速くなりたい!
月曜日、昨日はママチャリで登ったせいか、大腿四頭筋が筋肉痛だった。ヒルクライムはハムストリングスを使う方がいいらしいのでママチャリでヒルクライムはトレーニングには向いてないのかもしれない。
朝の通学の待ち合わせ場所で唯と合流した。俺は昨日、やり過ぎたかなと少し心配だったけど、唯はいつもよりニコニコして、輝いていた。
「おはよう、唯ちゃん、なんかいい事あった?」
「おはようございます。うふふ、お兄さん昨日はありがとうございました」
「おはよう、昨日はごちそうさま様」
「なんか、怪しいなあ」
そして、いつものように唯とゆかりは楽しそうに通学した。二人の俺は後ろについて、どうしたら赤城のタイムを詰められるか考えけど、なんかいいアイデアが浮かばなかった。
火曜日の朝練は赤城にした。今日はどんな風に登ろうかと考えながら、始めはFTPの90%で登っていた。平日の早朝なのに珍しく登っている二人組がいた。小学校の手前で追いついて、様子を伺ってから抜こうとしたら、後ろから抜かれた。後ろから来ているのに気がつかなかったので少し驚いた。その人は親父より年上な感じのおじさんだった。
おじさんはあっさりと前の二人を抜いた。続いて俺も二人を抜いて、おじさんの後を追う。ベッタリくっつくのは悪いので少し離れておじさんの様子をみた。
おじさんのペダリングは綺麗だし、ペースは一定で無駄が少ない感じがした。ペース的には俺と同じくらいだろう。頑張れば抜けない事はないけどここで無理して後で失速して抜き返されるのも嫌なのでおじさんの後を走る事にした。
おじさんは空っ風街道との信号に捕まって、俺はおじさんとの距離が縮まって、悪いとは思ったけどしばらく後ろに着く事にした。
なぜか料金所跡の平坦でおじさんは加速しなかった。おじさんの前に出たくなかったので俺も加速しなかった。
橋を超え、横断歩道を過ぎて坂になったところでおじさんはペースを上げた。これからが本気モードなのだろうか?離されないように頑張ってペダルを踏んだ。ついていくのがやっとだ。
おじさんさんも頑張っている感じがした。ペースもバラツキが出てきた。なぜか勾配が緩くなるとペースを落としている。
桃畑のバス停を過ぎたところでおじさんが手で前に出ろと合図をだした。俺はおじさんより速く走る自信が無かったのでブンブンと首を振った。
S字のカーブを過ぎたらおじさんがぐんとペースを上げた。必死に喰らいつく、心拍数は180を超えた。このおじさん、親父より年上な感じだけど速い、途中、振り向いて、
「頑張れ、ここが一番辛いところだ」
「はい!」
おじさんは初めて声を掛けてくれた。
二つ目のS字を過ぎて、箕嶺の平坦区間でまた、おじさんのペースが落ちた。ひょっとして、わざと俺に抜く隙を作っているのかもしれない、だけど、ハイペースなので平坦で足を休めたい。
姫百合駐車場のところでおじさんが
「前に出ない?」
と言ってきた。
「無理です」
「しょうがないなあ」
おじさんは俺を前に出すのを諦めたのか、一定ペースで登り始めた。おそらくこれがおじさんの本来のペースなのだろう。さっきより付いていくのが楽になったけど、追い抜いて、ちぎる事はできなそうだ。
牧場が見えて、平坦になったところで、おじさんがダンシングで加速した。俺も反応して加速したが、スピードが乗ったところでおじさんは踏むのをやめた。俺はそのまま加速して、おじさんを抜く、
「ほら、抜けるじゃないか!」
「すいません!」
結局、俺の方が先にゴールしたけど、おじさんの方が後から登ってきたので、タイム的にはおじさんの方が速いはずだ。俺のタイムは78分とベストタイムと同じだ。おじさんに続いて麗ちゃんの前のバイクラックに自転車を引っ掛けた。
「速いですねぇ」
「いや、大したことないけど、若いね、幾つ?」
「高二です」
「なんだ、俺の下の息子と同じくらいか、こんな年寄りの後ろなんてついていたら、速くなれないぞ」
「いえ、付いていくのが精一杯でした。失礼かもしれませんが、赤城のタイムはどのくらいですか?」
「去年の大会では75分だったかな」
「僕は80分でした」
「ハルヒルは出たのかな」
「はい、48分でした」
「なんだ速いじゃないか、俺なんて50分切ったことないぞ」
「あっ!これから、学校なので失礼します」
「おお、勉強も頑張れよ!」
俺はおじさんと分かれて、赤城を下った。白樺牧場のツツジが咲き始めていた。もう、六月か、梅雨になるまでに何回、赤城に登れるだろうか?
