近づけてきた。獣霊とは言え、ドラゴンはドラゴンだ。


 荒波のように押し寄せる不安に耐え切れず、父親に助けを求めた。だが、肝心の父親は何も答えずに力強く頷くだけだった。仕方なく、おどおどしながら金色の巨竜の顔に触れた。

【では、我の合図とともに獣気を出してみろ】

「え?」

「ナファネスク、この前父さんが獣気の出し方は教えたぞ。あの通りにやってみろ!」

(そう言えば、不思議な力を出す方法を教えてもらったような……)

 そのときのことを思い出してみる。


【さぁ、始めるのだ!】

(えーと、意識を集中させて、自然や大地を全身に感じるんだっけ)

 霊峰マハバリ山といい、まさに大自然の真っ只中に身を置いている。容易に自然界と精神を融合できた。その直後、溢れんばかりの獣気がナファネスクから噴き出した。


【おお!? これぞまさに無疆の獣気よ! それでは幼子よ、今すぐ我と盟約を結ぼうぞ!】

「め、盟約?」

【我らが友となり、お前の魂を新たな寝床にさせてもらうことよ。さぁ!】

 壊神竜が伝える言葉に危険な臭いを感じた。自分の体を乗っ取られるのではないか。そんな身の毛のよだつ恐怖すら覚える。

(このままこのドラゴンの口車に乗ってもいいのかな? これが〝禁忌の申し子〟になるってこと?)

「ナファネスク、何も問題はない。さぁ、受け入れるんだ」

 父親の本当の目的がよく分からなかった。でも、父親の言葉には反論できない自分がいた。


 何だかはぐらかされているような気もするが、ナファネスクは頷いた。


【よし、決まりだな。我は壊神竜ゼラムファザード。これより先、お前の大いなる力となるであろう。共に忌むべき冥邪(めいじゃ)どもを(ほふ)ろうぞ!】

 歓喜に打ち震えた雄叫びを上げると、金色の巨竜の獣霊はナファネスクの小さい体内に吸い込まれるように入り込んでしまった。あっという間の出来事だった。


 次の瞬間、ナファネスクは体内から物凄い熱を感じた。今まで感じたことのない感覚だった。

「あ、熱い!」

 ナファネスクは両膝をついて、体内を燃やし尽くすようなその熱さをグッと(こら)えた。

「おい、どうした?」

 すぐに身を屈めて、父親が心配そうに我が子の顔を覗き見る。右手でナファネスクの背中に手を当てた瞬間、反射的に手を離した。

「なんて熱さだ! 私のときはこんなことは起きなかったのに!?」

 右手の掌を見つめながら、父親の頬から冷や汗がだらりと流れ落ちる。


「体中が熱い! 熱いよ、父さん!」

「いいか、負けるな! 頼む! 負けないでくれ!」

 父親にしてみれば、思いも寄らない緊急事態なのは明白だった。しかも、事ここに至っては何も成す術がないようだ。


 残念ながら、ナファネスクの容体は一向に改善の兆しが見えなかった。父親の心配する声が届いているのかどうかさえ分からなかった。その直後だ。


「うわぁぁぁぁ!」

 ナファネスクは出せる限りの大声を張り上げた。すると、徐々に体内の熱が消え去っていくのを感じた。

「気をしっかりと持つんだ! 俺の息子なら頑張って乗り越えてみせろ!」

 忸怩(じくじ)たる思いの中、父親は我が子を力強く抱きしめた。ナファネスクの口から「父さん」と聞こえたのは、それから数秒後だった。


「大丈夫。もう熱いのはなくなったよ」

「本当か?」

 安堵する父親の顔を見ながら、ナファネスクは「うん」と頷いた。


「そうか、良かった! よく耐えたな! 偉い子だ!」

 父親は苦難を乗り越えたナファネスクの頭を撫でた。

「どうだ? 立てそうか?」

 もう一度「うん」と頷くと、ナファネスクは自分の力だけで立ち上がった。

「じゃあ、両手の甲を見てみなさい」

 普段と変わらない我が子の様子を見届けた父親が口を開いた。


 何気なく見てみると、何やら刻印のようなものが光りながら浮かんでいた。

「それが獣霊使い(ドマドール)の証である紋章だ。だが、心配しなくていいぞ。普通の人間にそれは見えやしないからな。それでだ。獣霊使いとなった今、お前はこれから冥邪と戦う運命にある」

「冥邪って人を襲って食べる化け物のことでしょ?」

 冥邪については少しだけ知っていた。人間を糧とするおぞましい姿をした異類異形の怪物の総称だ。幸いなことにこの村の近くには姿を現さないが、父親からそれとなく聞かされていた。


「よく覚えていたな。そのとおりだ」父親は誇らしそうに微笑んだ。

「普通の人間では冥邪には太刀打ちできない。そこで獣霊使いの出番だ。私たちは獣霊を魂に宿すことで、あいつらと対等に戦える数少ない人間なんだ」

 そこで父親は屈み込み、再びナファネスクの両肩に両の手を置いた。


「いいか、ナファネスク。明日からは、お前が最強の獣霊使いになれるよう今まで以上にビシビシとしごくぞ! そして、冥邪など存在しない世界を作るんだ!」

「はい、父さん!」

 熱く語る父親の瞳はとても輝いて見えた。誇らしく思うと同時に、自分も父親の描く平和な世界を実現させてみたいと思えるようになっていた。


「じゃあ、夜が明ける前に御山を下りよう!」

 ナファネスクの背中を軽く叩くと、意気揚々と父親は来た道を戻っていく。叱咤激励された気がして、とても発奮した。


 ただ、ハクニャだけが先ほどまでとは少し違う様子だった。

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