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「乙女ゲームの皮を被ったRPG」シリーズ

【短編】前世を思い出したら、婚約者に浮気を疑われました

作者: 田中佳奈

少し長めの物語ができました。

ハッピーエンドなので、安心して読んでもらえると思います。

「そういえば、浮気をなさっていますね」


 ……デートの途中に挟むセリフじゃないだろう。

 それに僕は、浮気をしていない。

 どうしてそんな誤解をしているのか。

 これは多分、僕が前世を思いだしたからだ。


 ※


 僕には前世があった。

 そのことを湯船につかりながら思いだした。

 前の自分は日本人で、会社員として働いていた。両親を早くに亡くしていて、妹と二人暮らしだった。

 ……自分が死んだ場面を思い出せない。それに、妹はどうなっただろう。若いころまでしか思い出せない。

 もう一つ思い出したことがある。今の自分が住んでいる世界が、ゲームの世界だということだ。でも、そのゲームについては詳しく知らない。妹がハマっていて、向こうはすごい勢いで話してきたのだけど、僕は聞き流してしまっていた。


 こうなるんだったら、もっとちゃんと聞いておくべきだったなぁ。


 ……乙女ゲーの皮をかぶったRPGということは覚えている。

 確かに、この世界には魔物が存在する。昔は魔王も君臨していた。今はおとぎ話になっていて、みんな子供の頃から知っている。

 かく言う僕も、王家を守る四家のうちの一家であるファドレッド家の長男だ。魔物を討伐したこともあるし、この国の歴史や将来についても考えている。

 婚約者もいる。ものすごく綺麗で可愛い人だ。優しいけど厳しさも持ち合わせていて、一緒にいると安心する。親同士が決めた婚約だけど、関係は良好だ。小さい頃から一緒に遊んでいたし、今も頻繁に顔を合わせているし、この前も、義妹となる予定のツェリンからも「自覚されていないようですが、お二人とも甘い雰囲気を周りに振りまきすぎなので、気をつけてくださいね」と注意されるほどだ。


 明日も会う予定だった。前世のことは置いといて、お風呂から上がって、今日はもう寝よう。


 ※


 朝食を取った後、執務室で今日の予定を執事長と確認した。午前中は書類の確認をし、お昼前には婚約者であるセレーネが来る、一緒に昼食をとり、そのあとは、また書類の確認だ。

 書類の確認をしていると、ドアがノックされた。


「入っていいぞ」


 入室を許可すると、執事からセレーネが屋敷に到着し、パティオで待っているとの報告があった。

 もうそんな時間か。


「わかった。今から向かうと伝えてくれ」


 執事に連絡を頼み、午後の作業の準備をして、セレーネが待っているパティオへ向かう。

 今日は天気も良く、涼しい風も吹いている。パティオだと気持ちよく過ごせるだろう。

 パティオには、淡い青色のドレスを着た婚約者が椅子に座っていた。


「おはよう、セレーネ。今日も綺麗だ」

「ごきげんよう、ユーリ。あなたもいつも通り素敵よ」

「今日はパティオにして正解だったね」

「この天気ですから。堪能しないともったいないと思いましたの」


 こういうところが彼女の良いところだ。


「今日の昼食はオムライスをアレンジしたものだよ」

「どんなアレンジかは楽しみにしていてね」


 それからは、たわいのない話をした。昨日は星空がきれいに見えたとか、これから冬に向かうから衣替えをしないといけないとか、ツェリンが作ったお菓子がとても美味しかったとか。