下山後は、凛のアパートでシャワーと朝食をいただいた。今日は納豆と鮭の塩焼きだった。弁当ももらって、
「もらってばかりで申し訳ない」
と言うと
「いいえ、わたくしは好きでやっていますのでお気になさらないでください」
「でも、材料費とかタダじゃないし、あまりそう言うのは好きじないから」
「わかりましたわ、考えておきますわ、とりあえず。ご褒美をください」
そう言って、凛は俺に向かって、目閉じたのでキスをした。納豆を食べた後でよかったのだろうか?凛のアパートに俺の歯ブラシを置いておかないとな、
水曜日のミーティング
「先生、自転車は回した分だけ速く走る、そうですけどなかなかタイムが縮まりません、どうしたら良いのでしょう?」
「うむ、確かにそうなんだけど、ただ回せば良い物ではないぞ、平日、赤城に登る事を始めたのだったな」
「はい」
「頑張りすぎも、良くないぞ、TSSって知ってるか」
「はい、サイクルコンピュータで出てきます。確かFTPのパワーで一時間が100でしたっけ」
「そうだ、一般的には一日のトレーニング量は150が目安と言われてる。赤城だとオーバーかな、平日は抑えてトレーニングしてはどうかな」
「わかりました。参考してみます」
「あと、逆に実践的なトレーニングも週に一回くらいはやった方がいいな、できれば、一人ではなくて、数人で競い合った方がいいぞ、たまには、去年のように家のお客さんたちと走って見たらどかな?確か次の日曜日は赤城の試走回があるはずだ」
「日曜日ですか」
俺は唯の方を見た。
「わたしは大丈夫ですよ、試走会に行ってください」
「すまない」
「では、わたくしたち女の子は土曜日に一緒に登りましょう」
「凛、ありがとう」
「いいえ、唯さんとも色々話したいですし」
唯は一瞬、ビクッとした。
「大丈夫ですわ、わたくしは唯さんとも仲良くなりたいだけですから」
「唯ちゃん、登坂先輩は優しいし、意外と可愛いんだよ」
「いいなあ、私も参加したいけど土曜日は用事があって」
と言う事で、週末の予定が決まった。
木曜日は気分を変えて赤城山ヒルクライムのコース、県道4号線ではなく、赤城神社から登る県道16号線、通称、旧道を登る事にした。
旧道は砕石場から10%を超える坂が連続する難易度の高い道だ。去年、何回か登ったけど、かなりきつかった。だけど今はハルヒル仕様のスプロケットがついているので少し楽だ。とは言え平均スピード10キロを維持するのが精一杯だ。ケイデンスが上がらないので心拍数は上がらなくて160ぐらい、なんだか、筋トレしている感じがした。
展望台があるところは激坂というより壁の様な坂でこの手前で抑えておかないと止まってしまうだろう。
一旦、登りが終わる牛岩まで86のカーブを指折り数えて登る。途中、富士山が見える場所もあるけど、霞んでて見えなかった。
牛岩からは下りだけど少し走ると小沼まで登りだ。だいぶ足を削ってしまったので辛かった。
時間があれば鳥居峠で景色を眺めたいけど、時間がないのでやめた。運が良ければ雲海が見えるらしい。
大沼まで降りて、湖畔沿いを走り観光案内所方面に向かう。少し登ってツツジが沢山ある見晴山を通り過ぎた。陽当たりが良いのか結構咲いていて、お爺さんが凄いカメラで写真を撮っていた。年寄りとヒルクライマーは早起きだ。
観光案内所の前でウインドブレーカーを羽織り下山した。それにしても、観光案内所前の道は路肩近くに亀裂があって、自転車だとタイヤがはまってしまいそうで怖い、早く治して欲しい。
そして、凛のアパートでシャワーと朝食を済ませて、歯を磨いてから登校前にキスをした。洗面台には凛と俺の歯ブラシが並べられていて、「同棲してるみたいですわ」と凛が嬉しそうに言った。
金曜日の朝は軽くゆかりとジョギングをした。いつもは土曜日に登るので金曜日はトレーニングはしていないが赤城は日曜日になったのでゆかりに付き合うことにした。
放課後は凛のアパートによった。一週間の疲れがでたのか、ソファーで居眠りをしてしまった。目を覚ますと日が暮れていた。「やばい」と思った。凛は夕食の準備をしている。
「お目覚めかしら」
「やばい、寝ちゃった。ごめんすぐ帰るから」
「ゆかりさんに連絡してありますから、大丈夫ですわ」
スマホを確認するとゆかりからメッセージが届いていた「お母さんの許可もとったから、泊まってきてもいいよ!♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪」
「大丈夫だったでしょう」
「うん、なんかすまない」
「いいえ、わたくしはとても嬉しですわ」
凛はステーキをご馳走してくれた。いい肉てスタミナがついて元気になった。そして、初めて彼女の部屋に泊まった。
土曜日は朝チュンで目覚めた。今日は女の子たちは赤城山を登るので早起きだ。朝食を食べて、歯を磨いて、凛と一緒にアパートをでた。凛は待ち合わせ場所の学校の駐車場に向かい、俺は家に帰った。
家に帰ると母さん達は朝ごはんを食べていた。
「ただいま」
「お帰りなさい、朝ごはん、食べる?」
