復讐は終わらない
レストフォルトは幻獣騎兵ゼラムファザードから放出する夥しい獣気を全身でヒシヒシと感じ、じんわりと冷や汗を滲ませる。
ただでさえ、ブエルゾラハとの熾烈な戦いの後で全身の節々から激痛が走った。新たな敵と渡り合う余力はほとんど残っていない。
「あのガキ、化け物か――!?」
身の毛がよだつ恐怖心から、思わず驚愕の声が漏れ出る。
「レストフォルト殿、何をしているんです? 早くそいつも始末してしまいなさい!」
同じく危機感を感じているのか、遠くからカシュナータが指示してきた。
「ああ、わざわざ言われなくても、それくらい百も承知だぜ! 殺らなきゃ、こっちが殺られちまうんだ! ガキ、さっさと死んでもらうぜ!」
クインシュガーは全身の激しい痛みで、思いどおりに力が出せなかった。それでも、頑丈な鎖を器用に操ると、鋭利な小型の刃の回転速度を維持したまま、最後の一撃とばかりに二つの螺旋刃に今出せる最大限の獣気を注ぎ込んで投げ放った。
全力を振り絞ったのだろうが、ブエルゾラハと戦ったときのような冴えは感じられなかった。
ゼラムファザードは六枚の翼を荒々しく羽ばたかせて宙に舞い上がった瞬間、二つの螺旋刃の攻撃を余裕で躱して、鎖と鎖の間をするりとかい潜る。それから、クインシュガー目がけて飛翔速度を極限まで上げた。
「父さんの無念を思い知れ!」
自分の得物の間合いに入った途端、ゼラムファザードは尋常ではない獣気を帯びた双刃鎗を力いっぱい横に薙ぎ払った。
「何だと!?」
防御の態勢を取る間もなく、クインシュガーは胴体部分から真っ二つに切断された。
大量の血しぶきが飛び散り、天翼虎の獣霊は掻き消える。騎士らしき服装のレストフォルトは二つの肉塊に変わり果て、地面に落ちていった。
まだ敵討ちは終わっていなかった。憎悪を向ける相手がもう一人いる。バルドレイア帝国の宮廷魔導師だ。
あの男が余計な呪文さえ唱えなければ、エゼルベルクは今も生きていたに違いない。
「次は、お前だ!」
ゼラムファザードは双刃鎗の片方の剣先をカシュナータに向けた。
「負傷しているとは言え、レストフォルト殿を赤子の手を捻るように易々と……あれが無疆の獣気を持つ者の力ですか!? ほら、ヴォルガンたち! 早くこの僕の〝盾〟となりなさい!」
カシュナータは右手の人差し指に嵌めた指輪を高々と翳すと、自分の背後で仁王立ちのまま立ち尽くす二体の冥邪に命令を下した。
ヴォルガンどもはすぐに大股で動き出した。
乱暴な足音を立て、地響きを上げながら主を庇うように前に立ちはだかる。
「そんな奴らなんか屁でもねぇぜ! いい加減に覚悟しろ!」
激しい憤りに剝き出しにした怒号を張り上げるナファネスクだったが、先に攻撃を仕掛けてきたのはヴォルガンどもだった。
両方の手首から伸びる反り返った刃には尋常ではない妖気が満ちている。すると、いきなり両腕を振り上げ、幾つもの妖気の刃を飛ばしてきた。それでも、ゼラムファザードは桁外れの獣気を帯びた双刃鎗を巧みに操り、見事に全てを弾き返していく。
「さて、今度は俺の番だ!」
ゼラムファザードは今までとは段違いの獣気を全身から放出させた。すぐに六枚の翼を勢いよく羽ばたかせると、双刃鎗を水平に構えて二体のヴォルガン目がけて猛然と急降下する。
ほんの一瞬の間に、冥邪どもの間をすり抜けるようにして突き抜け、地面に着地する。間を置かずに悠然と立ち上がった瞬間、頭部を斬り落とされた二体のヴォルガンは首から薄紫色の鮮血を噴き上げ、前のめりに崩れ落ちた。
「往生際が悪いぜ、カシュナータ! 俺のこの手で成敗してやる!」
ここに来て、憤怒の炎に燃え上がるナファネスクをじっと見つめるカシュナータには少しも恐れた様子はなく、逆に不敵な笑みを浮かべていた。よく見ると、左手に抱えていた魔導書が開かれていた。
「下劣な元王子よ、ここは一度退散させてもらいますよ」
捨て台詞を残して、カシュナータはその場から忽然と消え去った。瞬間転移の呪文を唱えたのだ。
つむじ風とともに「ハハハ」と嘲り笑う声だけが微かに聞こえてきた。
「クソ! まんまとやられちまった!」
悔やんでも悔やみきれない。だが、地の果てまで追ってでも、必ず殺してやると誓った。