 そうしていると、時間はすぐに過ぎてしまう。

 メイドが「昼食の準備ができました」と伝えてきた。

「今日はこのままパティオで頂こう」と僕が言うと、「そうしましょう」とセレーネも同意した。


「それじゃあ、準備をお願い」


 メイドにそう言うと、僕らがパティオで食べることを想定していたのか、焦らずに「承知いたしました」とテキパキと準備を始めた。

 セレーネは微笑みながらこちらを見ていた。


「どうしたの?」

「屋敷のみんなはユーリのことをわかっているのだなと、嬉しくなってしまって」

「ありがたいことにね」


 昼食の準備が進んでいく。昼食用のテーブルと椅子が整えられ、いい匂いが漂ってくる。


「これは……、カレーですか?」

「正解。お米をカレーピラフにしてるんだ」

「それは、とても美味しそうです!」


 アレンジはそれだけではないけど、食べた時に楽しんでもらおう。

 準備が終わり、席に着く。


「では、いただきます」


 カレーピラフの上にのせられた、オムレツを割いていく。中から半熟のとろっとした卵があふれでる。


「チーズが隠されていました!これは、暴力的なアレンジです!」


 素敵な笑顔でこちらを見てきた。僕も嬉しくなる。


「合わないわけがないからね。これを思い出した時は、衝撃が走ったよ」

「思い出した時……ですか?」

「前にね、思いついてたんだけど、忘れてしまっていてね。うん。それで最近、思い出したんだよ」

「そうだったんのですね。確かにすごく合っています。美味しいです」


 このオムライスは、前世で妹によく作っていたものだ。まだ、自分の中で前世のことをうまく整理できていないらしい。後ろめたいことはないはずなのに、とっさに誤魔化してしまった。セレーネに話すのは、もう少し落ち着いてからにしよう。


 ※


「ごきげんよう、ユーリ」

「ごきげんよう、ユーリお義兄様」

「いらっしゃい。セレーネ、ツェリン」


 今日は、セレーネの妹であるツェリンも一緒に来ていた。

 なんでも、前に食べたカレーオムライスの話を聞いたツェリンが、是非とも食べてみたいらしく、日程を調整したのだ。


「そんなに食べたいって言われるとは思わなかったよ。楽しみにしてたのかい?」

「お義兄様の新作ですもの。すぐに食べてみたくなったの。それに、仲間外れはよくないわ」


 確かに。新作ができた時は、三人で食べるのが習慣になっていた。

 しかし、カレーオムライスは新作ではなく、アレンジだったから、セレーネとだけ食べた。

 他のアレンジの時も、ツェリンとは食べないことが多く、後から話を聞いて、ふるまうことはあった。けど、すぐに日程を調整してまで要望することはなかったはずだ。

 とても美味しそうに思えたのだろう。


「今日もパティオで食べるのですか?」

「いいや。執事長が、この後天気が崩れそうだと話をしていたから、食堂でたべるよ。もう準備もできているはずだ」


「そうでしたか」とセレーネは少し残念そうだった。

 そんな表情もかわいいなと思いながら、食堂へ案内する。

 食堂に入ると、カレーの食欲をそそるスパイシーな香りがした。


「早速、頂こうか。二人とも待ちきれないようだしね」


 セレーネは恥ずかしそうに、ツェリンは照れながら席に着いた。

 カレーオムライスが運ばれてくる。

 みんなで「いただきます」と唱え、食べ始める。


「……これは」


 ツェリンが驚いた。

 期待以上のようで、良かった。


「どうだい?」

「とても、美味しいです。本当に、とても……」


 彼女の目が潤んでいるように見えた。


「ツェリンには少し辛かったかな?」

「……そうですね、ほんの少しだけ。でも、とても美味しいです」


 残さず食べられたお皿を見て、嬉しくなった。


 ※


 数日後、ツェリンから手紙が届いた。

 珍しい。何かあったのだろうか。

 それとも、姉のセレーネにはできない相談事だろうか。

 手紙の封を開け、内容を確かめる。

 そこには、


 “もしかして、兄さんですか?”


