バトル
ロングライドの翌日はさすがに疲れたので完全な休憩日とした。朝、ゆかりが起きた時に薄ら目を覚ました。
「にいちゃん、おはよう(チュッ)、今日はトレーニングしないの?」
「今日は昨日いっぱい走ったので休み」
「へー、ココは元気だけど、ツンツンと」
「うーん、でもやめとく」
ゆかりはそのまま起きてトレーニングに行ったようだった。二度寝して次に起きた時には出かけていなかった。
さて、まだ少し残っている宿題でもやるかと思ったけど、定休日だったので両親がいちゃついていて勉強に集中出来なかったので、凛の所に遊びに行くことにした。
ロードバイクに乗ってサイクリングロードを軽く走った。休憩日だけど回復走だと思えばいいだろう。
凛は嬉しそうに出迎えてくれた。夏らしく白いノースリーブのワンピースを着ている。ヒラヒラやリボンが付いて可愛い。
凛のアパートは冷房が効いているし、大画面のテレビがあるので、くつろいでネット配信のアニメを見せてもらった。凛は隣りで一緒に見ながら時々タブレットで絵を描ていた。
俺がお昼は近くのスーパーで足りない食材を買ってきて、二人で冷やし中華を作って食べた。作ったと言っても料理らしいのは錦糸卵ぐらいで切って並べた簡単な料理だったけど、凛からは「卵と胡瓜が細長く綺麗に揃っていて凄いですわ」と褒められて嬉しかった。食べ終わって後片付けをして、またアニメ鑑賞をしていると来客があった。
来客は唯で凛が呼んだそうだ。始めは俺が真ん中に挟まれてアニメを観ながら話しをしたりお菓子を食べたりしていたけど、美少女二人に挑発されて我慢出来る訳もなく、一回目がスタートして、い狭い風呂に入った。そして夕食後、寝る前に再戦がスタートした。
そして明日は早起きして三人で赤城山を登る事になった。それにしても、今日は休憩日のはずだったんだけど、
朝起きると目の前に凛の顔があった。凛は起きていて俺を見つめている。背中には唯が貼り付けている。
「おはようございます。ゆっくり寝られたかしら?」
「おはよう、ああ、たぶん」
「そうですわね、ココも回復していますわね」
「おいこら」
俺はとりあえず凛を抱きしめて、おはようのキスをする。
「あら、今日は赤城を登るのではなくて」
「そうだった」
「それにしても、あなた、私たち二人を相手に昨日はだいぶ頑張りましたわね、持続出来ようにコントロールできてたし、わたくしと唯さんとよインターバルのタイミングも良かったですわ」
「ああ、何事もトレーニングが大事だよな」
軽く朝ごはんを三人で食べて、赤城山に向かった。完全に回復してるけど、今日はせっかく美少女二人と一緒なのでテンポ走レベルで登る事にした。とはいえ、唯も前とは違って遅くは無くなった。ウエストがしまってウェアーで抑えててはいるけど大きな胸と大きめのお尻は少し重い感じがするけど、20キロ近く軽くなっている。赤城山のタイムは1キロ軽くなると1分縮まると言われているし、トレーニングの成果も出ているので始めの頃より30分以上縮まっている。チームの中で最も成長しているのは間違えなく唯だ。俺も少しは速くなって来たけどもっと頑張らないといけないかな。
畜産試験場信号脇にあるカタツムリのオブジェの前にロードバイク二台と二つの人影が見えてきた。近づくと俺たち手を振っている。ゆかりと先生だった。
「にい・ちゃーん」
「旦那様!」
俺の前の凛と唯は爆笑している。まったく、先生は何を考えているのか、それはともかく、俺は「休憩にしよう!」と言って、俺たちもカタツムリのところに停まった。
「おはようございます。どうしたんですか二人で」
「ゆかりちゃんを誘って、君たちを待ち伏せ」
「そうだったんですね」
「これでチームが揃ったな」
「あの先生、結城は?」
「あっ、いや、チーム・ヒロユキ全員集合だ」
「またそんな」
「さて、一緒に登るか」
こうして、ゆかりと先生も加わりヒルクライムがスタートした。とりあえず唯が先頭、俺と先生が後ろで登った。後ろから先生が
「なあ、高梨くん、夕べはどこに泊まったのかな」