「いい、すませてきた」
「なにを済ませてきたのかな?朝帰りとはおまえも大人になったもんだ」
「でも、まだ、おばあちゃんにはなりたくないから注意してね、なんて、わたしは18でゆかりを産んでるから言えないけどね」
「わかってるよ」
意外と怒られなかった。まあ、親父は若い時はやんちゃだったみたいだし、
そのあとは明日の準備でスプロケットを28Tに換えて、自転車の洗車と整備をして、家の手伝いをした後はゆっくりアニメ鑑賞をした。もちろん、勉強も少しだけした。ゆかりは機嫌良さそうに夕方帰ってきた。
日曜日の試走会は赤城山ヒルクライムのスタート地点、上細井の信号を7時スタート予定だ。行ってみると速そうな人ばかりだ。近藤輪業の店員である森本さんがまとめている。
「おはようございます!」
「おお、高梨くん、おはよう」
森本さんが試走会の説明をした。畜産試験場までは追い越し禁止、畜産試験場を超えたら上げていく、トレインもいいけど試走だから、交通安全で登る事と言う事だ。
参加者は八人でみんな年上、若い人もいるけどおじさんが多かった。
先頭は森本さんで俺は一番後ろについた。畜産試験場までは抑え目なんだろけど、結構、速いペースだ。畜産試験場の信号を越えて森本さんが手を挙げた。本気モードスタートだ。ペースが少しづつ上がっていく、先頭の森本さんが下がって俺の後ろについた。
かなりのハイペースで振り落とされそうだ。付いていけるところまで限界突破で頑張ろう。
自動車に注意しながら先頭が順番で入れ替わる。俺も先頭になった時は300Wまで上げた。心拍数が180を超えたぐらいで後ろに下がる。これを料金所跡まで何回か繰り返した。
そして、橋を渡って、坂になったところで誰かが、
「これからが本番だ!」
と叫んだ。
ペースはさらに上がって、トレインが崩れ、脱落する人がではじめた。長いほぼ直線の坂が終わり、桃林のバス停辺りまで来た時には俺を含めて、4人になった。俺の心拍数はずっと180を超えている。苦しい!目の前が暗くなっていく感じだ。でも、まだだっ!
二つ目のS字を越えれば箕嶺の平坦があるそこで足を休められる。「頑張れ!俺!」と自分に言い聞かせて、なんとか箕嶺の平坦に辿り着く、「ふう」と息ついた瞬間、前いく三人がダンシングで加速する。
俺は反応出来ず失速した。
今はこれが精一杯か!
「くそ!」
箕嶺の平坦を過ぎ橋を渡って、前を見るとかなり離されている。追従は出来ないけど、体勢を整えて自分のペースで登ろうと考えていると、後ろからグワン、グワンと風切る音がして、森本さんがダンシングで俺を抜いて行った。
カッコイイ、さすが元プロだ。一般の人とは違う。見惚れていると、
「高梨くん、一番、若いのにもう終わりか⁈」
そう言って、親指を立てて先頭の三人に追いついた。
焼きとうもろこし家からマ姫百合駐車場までの短い平坦では、回復出来なかった。タイムは52分、ベストタイム?決して遅いわけではない、しかし、一度足を緩めてしまうとなかなか回復しない、心拍数も170まで上がらない、足が終わった感じだけどとりあえず登って、ゴールのタイムは78分、ベストではないけど悪いタイムではなかった。
駐車場では森本さん以外の参加者が観光案内所の駐車場のアスファルトに坂に座っていた。俺が近くに行くと、
「おつかれ!頑張ってたな」
「ありがとうございます。皆んな早いですね」
「いや、最後に森本に抜かれてだけどな」
そう言ったおじさんは俺の親父より、ずっと年上にみえた。
そこに森本さんが戻ってきた。どうやらクールダウンしていたらしい。
「高梨くん、どうだった?」
「全然ダメでした」
「まあ、この三人はみんな赤城山ヒルクライムの入賞者だし、そして先生は群馬国体の選手で、こっちらは校長先生だけど学生の時はインターカレッジの選手だったし、最後の一人の彼も30歳台で入賞してから」
「凄いですね」
「いやでも、途中まででも、三人について行けた高梨くんも中々だよ。お嬢に気に入られる訳だ」
「そんな」
残りの参加者も続々上がってきて、少しの間、談笑して解散となった。俺はそのまま下らないで大沼方面に向かい、北面道路を下った。北面道路は交通量が少なく、南面よりカーブが緩かでハイスピードで下ることができるけど、カーブに溝が掘ってあってハンドルが取られそうで怖い、たまに猛スピードで走るオートバイには驚かされた。
料金所跡を過ぎて左に曲がって橋を渡ると坂になる。しばらく登り長い下りづついた。見通しが良くハイスピードで下り、信号を左に曲がる。畑が広がって景色はいいし、交通量も少ない、時々、坂もあるけどなだらかな丘を越えて走る感じで走り安かった。
コンビニに寄ってトイレを済ませ、ドリンクを買ってボトルに入れた。そこで左の道を進む、この道は空っ風街道だ。
若干、交通量が増え、トラックも走ってくるけど、基本的には交通量は少なかった。
赤城山ヒルクライムのコースと交差する信号を右に曲がって、いつもの道で帰宅した。
ゆかりは唯の家に遊びに行っていた。