 と書いてあった。しかも、日本語で。


「まさか、結衣なのか……」


 ツェリンは前世での妹だった。

 衝撃的過ぎて、頭が回らない。

 もう一度、手紙を読む。

 見間違いではない。

 引き出しからレターセットを取り出し、返事を書く。

 手が震えてしまう。

 ようやく書き終えた手紙を、執事長に渡す。


「これをフリジェレネ家のツェリンに」

「かしこまりました」


 手紙を受け取り、部屋を出た。

 僕の動揺は、顔に出てはいなかっただろうか。



 ツェリンから返事が返ってきた。

 そこには、まさか再会できるとは思ってなかったこと、次からは手紙ではなく魔法で連絡を取り合いたいということ、次にセレーネが伺う時についていくことが書いてあった。

 僕も魔法でやり取りする方がいいと思う。

 手紙だと、どうしても人目につきやすいし、使用人たちからあらぬ疑いをかけられる可能性があるからだ。

 セレーネがこちらに来るのは、明日か。

 自分の前世の記憶は、まだ曖昧だ。会社員として働いていて、妹の結衣と一緒に暮らしていた。そこまでしか思い出せない。自分が死んだときの記憶もない。

 結衣なら何か知っているだろうか。


 ※


 執事長から、セレーネとツェリンが屋敷に到着し、来客室に通したと知らせを受けた。

 うわー、緊張してきた。

 これ、会ったら泣いちゃわないだろうか。

 再会の抱擁をしてしまわないだろうか。

 来客室に向かう足が、浮足立っているのがわかる。

 扉の前で呼吸を整える。……扉を開く。

 あぁ。駄目だ……。瞳が熱くなってきている。


「ごきげんよう、ユーリ」

「ごきげんよう、ユーリお兄様」

「二人とも、いらっしゃい」


 僕の声は、震えていなかっただろうか。

 ツェリンに視線を向ける。

 彼女は普段通りに見える。さすが淑女だ。


「どうかしましたか?」

「いや、今日も二人とも綺麗だなと思っていただけだよ」

 セレーネの疑問に、とっさに無難な答えで返してしまう。


「フフッ、ありがとう。今日は舞台を見に行くので、いつもより気合いが入ったみたい」

「姉様ったら、ドレス選びにいつもの倍、時間をかけていたのよ」

「それは、ツェリンもでしょう?」

「そうだったかしら?」


 何気ない会話でも、微笑んでしまう。


「僕も楽しみにしていたんだ。ついてすぐで申し訳ないけど、早速馬車で向かおうか」


 舞台の開始時刻にはまだ余裕はあるけど、人気の作品が上映されるから、混むだろうということで、早めに向かおうということになっていた。

 現地集合でもいいのでは?と聞くと、楽しみという雰囲気を共有したいことと、少しでも一緒にいたいとのことだった。

 やっぱり、僕の婚約者は、かわいい。

 馬車の中でも、今から見る舞台の話をしていた。


「伏線を見つけるのが楽しみね」「音楽も素晴らしいので」「今日の舞台は、アレリア様が演じる番だから、アドリブが多めになるかもしれないです」「スイ様が演じたものも見たいわ」


 そうこうしている間に、馬車が劇場に到着した。

 二人はそわそわしながら、僕の席の左右に座る。

 座席は劇場のオーナーがいい場所を用意してくれた。四家の方々に来てもらえたと箔が付くとのことで、そのお礼を兼ねていると言っていた。

 二人の様子を見ていると、オーナーに改めて感謝をしたくなった。


 照明が暗くなり、舞台の幕が上がる。

 前評判を聞いていない僕でも、面白い作品だなと思えた。

 物語の終盤で、ヒロインが犯人から逃げる場面になった。どんどん追い詰められ、これ以上逃げ場がなくなってしまう。ハラハラする場面だ。


 僕が、ここからどうひっくり返すのか楽しみにしていると、「兄さん、手」と顔は舞台を向いたまま、小さい声でツェリンが手を差し出してくる。

 無言でその手を握り返す。これは結衣が、緊張する場面や怖い場面を見た時に、よくやっていた。

 その癖が出たのだろう。

 舞台が終わった。

 握っていた手は、いつの間にか解かれていた。


 興奮冷めやらぬ状態で、馬車に乗る。

 当然、舞台の話題で盛り上がった。


「やっぱりあのセリフは、犯人から逃げる場面につながっていたのね」「逆に犯人を追い詰め始めた時は、興奮してしまいました」「スイ様が演じるかわいいヒロインもみてみたいです」


