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ラッシュレックレス  作者: 檜鶯盈月
第1章 暴かれた真実
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父親の死

 悠々と着地したブエルゾラハは、全く身動きの取れないクインシュガーの首元に三叉の槍を突きつけた。

「お前の負けだ、クインシュガー! いや、レストフォルト、覚悟は良いな?」

「クソ! 殺すならさっさと殺せ!」

 レストフォルトの言葉は恨みに満ち溢れていた。


「そうはさせません! あなたはここで死ぬ運命なのですよ、エゼルベルク!」

 二体の幻獣騎兵の一騎討ちの邪魔をしたのはカシュナータだった。咄嗟に左腕に抱えていた魔導書を開き、古代(いにしえ)の呪文を詠唱する。


「太古の巨人を石化させし邪悪なる毒蛇の髪の魔女よ、我らに逆らいし凶悪なる存在(も の )に戒めの呪縛を与えたまえ!」

 呪文を唱え終えた直後、ブエルゾラハは勝手に宙に浮き上がり、首、両手、両足の五か所に突如現れた灰色の枷が食い込んでいく。同時に、十字を描くかのように両腕は外側に向かって水平に伸び、両足はぴったりとくっついていた。そのまま体の自由が奪われた。束縛の呪文だ。


「なんだ、これは!? 体が――」

 エゼルベルクの口から苦痛に歪んだ呻き声が漏れ出る。あまりの激痛に耐え切れず、三叉の槍は手から零れ落ちた。


「レスフォルト殿、さぁ、早く止めを刺すのです!」

 この千載一遇の好機を作り上げたカシュナータが声高に叫んだ。それに応えるべく、全身の痛みを(こら)えながらクインシュガーは立ち上がり、二枚の翼で再び上空に舞い上がった。


「残念だったな、エゼルベルク。俺の逆転勝利だ!」

 頑丈な鎖で繋がれた二つの螺旋刃から飛び出した鋭利な小型の刃がまたもや凄まじい速度で回転する。次の瞬間、身動きの取れないブエルゾラハ目がけて投げ放った。


「さらばだ、《無敗の闘神》!」

 出せる限りの獣気を帯びた二つの螺旋刃はブエルゾラハの胸部を深々と(えぐ)った。


 大量の血しぶきを上げ、呪文の拘束から解放されたブエルゾラハは地面に落下し、仰向けの状態で地面に倒れた。不意に横やりを入れてきたカシュナータのせいで、屈辱の負けを喫したのだ。


「父さん!」

 じっと二体の幻獣騎兵の激闘に目を奪われていたナファネスクは全身から血の気が引くのを感じた。急ぎ足でブエルゾラハに駆け寄っていく。


 光獅子ブエルゾラハの獣霊の消滅で真っ白の全身鎧は消え去り、血だらけのエゼルベルクがそこにいた。ナファネスクは父親を抱きかかえた。


「父さん! 父さん、しっかりしてくれ!」

「す、すまない! 私が負けるとは……」

 そこまで言うと、エゼルベルクは激しく咳き込み、同時に血を吐いた。


「父さん、待ってろよ! 今すぐ治療をしてやるからな!」

 獣気の使い方によっては治癒も可能だったが、エゼルベルクは致命傷だ。傷口は完全に(ふさ)ぐには至らない。


「いいか、ナファネスク、お前はこんなところで死ぬんじゃないぞ。絶対に勝つんだ!」

 弱々しい声で話しながら、エゼルベルクは片手をゆっくりとナファネスクの手に重ねた。


「我が家の地下に大事なものが隠してある。それを手に取って、冥邪天帝ヴェラルドゥンガの顕現を阻止してくれ。た、頼んだぞ、我が息子よ!」

 消え去りそうな声でそれだけ言い残すと、エゼルベルクは息を引き取った。ナファネスクの手に触れていた手が力なく垂れ下がる。


「父さん! そんな……畜生!」

 両目から大粒の涙が流れ落ちた。強い悲しみがナファネスクの心を激しく(むしば)んだ。


【ナファネスクよ、今は悲しみに浸っているときではない。復讐の炎を燃やすのだ!】

 ここに来て、ようやく壊神(かいしん)竜ゼラムファザードの低い声が脳に直接伝わってきた。悲壮感に打ちのめされた少年に(かたき)を討てと鼓舞する。


「言われなくても分かってらぁ! 今、俺の心を支配しているのは怒り狂う怨念だけだ!」

 右腕で涙を拭うと、ゆっくり立ち上がった。


「うぉぉぉぉ!」

 途方もない獣気を噴き上げながら、大声で叫んだ。


「許さねぇ! お前ら、絶対に許さねぇぞ!」

【それでこそ無疆(むきょう)の獣気の持ち主よ! さぁ、我と一体となるのだ!】

「おう! 行くぜ、獣霊降臨!」

 ナファネスクの雄叫びに呼応して、頭上に金色(こんじき)の巨竜が現れて一体化する。すると、一瞬にして姿が一変した。


 獣霊と同じ色をした苛烈な竜王の顔を象った兜と全身鎧に覆われ、背中には三対六枚の翼を生やしていた。右手には、両方の手でも余りある柄の両端から特大の両刃の剣が伸びた双刃鎗(そうじんそう)を握り持っている。


「まずはお前だ、クインシュガー! 父さんの無念を晴らしてやる!」

 幻獣騎兵ゼラムファザードは重量感のある双刃鎗を巧みに操り、圧巻の素早さで臨戦態勢の構えを取った。


 今まさに報復の狼煙が上がろうとしていた。

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