十七話 チーム赤城練 1
土曜日の早朝、学校の駐車場で待ち合わせした。結城はサッカー部の許可を得て参加することになった。妹たちは前の日曜日に行った利根川サイクリングロードを走りに行くと言うので、途中まで同行した。
待ち合わせ場所には、登坂が一人、待っていた。俺に気がつくと、嬉しそうに手を振っている。近づいて、自転車を止める。
「おはよう御座います」
「おはっす!なんかいい事あったか」
「わたくし何か変、かしら?」
「なんか、嬉しそうだから」
「えっ…そんな」
登坂はほっぺに手を当てて、顔を赤くしている。
「そう言えば、登坂と赤城を登るのは初めてだな」
「まあ、そうですわね、すれ違った事はありましたが」
「そうだな、俺たち、すれ違ってたな」
「そうですわ、ですから、もっと一緒の時間を増やしたいですわ」
「なんか、登坂にそんな事、言われたら…」
そこにシャーと自転車の音がして、颯爽と先生が登場した。
「おはよっす!お暑いなあ、お二人さん?」
先生はカッコよく、ガチャンとペダルからシューズを外して、自転車から降りた。俺と登坂が挨拶すると。
「高梨君と赤城を登るのは去年の夏以来だな。また、一緒に登れて嬉しいぞ」
先生は俺と登坂が付き合っているのを知っている。と言うか、仲直りする切っ掛けを作ってくれた。と言う事はあのキスはやっぱり本気ではないのだろう。
時間ギリギリで結城がやってきた。
「じゃあ、登りますか。今日の目的はタイムではなくて、三人の走りを確認することです。高梨君、結城君は先に行ってかまわないけど、畜産試験場のカタツムリと所で待っていてください。私は登坂さんの後ろについていくから。あと、くれぐれも安全第一でね」
上細井の信号の信号が青になり、直進スタートすると結城がいきなり。
「畜産試験場まで競争だぜ!」
と言って飛び出した。俺は反応しないでマイペースで走った。少し離されたが直ぐにバイパスの信号に捕まった。結城は息を切らしている。
「元気だなぁ!信号が多いんだから、ダッシュすると無駄な体力を消化するぞ。俺がなるべく信号に捕まらないペースで引くから、付いてきて」
「くそ、わかったよ」
登坂と先生も信号で追いついた。まもなく、信号が変わり再スタートした。この信号は上細井からの信号を直進するとよっぽど早く走られば別だけど、普通は信号に捕まる。下からタイムアタックするなら、信号の先の歩道で待機して、信号が赤になって数秒にスタートすると丁度良い。何度も登っているので何となく分かるようになった。ただ、鳥居の次の信号だけは反応式なので読めない。
バイパスの信号から先はやや平坦で30キロ弱の速度で走る事が出来る。ここは結城にサービスで速めに走る。結城は先ほどのアタックに懲りたのか、俺の後ろに付いてくる。時沢の信号には捕まらなかった。調子は良いようだ。
鳥居の信号のタイミングを読みながら走る。鳥居の信号もパスした。ここまでのタイムは8分を切っている。俺のサイクルコンピュータは停止時は測定は自動的に一時停止するので、バイパスの信号で止まった時間は含まれていない。
運良く、次の信号もパスした。後は畜産試験場まで信号はない、いつもは畜産試験場までは抑えて、その後に備えるが、今日はそこで休憩なので、少し速度を上げた。
松並木に入る手間、ダンシングでさらに加速、その先はやや勾配が緩やかになるのでスピードを乗せて走る。畜産試験場の信号までそのまま走り、信号手間で減速して、歩道に入る。タイムは15分、去年の大会と同じくらいだ。結城もほぼ同時だ。結城は息を切らして。
「高梨、早すぎ、付いていくのが精一杯だったぜ」