 二人とも、満足できたようだ。

 確かに、最後まで見て、結末もわかっているけど、別の人が演じたバージョンも見たいと思わせてくれる作品だった。


「私もユーリに手を握ってもらえばよかったわ」


 笑顔だ。

 ……それが逆に怖く感じてしまう。

 セレーネには、こちらを責めるような雰囲気はない。ただ羨ましかっただけだろう。


「セレーネだったらいつでも嬉しいよ」

「でしたら、今握ってください」


 全く、可愛い婚約者だ。

 隣に座っているセレーネの手を、優しく握る。


「うぅ、二人から甘い空気があふれてきています」


 馬車は順調に、フリジェレネ家の屋敷へと向かう。

 今日はセレーネ達を屋敷へ送り、そのまま解散となる。


「今日はとても楽しかったわ。ありがとう、ユーリ。それでは、また」

「私も楽しかったです。今度は、姉様と二人きりで行くのもいいと思います」

「こちらこそ、楽しかったよ。セレーネ、予定を合わせて二人でデートに行こう」

「まあ。それは楽しみです」


 二人と別れ、屋敷へと戻る。

 ……セレーネにいらぬ心配をかけただろうか。

 彼女は、気遣いのできる女性だ。その心境を隠し通すことなど、容易だろう。

 自室で一人になると、今日のあの言葉を考えてしまう。

 コンコン。

 目を向けると小鳥が窓を叩いていた。額には宝石のようなものが埋め込まれており、通達魔法だとわかる。

 窓を少し開け、小鳥を部屋の中に招く。

 小鳥が部屋の中を見渡す。


「……部屋には誰もいませんね」


 小鳥の口からツェリンの声がした。僕の部屋についたことを確認し、視覚も繋げたようだ。


「まさか、兄妹で転生しているとは……」


 呆れたような声色に嬉しさが滲んでいた。


「そうだね。しかも、婚約者の妹とは。現実は小説より奇なりとはよく言ったものだよ」

「日本の言い回しも懐かしいです」

「ツェリンはいつから前世のことを思い出したの?」

「私は、物心ついた時にはもう前世の記憶がありました」

「そんなに前から……」

「兄さんは最近ですよね?」

「そうだね。カレーオムライスを作った時期くらいかなぁ」

「姉様からその話を聞いて、まさかと思ったの。食べてみてびっくりしました、食べなれた味がしたから。あの時泣かなかった自分を、褒めたいくらいです」

「僕も手紙が届いたときは驚いたよ。……そういえば、前世の記憶って全部ある?会社員として働いていて、結衣と二人暮らしをしていたというところまでしか思い出せなくて……」

