冥邪憑きへの躊躇い
あの男が余計な呪文さえ唱えなければ、エゼルベルクは今も生きていたに違いない。
「次は、お前だ!」
ゼラムファザードは両刃鎗の片方の剣先をカシュナータに向けた。
「負傷しているとは言え、レストフォルト殿を赤子の手を捻るように易々と……あれが無疆の獣気を持つ者の力ですか!? ほら、ヴォルガンたち! 早くこの僕の〝盾〟となりなさい!」
カシュナータは右手の人差し指に嵌めた指輪を高々と翳すと、自分の背後で仁王立ちのまま立ち尽くす二体の冥邪に命令を下した。
ヴォルガンどもはすぐに大股で動き出した。
乱暴な足音を立て、地響きを上げながら主を庇うように前に立ちはだかる。
「そんな奴らなんか屁でもねぇぜ! いい加減に覚悟しろ!」
激しい憤りに剝き出しにした怒号を張り上げるナファネスクだったが、先に攻撃を仕掛けてきたのはヴォルガンどもだった。
両方の手首から伸びる反り返った刃には尋常ではない妖気が満ちている。すると、いきなり両腕を振り上げ、幾つもの妖気の刃を飛ばしてきた。それでも、ゼラムファザードは桁外れの獣気を帯びた両刃鎗を巧みに操り、見事に全てを弾き返していく。
「さて、今度は俺の番だ!」
ゼラムファザードは今までとは段違いの獣気を全身から放出させた。すぐに六枚の翼を勢いよく羽ばたかせると、両刃鎗を水平に構えて二体のヴォルガン目がけて猛然と急降下する。
ほんの一瞬の間に、冥邪どもの間をすり抜けるようにして突き抜け、地面に着地する。間を置かずに悠然と立ち上がった瞬間、頭部を斬り落とされた二体のヴォルガンは首から薄紫色の鮮血を噴き上げ、前のめりに崩れ落ちた。
「往生際が悪いぜ、カシュナータ! 俺のこの手で成敗してやる!」
ここに来て、憤怒の炎に燃え上がるナファネスクをじっと見つめるカシュナータには少しも恐れた様子はなく、逆に不敵な笑みを浮かべていた。よく見ると、左手に抱えていた魔導書が開かれていた。
「下劣な元王子よ、ここは一度退散させてもらいますよ」
捨て台詞を残して、カシュナータはその場から忽然と消え去った。瞬間転移の呪文を唱えたのだ。
つむじ風とともに「ハハハ」と嘲り笑う声だけが微かに聞こえてきた。
「クソ! まんまとやられちまった!」
悔やんでも悔やみきれない。だが、地の果てまで追ってでも、必ず殺してやると誓った。
「ミャオ!」
不意に焔豹のハクニャが警戒するような鳴き声を上げた。その声の指し示す方角に目をやると、まだ斃すべき敵がいることに気付かされた。冥邪憑きと化した村人たちだ。
腐臭を漂わせ、冥邪の瘴気を浴びた村人はもはや人間とはほど遠い姿に変貌していた。
【まだ戦いは終わってない! そやつらも冥邪と変わらぬ存在! 全て極滅しろ!】
壊神竜が厳しい声で脳に伝えてきた。
「おい、マジかよ!」
もはや冥邪憑きと変わり果てた村人たちは人間にとってはただの害悪でしかなく、息の根を止める必要があった。それでも、ナファネスクは二の足を踏んだ。