「内緒です!」
そう答えると前からゆかりが、
「にいちゃん、ごめん、みんな先生に言っちゃった」
「うっ」
「駄目だぞ、先生に隠し事しちゃ」
「こんな言えませんよ」
「まあ、そうかも知れんが、にしても私も誘って欲しかった。まあ、今は我慢しておくがな」
そう言って、先生はダンシングで加速して先頭にでた。俺も先生の後を追う、少し先頭を走り、先生が後方を確認して、唯ちゃん前へ、
「はい!」
と答えて唯もダンシングで加速して先頭にでた。そんな感じで先生の合図でローテーションして上がって行く、俺にとっては低強度だけど、追い越しの時はパワーを上げるのでインターバルトレーニングのようだ。先生はみんなの様子見て上手くコントロールしている。なんか、らしく無いというか、先生らしくない、一応、先生も皆んなの成長を考えているようだ。
でも、先生が我慢できる訳なく、姫百合駐車場のところで、
「行くよ!高梨!」
「イエッサー!」
「凛ちゃん、後はお願い!」
こうして先生とのバトルがスタートした。先生は我慢が溜まっていたのか、いきなり全力全開で駆け上がる。俺は必死で着いて行く、残り6キロ、25分ぐらい、脚は全然残っている。このまま先生の後ろについて、ラストスパートで追い越すか、そんな作戦で先生に貼り付く、
しばらくして、先生が手信号を出して、「前に出ろ」と合図した。無視すると
「コラ、女の子のお尻にくっついて、金魚のナニか?」
そこまで言われて、前に出ないわけには行かない、しかたなく、ダンシングで加速して前に出た。
先生は容赦ない、俺が少しでもペースダウンすると後ろから抜いてくる。俺は必死で追いかけて息が切れそうになると、さらに加速して、ちぎろうとする。もうダメと思うと後ろに下がり、俺を煽る。俺は一定ペースで走る方がいいけど、先生は強弱が強くて、脚を削られる感じだ。なんか一年前を思いだす。勝ったらまたキスしてくれるだろか?いや、一応、先生の立場だし、それはないか、
それにしても先生は楽しそうに登る。スリムな身体の割には低いケイデンスでグイグイ登る。まるでゴリラのようだ。
完全にオーバーペースだけど、この走りでは先生だって長くは持たない気がする。少しでも先生のスキを見つけて脚を貯めてラストスパートで挽回しよう。
トナカイカーブの尻尾あたりから、先生のペースが落ち始めた。俺も疲れた様に演技して機会を探る。でも、先生も作戦があるのか、一杯清水を過ぎてトナカイのツノカーブの立ち上がりをダンシングで加速する。甘くはない!ラスト1キロ、俺は仕掛けた。最後のカーブで前に出た。そして、観光案内所が見えた所で更に加速!だけど先生をちぎれない?最後の最後に先生に並ばれ、ゴールで僅かだけど先生が前だった。
先生はガッツポーズで観光案内所の駐車場に入った。
停まって俺は息をゼイゼイして、ハンドルにひれ伏した。先生が近づいて来て
「今日は私の日だったな、高梨くんも頑張ったのでご褒美をあげないとな」
先生の嬉しそう顔を見て、
「先生、鼻血が出てますよ」
「はは、興奮しちゃたかな?」
一年前の事を一瞬だけ期待したけど、テッシュで鼻血を拭いているので、そんな事は無かった。まもなく、凛が到着した。凛も頑張って登って来たのか汗だくだし、息もハアハアしていて、いつもクールな感じではなかった。
「お疲れ様、早かったな」
「えっ、ええ、たぶん姫百合駐車場からのタイムではベストですわ」
俺と先生との時間差を考えると30分は切っているだろ、女子としてはトップクラスだろう。凛が自転車から降りようとした時に少しよろけたので、抱き抱えて倒れないように支えた。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょと頑張りすぎたかしら」
「あっ!いいなぁ、わたしも」
「先生はダメですわ」
「えーちょっとでいいから」
「ちょっとだけならいいかしら」
「やったー」
「ぷっ、先生、鼻にテッシュを詰めて、どうしたのかしら」
「あはは、ちょっとな」