「……そうなんですね。私は全部あります。ちなみに、兄さんの最後は、大往生でした」


 良かった。事故や病気で結衣を一人にしてしまわなくて。


「でも今は、お互いに他人です……。そこは気を付けないと」

「今日もセレーネに心配をかけてしまった。手を握っているのを見られていたとは思わなかった」

「あれは、私のせいです。無意識に手を差し出してしまいました」

「まぁ、あの後の手を握られた時の表情は可愛かったけどね」

「姉様のこと好きすぎです」

「ぞっこんだからね」


 そのあとは、気を付けないといけないことを確認した。他には作ってほしい料理、セレーネの可愛いところなどを話した。

 次はローストビーフ丼を作ることが決まった。


 ※


「まあ、お肉がいっぱい!」


 セレーネの嬉しそうな声に僕も嬉しくなる。

 今日は、ツェリンの要望通り、ローストビーフ丼にした。

 ツェリンが目線だけで感謝を伝えてくる。


「今日はがっつり系にしてみたよ。外で食べる時は頼みづらいからね」


 早速席に着き、食べ始める。

 丼ものなのに丁寧に食べれている二人を見て、さすがだなぁと感じつつ、僕も食べ方が汚くならないように、気を付ける。

 ちなみに、この世界には醬油も味噌もワサビもある。ゲームの影響だろうなぁ。


 ワサビの味変も気に入ってもらい、食べて終わるのに時間はかからなかった。

 ……ドレスはきつくなっていないのだろうか。


「淑女として当然のスキルですわ」


 セレーネがこちらを向き、微笑む。

 目線でばれてしまったのだろう。淑女すごい。


 ※


 今日は、セレーネとデートする日。

 街歩きするからだろう。パンツスタイルの彼女も可愛い。こういう時にしか見れないので、嬉しくなってしまう。


 バレッタを当てながら鏡越しに「似合いますか?」と聞いてくる表情を、かわいいなぁと思いながら「すごく似合ってるよ」と返し、店員にそのバレッタを包むようお願いする。

 その後もドレスや装飾品を見て回った。


「今日のカフェは私のオススメよ。チーズケーキがとても美味しいの」


 カフェにつき、オススメしたチーズケーキと、コーヒーを頼む。彼女は、チーズケーキと紅茶を頼んだ。

 チーズケーキは前世で食べた、バスクチーズケーキのようで、とても美味しかった。

 食べ終わり、飲み物を飲んで一息ついたとき、


「そういえば、浮気をなさっていますね」


 彼女から特大の爆弾が落とされた。


「ツェリンが好きなら、正直に話してもらいたかったです」


 ……少し待ってくれ。誤解だ。

 その言葉が、口から出ていかない。

 自分がそれほど動揺しているのがわかった。


「今度、三人だけで話し合いましょう」


 こんな時でも彼女は気丈だ。

 紅茶を飲み干し、席を立つ。


「また連絡します」


 そのまま、店を出ていった。

 僕は、ひとつも動けなかった。



 気付いたら自室のベッドに倒れていた。外は日が落ちて、真っ暗になっていた。

 どうやって戻ってきたかの記憶がない。

 窓から音がした。

 ふらつきながら、窓を少し開ける。


「姉様が泣いて帰ってきました。どういうことですか?」


 怒気をはらんだツェリンの声が、部屋に響く。


「……僕が君と浮気してるって誤解されたんだ」

「それは……」

「気が動転して、弁明も出来なかった……。今度、三人で話し合う場を設けるって」

「今から姉様に話してきます」

「……待ってくれ、僕も一緒の方がいい」

「日程なんて調整してたら、手遅れになります」

「明日、そちらに伺う。今から通達魔法でセレーネに連絡するから」

「……わかりました」


 小鳥の姿が消える。

 僕は通達魔法を展開し、明日伺う旨のメッセージを録音する。

 今は話し合いをしたくないだろう。一方的になってしまうが、しょうがない。

 通達魔法をセレーネに向けて放った。


 ※


 セレーネからは返事はなかった。

 先程ツェリンから「時間と場所を確保できたので、今すぐ来てください」通達魔法が届いた。

 急いで支度を整える。

 執事長には、今日の業務はできないと伝えてある。昨日の僕の状態を見たからか、何も言わずに了承してくれた。

 気がはやるのを抑え、馬車でフリジェレネ家へ向かう。

 フリジェレネ家の屋敷の前に、ツェリンが待っていた。僕が急ぎ馬車から降りる。


「兄さん!」

「セレーネは?」


「私の部屋で待っていてもらっています。使用人たちには、部屋へは近づかないように伝えています。早く向かいましょう」

「……ありがとう」


 速足でツェリンの部屋へ向かう。

 彼女には、包み隠さず、前世での関係を話す。信じてくれるかはわからない。

 でも、僕にできるのはそれだけだ。


 ツェリンが部屋をノックする。


「姉様。ユーリ様をお連れしました。入ってもよろしいですか?」

「……。構いません」


 少しの沈黙の後、セレーネの了解が出た。

 扉を開き、部屋の中へ入る。

 椅子に腰かけているセレーネを見る。気丈に振る舞っているが、目には力がなく、やつれているのがわかる。

 彼女をそんな風にしてしまったことに、心が痛む。


「どうぞ。こちらにおかけください」


 冷たい声がかけられる。


「ツェリンに早い方がいいと言われ、昨日の今日ですが、今からユーリ様の浮気について、話し合いたいと思います。」

「……すまない」

「……。まずは私が気づいた点から、お話いたします。最初は、通達魔法であなた達がやり取りをしていることに気付いた時でした。次は、舞台を見に行った日です。ふと隣を見るとあなた達が、目も合わせずに手を握り合っていました。それから、二人がふとした時に見つめあっていることが多くなっていることに気づきました。確信したのは、三人で食事をしたときでした。覚えていますか?ローストビーフ丼を食べた時です。あの時、二人だけで目で語り合っていました。私がユーリ様をずっと見てきたから気付いてしまったのです」


