壊神竜ゼラムファザード
徐々に山の傾斜が急になってきた。それでも、ナファネスクは二度と先ほどのような弱音を吐かずに頑張ることにした。父親を失望させたくはなかった。
さらに半時が過ぎた頃、父親の口から歓喜の声が上がった。
「おお、やっと見つけたぞ! やはりここにあったのだな!」
ナファネスクの視線の先には、途轍もなく異様な雰囲気を漂わせる洞窟が大きな口を開けていた。
「ここが父さんの来たかったところなの?」
「ああ、そうだ!」
父親は喜び冷めやらぬようだ。
「ナファネスク、さぁ、中へ入ろう!」
ランタンで照らしながら、父親は微塵も躊躇せずに洞窟の中に足を踏み入れる。
ナファネスクも恐る恐るその後に続いた。すると、不意に洞窟の両脇の壁に掛けられていた燭台の蝋燭からボッと炎が上がり、奥に向かって次々と燃え上がっていく。
思わぬ事態に、一番素早く反応したのはハクニャだった。ナファネスクの肩から飛び降りた瞬間、毛を逆立てて唸り声を上げる。
「大丈夫。大丈夫だよ、ハクニャ」
激しく威嚇する焔豹を落ち着かせるために、ナファネスクは身を屈めて何度も優しく撫でてやる。当然のことだが、少年自身も今の現象に正直驚きを隠せないでいた。
どれだけ宥めてもハクニャの警戒心は解けない。まるで洞窟の奥深くに何かがいると思っているみたいだ。
「今の蝋燭の仕掛けは、ここに何者かが入ったことを知らせる罠かもしれないな」
「えぇ!? 誰がそんなことを? もしかして、村長さんかも?」
一瞬体中が身震いするような感覚に襲われた。ところが、父親はランタンの火を平然と吹き消すと、気にも留めずに奥に進み始めた。
「父さん……」
「ようやくここまでたどり着いたんだ。例え誰かに知られようとも、もはや引き返すわけにはいかない。さぁ、行くぞ」
父親の声音はとても厳しいものになっていた。後には引けない覚悟のようなものを感じた。
ナファネスクは生唾を飲み込むと、やむを得ず父親の後ろを着いていった。
大きな洞窟の内側は何か巨大な生物が抉り取ったような人間の力では到底成し得ない造りになっていた。両脇に立てかけられた幾つもの両端の燭台の蝋燭の炎のおかげで、二人は奥深くまで見通すことができた。
距離はそれほど長くはない。ただ、直進した道の先には半円状のだだっ広い空洞があるのが分かった。
その手前まで来ると、父親は急に足を止めた。ナファネスクは危うく父親にぶつかりそうになった。
少年に並ぶようにハクニャがいた。激しく毛を逆立てながら警戒度は最大にまで達していた。
「そろそろ姿を見せたらどうだ? もう気付いているのだろう?」
不意に父親は、何もいない半円状の空洞に向かって言葉を投げた。少しの静寂が訪れた。
【人間の分際で、我の深き眠りの邪魔をするか?】
低く唸るような声が脳に直接響いてきた。すると、広大無辺な空洞を埋め尽くさんばかりに巨大な何かが姿を現した。
大きな両翼を折りたたみ、燦然と輝く黄金の鱗で覆われている。次の瞬間、六本の雄々しい角を生やした顔をゆっくりともたげ、こちらを恨めしそうに睨めつける。
「ド、ド、ドラゴンだ!?」
思わず度肝を抜かれたナファネスクは尻餅をついた。
「ナファネスク、そんなに怖がらなくても大丈夫だ。私たちと違って、このドラゴンは実体を持ってないのだからな。このままでは危害を加える術がないのだ。獣霊と言って、見える者にしか見えない生き物なんだ」
「獣霊?」
ナファネスクは恥じらいながら立ち上がり、ズボンをポンポンと叩いて砂埃を落とした。
【我は見世物ではないぞ、人間!】
金色の巨竜の姿をした獣霊は酷く不機嫌そうに伝えてきた。
「もちろんだ、壊神竜ゼラムファザード。私たちがここにやって来たのにちゃんとした理由がある。お前にとっても、悪い話ではないはずだ。何故なら、お前が長年探し求めていた存在を連れて来たのだからな」
【何だと!?】
壊神竜は驚きと疑いの入り混じった声を上げた。