少しして、ゆかりと唯も到着した。二人は談笑しながら上がってきたので、それほど強度を上げないで、姫百合までのペースで登ってきたのだろう。
家に帰ってから、サイクルコンピュータのログを確認すると先生とバトルした姫百合からゴールまでのタイムは区間新だった。スタートから姫百合までのベストは50分を切っていたので、それと今回のタイムを重ねると75分を確実に切っているし、なんとなく70分切りが見えた気がする。もっともあのペースで登り続けるのは難しいだろうか、いや?先生の走り方は相手の体力を削るので、マイペースを守るならいけるのかもしれない、でも、競い合う事で辛さが飛んでいつもより速くなるのは間違いない、ただ競う相手が速すぎると、失速するだろし、ちょうどいい相手を走りながら探すのが速く登るコツなのかも知れない、でもそれは運もあるし、難しいな。
さて、夏休み最後の日曜日、近藤輪業がサポートするサイクルチームの試走会に参加する為に畜産試験場近くの温泉の駐車場に集合した。俺は凛と一緒に、結城は現地集合だった。今回の試走会は他のチームや近藤輪業の常連客が参加して結構な人数となった。近藤輪業からは先生と店員で元プロの森本さんが参加している。いつも様にレースのように道路を封鎖する訳では無いので、自動車に注意して、あまり集団にならないとか、スタート前に説明があった。スタート順は自己申告の目標タイムで5人ぐらいのグループで数分おきにスタートと言う事だ。
俺と結城は同じグループになった。
「乗鞍以来だな、今日は負けないぞ」
「今日は雲があって気温が低からいいタイムが出ればいいけど、皆んな速そうだし、付いていけるかな?」
「意地でもついていくさ!」
俺と結城は3番目のグループ、五人で何故か皆んな高校生だった。三人は高校の自転車部のチームジャージを着ている。二人は高崎でグリーンのジャージで、もう一人は前橋の高校で赤いジャージだ。俺たちのように趣味で自転車に乗っているのでは無く、ガチなオーラが漂っている。もしかすると高校対抗のチーム戦に出る奴なのかも知れない、そういえば前のグループにも同じジャージを着ている奴がいた。こんな連中と戦って勝てるのだろうか?
さて、俺たちのグループもスタートした。畜産試験場までは前に付いて流して走り、信号を左に曲がった所で先頭が加速し始めた。俺と結城は後について様子を伺った。前の三人も様子を見ているのか全開では無さそうだ。先頭はグリーンジャージの二人でグループをコントロールしている感じだ。まだ、序盤なので抑えている感じだ。でも、結構なペースで楽では無かった。
料金所後の平坦で仕掛けくるかなと思ったら、その手前の坂で赤いジャージが前の二人を抜き去って、平坦で更に加速した。グリーンジャージの二人も反応したけど差が開いてしまった。俺と結城はなんとかグリーンジャージに張り付いた。そして、長く単調な坂の区間に入った。赤いジャージはどんどん離れていく、グリーンジャージもペースを上げ始めた。前がじわじわと離れていく感じだ。もうダメと思ったら、後ろから結城が「キツ!」といって俺を抜き前にでた。結城の汗がほとばしる。結城もやばそうだ。
結局、桃畑の辺で付いていけなくなり、C1のカーブ手前の坂で結城と俺は失速した。決して遅かった訳ではなく、向こうが更に速かっただけだ。なんか実力の差を見せつけられた感じだ。
体制を整えて落ち着いたらマイペースで登ろうとしたら、後ろから一人上がってきた。森本さんだった。
「やっぱり、付いていけなかったか、まあ、相手は結構速いからな」
そう言って俺たちを抜かないで後ろに2、3分ほど付いて
「後でお店においで」
と言って風のように俺たちを追い越してカーブで姿を消した。その後、次のグループの一人が俺たちを抜いた。少しだけ後ろについたけど、パワーの割り心拍数が高かった。これはもう今日はダメかもと思って追走は諦めた。そして、一杯清水を過ぎてあと少しと思った所でまた後ろから迫ってくる人が見えた。もう少しだしもう抜かれるのは嫌なのでペースを上げてなんとか抜かれないでゴールの観光案内所にたどり着いた。