 一息で話し終えたセレーネは、肩が上下していた。

 それほどまでに、彼女には信じられない出来事だったのだろう。


「……ツェリンには前世の記憶があります。もしかしたら、ユーリが前世での恋人だったとしたら?ユーリもその記憶を思い出していたら?今の私よりも前世を選んでしまっていたら?そんな不安が頭の中を渦巻くのです」


 ツェリンの前世のことを知っていたのか……。

 そのせいで、誤解を招いているとは。


「誤解だ!確かに僕も、前世の記憶を思い出している。それに、前世でツェリンとも関係がある。でも、誤解なんだ!」

「どこがっ!」

「……僕らは兄妹だったんだ」

「まさか……」

「ユーリ様の言っていることは、本当です。姉様には話していますよね、私の前世の兄のことを」

「……あの生き別れのお兄様がユーリだと?」

「そうです。姉様からカレーオムライスの話を聞いたときに、もしかしてという気持ちがありました。食べてみて驚きました。兄が作ってくれていたものと同じ味でした。それからすぐに、手紙で確認しました。……兄さんでした」

「生き別れ?僕は大往生だったと……」

「……兄さんが覚えていないようでしたから。本当は、居眠り運転をしていた車に轢かれ、死んでしまいました。私を残して……」


 途中までしか記憶が戻らないのはそういうことか。


「兄さんとまた会えた。それだけで十分でした。でも、やっぱり甘えたくなってしまったのです。舞台の時に手を握ってもらった時は、あの頃に戻った様でした。それからは、姉様の話題を使って兄さんと話したり、一緒に食べた料理を作ってもらったり。あの頃の続きがあるような気がしてしまったのです。それが、姉様と兄さんを苦しめる結果になってしまっても!」


 それはツェリンの告白だった。

 そんな気持ちで過ごしていたなんて。


「ツェリン……、あなたは何も悪くないわ。前世の話を聞いたときに言ったでしょう?私がそのお兄様の分も愛していくと」

「でも、私は……」


 セレーネがツェリンのもとに行き、ギュッと抱きしめた。


「あなたは、私たちの妹になったのね」


 そうだ。前世では僕の、今はセレーネの。

 これからは、セレーネと僕の。


「ところで、ユーリ」


 セレーネの声は冷たい。

 おかしい。今ので大団円のようではなかったか?


「あなたは何故、前世の記憶が戻ったことを私に話してくれなかったの?」


 サーっと血の気が引く音がした。


「話してくれていたら、今回のようなことは起きなかったのでは?」


 忙しくて後回しにしていたとは、言える空気ではない。


「あなたのことだから、後回しにしていただけでしょう」


 見抜かれていた。さすがセレーネ。


「あなたには罰として、私たちのお願いを叶えてもらいます」

「もちろんだ!」


「ツェリン。あなたから言ってやりなさい」


 どんなお願いがくるのか。


「……いつまでも、私の兄さんでいてください」

「いい願いね。ユーリ、私の願いは、ずっと私を愛して」


 なんと優しい姉妹だろう。

 こんな僕を、甘やかしてしまっている。


「お願いされなくても、そのつもりだよ」


 ※


 セレーネの腕の中には、小さな赤子がぐっすり眠っている。

 横からツェリンが、赤子の頬をつついている。気に障ったのか、赤子はグズグズしだし、ツェリンが慌てだす。

 大丈夫よ、となだめるセレーネ。


 この光景の中にいられて、本当に良かった。

 幸せを噛み締めながら、セレーネたちの元へ向かう。


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