開かない自動ドア
「池田!!今日の契約、絶対取って来い!!」
「は…はい…。」
「失敗したらどうなるか分かってるなぁ!?」
「はい…。」
「なんだよ聞こえねぇなあ!!」
「すみません…。」
「…チッ」
ブチッ。
はぁ、とため息をつき、ハンズフリーの通話が終了したのを確認してから、素早く視線を前に戻す。
さっきから曲がりくねった細い道が続いており、ハンドルを操作する手が忙しい。
あの上司はいつも暴言を吐いてきたり、暴力を振るってきたりする、いわゆるパワハラ上司だ。あの上司と話すとき、僕はいつも血の気が引いて、気分が悪くなる。そしていつも、「仕事は定時が終わってからが本番だろうが」といって絶対に定時に帰らせてくれない。そのせいか僕はいつも寝不足で、さっきも危うくハンドル操作を誤って事故を起こしそうになっていた。
「今日こそは寝ないと…」
独り言をぼそぼそとつぶやいていると、目的地が見えてきた。小さめの白いビルだ。ある不動産会社で、入るのは今日が初めてだ。実際に目にすると、緊張して心臓の鼓動がはやくなった。ああ、今日は大丈夫だろうか…。今日こそ契約を取らないと、またあのパワハラ上司に怒られる…。
ビルの横の駐車場に車を止めると、カバンをもってビルの入り口まで歩いて行った。自動ドアの前でスーツの上着を引っ張り、ネクタイを真ん中に微調整し、気合を入れる。
「大丈夫、大丈夫…」
自分に言い聞かせ、ゆっくりと一歩踏み出す。そしてもう一歩踏み出すと、自動ドアにぶつかった。
「あれ??」
自動ドアが開かない。あ、そうか、押しボタン式か。目の前にあるのに気づかないなんて、やっぱり寝不足はよくないな…。今日は絶対に寝たい…。
気を取り直して、「押してください」とかかれたボタンを押す。
――しかし、開かない。
「え?」
もう一度、押してみるが、やはりびくともしない。押す力が弱いのか?
「ふん!!」
ギューッと強く押してみる。しかし何も変わらない。
もしかして、僕のミスで、来る日を間違えたのだろうか。僕はビルの中をのぞき、様子を確認する。
確かに、受付に若い女性が一人座っている。
「営業中だよな…?」
もしかして、自動ドアに見せかけた手動ドアなのか?「押してください」と書かれたボタンに手をかけ、左右に押してみるが、開かない。右側のボタンを両手で右に押しても開かない。左側でも同様だった。
「なんでだ…??」
受付の女性に気づいてもらおうと手を振ってみるが、作業をしていて一向に気づく気配がない。
入り口を間違えたのだろうか。この自動ドアは出口専用か、関係者以外入れないところなのかもしれない。
ビルをぐるっと一周してみる。…あの自動ドア以外出入口は無さそうだ。
自動ドアの前まで戻っていき、もう一度ドアを見ると、1枚の張り紙があった。
「自動ドアの調子が悪く、ドアが開かないことがあります。開かない場合、こちらの電話番号までご連絡ください」
なるほど。故障していたわけか。手に持っていたカバンからスマホを取り出し、紙に書かれている電話番号を打ち込む。
「もしもし。ご契約のご説明をさせていただきに参りました、池田礼二でございます。」
「お電話ありがとうございます。あ、自動ドアが開かないんですよね?申し訳ございません。すぐに向かいますので少々お待ちください。」
「はい、ありがとうございます、お手数おかけします。」
電話を切り、僕は一安心した。スマホをカバンにしまう。
二階から一人の女性が下りてきて、受付の女性に何か伝えてから、小走りで自動ドアに向かってくる。よかった、これでやっと入れる…。しかし、女性が自動ドアに近づくたびに、なんだか嫌な予感がした。僕は突然寒気を感じ、思わず逃げ出してしまった。
「あれ?さっき電話してきた人、いなくなっちゃったわ。」
「え?いないんですか?」
「うん、確かに電話来たんだけどな…。どうしたんだろう。」
二人の女性の会話が聞こえてくる。僕は車の中に入って窓を開け、二人の会話を聞いていた。あのビルの中は、なんだか違う世界に入ってしまうような、変な雰囲気がしたのだ。
帰ろう。あのビルは入ってはいけない気がする。
スマホを再びカバンから取り出し、上司に連絡しようとする。しかし、上司からメールが来ていたことに気づいた。
『お前、契約取らずに帰ってくんじゃねぇぞ。もしそうだったらクビだからな。』
ああ、帰れない。いろいろな会社の面接に落ち続け、やっと採用してもらえた会社なのに、クビになったらまた一からやり直しだ。もうどこの会社にも採用してもらえないかもしれない。
覚悟を決めてもう一度ビルの入り口へ向かう。受付の女性は相変わらず作業をしていて、もう一人の女性はまた二階に上がってしまったようだ。そしてまたドアが開かない。
「また電話しなきゃいけないのか…」
手に持っていたスマホで、再び電話をかける。しかし、今度は何度かけてもつながらない。
「おかけになった電話番号は、現在使用されていないか…」
「それはさっきも聞いたんだよ!!」
勢いよく電話を切る。スマホに怒ってもしょうがないことはわかっているが、抑えられない。
「僕は…どうしても入らなきゃいけないんだよ…!!」
ドン、ドン、ドン
自動ドアを右手でたたく。しかし、受付の女性はまったく気づかない。
もう少し大きな音を出してみる。
ドン、ドン、ドン
やっぱり気づかない。あの女性、鈍感すぎないか?それか集中しすぎじゃないか?
無性に腹が立ってきた。今度は両手でたたく。
ドン、ドン、ドン
受付の女性が顔を上げ、あたりを見渡している。
だから、こっち!!入口だってば!!さっき電話かけたんだし、いい加減気づけよ!!
ドン、ドン、ドン
女性の顔が引きつっていく。そしてあわてて二階へ駆けあがっていった。
僕はもう訳が分からなくなり、怒りと焦りに任せてドアをたたき続けた。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン……
二人の女子高生が、白いビルの横を通り過ぎる。
「ねえ、このビル知ってる?」
「何が?」
「ここ、昔は不動産会社だったらしいよ。」
「ふーん」
「今は使われてなくて誰もいないはずなのに、入り口の自動ドアのとこで、ドンドンってたたく音が
聞こえるんだって。」
「え、なにそれ怖い」
「入口の近くいってみようよ!」
「やだよ気持ち悪い。はやく行こう。」
二人は駆け足でその場を去っていった。
自動ドアの内側に置かれた盛り塩が、太陽の光できらきらと光っていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ホラーは初めて書いたので読みづらかったらすみません。