「うへー、ラストスパートキツ!」
と結城が息を切らせながら言った。
「くそ!ついていけなかった」
「まあ、途中まではいけたから、可能性はあるんじゃね」
確かにそうかもしれない。
試走会が終わって、赤城を下りながら色々考えてた。なぜ、先生に負けたのか?なぜ今日は付いていけなかったのか、どうしたら速くなれるのだろうか?考えてもよく分からない、とりあえず帰りに近藤輪業に寄ろう。
近藤輪業には結城と凛も来ていた。お店はまだ開店していないけど、中に入れてもらい、森本さんが「少しまってて」と言っておくに行ってしまった。先生は寄るところがあるとのことでいなかった。まだ、電車の付いていない店内で三人で今日の試走について話しをした。凛は調子よくて、女子のトップグループで走って自己ベストだったので機嫌が良かった。
電気が付いて、森本さんが来た。シャワーを浴びたのか仕事着に着替えていた。
「お疲れ様、これから少しだけアドバイスするよ、大会まであと一か月だから余り効果はないかもしれないけど」
「よろしくお願いします」
「まっ、ローラー台にバイクをセットして」
俺は店内にある固定ローラー台に自転車をセットした。自転車に乗り始めた時に先生に教わったのを思い出した。
「じゃあ、ヒルクライムを意識して回してみて」
「はい」
前輪のしたには台がセットしてあって5%ぐらい前があがっいる。ロードバイクの前輪と後輪の軸間は大体100cmなので前輪を5cm台で上げると約5%だ。俺はゆっと回して初めて徐々に上げて230Wぐらいで一定のケイデンスにした。
「うん、悪くない、けどやっぱりまだロスが多い、じゃあ、ローラーを一番軽くして、脚を止めて」
「はい」
「うん、右のペダルを12時、一番上にして」
「こうですか?」
「うん、そして三時まで回して止めて、また12時にもどして」
「はい」
「踏むのは12時から3時でいい、これは基本だから知っているよね」
「ええまあ」
「だけど、高梨君はまだ3時より先まで踏んでいる。これがロス、たぶんそうしないとケイデンスを維持できないんだと思う。で足りない分は反対側の脚を引き上げて補う、まあ、引き足だな、シューズの踵を引き上げる感じて、軽くね、そして11時くらいから踏む感じで一瞬だけ力を入れて後は太ももの重さで回す感じ、そう、それでケイデンスをもう少しだけ上げて、クルクル軽く回す感じで、うん、それで良い、実際は勾配で踏み方が変わるし、ずっと同じだと我慢出来なくなるので、これを基本にして、多少、変化を入れるといいよ」
「ありがとうございます。なんか分かった気がします」
「じゃあ、次は結城君」
ローラー台から俺の自転車をおろして、結城の自転車をセットして、同じように回し始めた。
「うん、君のペダリングは高梨君とは対称的だね、力強く、体幹もしっかりしている」
「あざっす!」
「悪くは無いけど、パワーがただ漏れだな、下死点、六時までペダルを踏んでるし」
「そっそうっすか?」
「ヒルクライムはいかにパワーロスを抑えるかが大事なんだ、とにかく、三時を過ぎたら脱力を意識してね、で君の脚質はスプリンター向きかな、集団の後ろに付いて、パワーをセーブして、最後に刺す。そんな走り方が合っているかな」
そして、凛も見てもらう事になった。森本さんはローラーを回す凛をじっと観察した。
「あの、森本さん、目がいやらしいですよ」
「あっそんな事は…登坂さんの走りは見たこと無かったけど、いやでもやっぱり綺麗だな」
「だから、そうだけど」
「いや、ペダリングがとても綺麗だと言う事だよ」
「そうすっか?」
「ああ、体幹が弱いのか、腕が突っ張って真っ直ぐだけど、パワーのロスがとても少なくて良い感じだよ、出来れば肘を曲げてハンドルへの体重を減らすといいよ」
「ありがとうございますわ、参考にしますわ」
こうして、森本さんの指導を受けた。大会まで後一か月でどこまでタイムが縮まるかは分からないが明日から頑張ろう、あれ明日から新学期だっけ。




