依り代にされた聖女
(こいつの頭のほうがどうかしてるんじゃねぇのか?)
「どこにも行かないってどういうことだよ?」
「ここで待っていれば、新たな冥邪王があたしを捕えに現れるってこと。それで、また帝国に連れていかれるわけ。帝国の皇帝は喉から手が出るほどあたしを欲しがってるからね」
「どうしてそんなことが言い切れる?」
一瞬間があった。少し躊躇ったように思えたが、少女は答えた。
「それはね、あたしが冥邪天帝ヴェラルドゥンガをこの世界に顕現できる唯一の依り代だからよ。ここまで説明すれば、バカな頭でも理解できたでしょ? だったら、早くどこかに消えてちょうだい!」
口調は先ほどまでと変わらないが、少女の大きな瞳はどこか物悲しさを帯びていた。もっと言えば、わざとナファネスクを遠ざけようとしているように思えた。
「お前……お前はいったい何者なんだ?」
少女があっけらかんと打ち明けた話に驚きを隠せなかった。あのヴェラルドゥンガの唯一の依り代と聞いては尚更だ。しかも、唯一という言葉が引っかかった。
「だから、太陽神ロムサハル様にお仕えする滅骸師だって言ったでしょ! あんたって本当にバカね!」
少しの間、静寂が訪れた。ナファネスクはしきりに何か考え込んでいた。
「何をしてるの! さっさとあたしの前からいなくなってよ!」
まるで自分を見捨てて行けとでも言っているように聞こえた。自らの人生を捨て去ったその姿を見た瞬間、ナファネスクは問題解決の答えを見出した気がした。
「……嫌だ」
聞き取りにくいほど小さい声で呟いた。
「え? 今なんて言ったの?」
「嫌だ! そう言ったんだ!」
まるで聞き分けのない子供のようだった。
「新たな冥邪王がやって来たら、そいつも俺が斃してやる! お前が唯一の依り代だって言うなら、帝国なんかに連れて行かせやしねぇ!」
少女は呆然とナファネスクを見ていた。急な態度の変化に戸惑っているようにも感じられた。
「あたしは、あんたみたいなのがいると迷惑だって言ってるのよ!」
「何とでも言うがいいさ! 俺はその帝国に滅ぼされたアルメスト王国の王子で、冥邪天帝とやらの顕現を防ぐために旅をしてるんだ! だから、お前のことは俺の命に代えてでも絶対に守ってやる!」
「あんた……」
いきなり見ず知らずの人間から一方的に宣言された少女は戸惑いを隠せず、ただただ言葉を失っていた。
「そうと決まれば、とっとと街に行くぞ! もうすぐ夕暮れになるからな。こんな場所で野宿なんてご免だぜ!」
一件落着とばかりにナファネスクは一角獣を呼ぶ風変わりな笛を吹く。すると、近くにいたホーテンショーが焔豹のハクニャを背に乗せて颯爽と現れた。
「あんたねぇ、勝手に話を進めないでくれる!」
少女は詰め寄るが、向こう見ずな少年は全く聞く耳を持たない。
「いいじゃねぇか! ほら、手を貸してやるから乗りな!」
ナファネスクは両手で少女の腰を掴むと、気高い一角獣に跨がせた。
「ちょっと、あたしに気安く――!?」
「おっと、こいつも頼んだ!」
少女が話し終わる前に、ハクニャを抱きかかえさせて黙らせた。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。俺の名はナファネスク。お前の名前は?」
半ば強引に物事を進めていく少年に、清廉な少女は心底戸惑っていた。
「あたし? あたしはカ、カサレラ……」
少女はあまり他人との付き合いに慣れてないのか、急にしおらしくなった。
「カサレラか、なかなか良い名前じゃねぇか!」
カサレラの背後からホーテンショーに跨ると、ナフェネスクはさり気なく口にした。直観でそう思った。
「そ、そう?」
「俺は嘘を言わねぇ質でね! じゃあ、しっかり掴まってろよ! 駆けろ、ホーテンショー!」
ナファネスクは手綱を強く引っ張った。気高い一角獣は嘶き、先ほど見つけた街に向かって疾駆する。
夕焼けで空が赤々と照らされる中、これから二人が待ち受ける定めについてはまだ誰も知る由もなかった。