「そうかな?普通だと思うけど」
ま、本当はいっぱいいっぱいだったけど。
先生たちも上がってきた。3分は遅れてないだろう。息もさほど上がってなく、余裕がありそうだ。登坂は意外と登れるようだ。
「お待ちどうさま!待ったあ?」
「登坂、おまえ意外と登れるんだな」
「そうかしら、いつもこんな感じですわ」
「五分休憩したら、高梨君と登坂さんは先にスタートしてください。私と結城君は更に五分後にスタートします。高梨君は登坂さんをエスコートしてね」
先生は俺にウインクした。登坂は嬉しそうだ。
「ねえ、高梨君、先生は速いのかしら?」
「ああ、俺と良い勝負だと思う。去年の大会では俺より五分早かったし、学生の時はロードレースの選手だったそうだ」
「さすが、競輪選手の娘ですわね」
ああ、そうだ去年の夏、たまたま俺は先生に勝ったが実力は先生の方が上だった。だけど、俺もあれからトレーニングを続けているし、その差は縮まっていると思いたい。
五分後、休憩が終わり、俺と登坂はスタートした。俺は登坂に。
「最初は登坂の後ろを走るから、マイペースで走ってくれ」
「分かりましたわ」
初めて登坂と赤城を登る。女性らしい感じのホームで美しい。登坂のペースがわかってきた。まだ余裕がありそうなので、料金所跡のところで。
「なあ、凛、きついか?」
登坂は一瞬、ビクッとした。二人の時は恋人らしく、名前で呼ぼう。
「浩之さん、大丈夫ですわ」
凛は嬉しそうだ。
「橋を渡ったら、俺の後ろに付いて、付いていくのがダメそうなら、教えて」
「はい!」
俺はボトルの水を飲んで、凛の前にでる。橋を渡り、横断歩道を超えたところで加速した。始めは凛のペースぐらいから始めて、5分おきに少しだけペースアップした。時々、下がって凛の様子を確認した。
「 聞こえますか森の声」の看板を過ぎたところで、俺のいつものペースまで上げた。凛がここまで登れるとは驚きだが、確認のため、下がると、かなり辛そうだ。いつもクールな凛のイメージとは違う。なんか虐めているような罪悪感を感じた。
「どうだ、限界か?それとも、まだ、行けるか?」
「ハア、ハア、気持ちいい、でも、もう、ダメ、いっちゃいますわ」
「わかった。心拍数を確認して、楽にしよう」
「は、はい」
俺は凛の前に出て、ペースを下げて、凛の回復を待った。
C1のカーブ手前で後ろからの気配を感じた。先生と結城だ。先生が前を走っている。
「よっ、あついねえ、お二人さん、楽しく、サイクリングかい」
そう言って、先生は軽く、俺たちをパスした。続いて、結城が抜いていく。汗をかいて、かなり辛そうだ。
「結城君、大丈夫かしら?」
「ああ、ダメだろうな。たぶん、先生の作戦だろうな。俺もやられたことがある」
「どんな作戦かしら」
「先生は相手を潰すのが好きなんだ。ロードレース的にはアタックを繰り返して他の選手を疲れさせるやり方だよ。しかも先生は一定のペースで走るよりも、強弱を付けて走る事が得意なんだ。普通はそれだと疲れるんだけど。だから、先生の誘いには乗ってはだめなんだ。」
「それで結城君ははめられた。と言う事かしら」
「そう言う事、あれじゃあ、長くは持たないだろう」
逆に誘いに乗らないで、マイペースで走ると、先生の方が疲れてしまい。ペースダウンしてしまう。先生は他の人の力を上手く使って走る実戦的な走り方だ。
凛が回復してきたのを確認して、凛のペースに合わせて走る。俺としてはサイクリングモードだが、凛からするとハイペースだろう、俺が少しペースをあげると頑張って付いて来る凛が愛おしい。
つい最近まで、すれ違っていたがやっと仲直りできたし、凛の気持ちもわかってきた。中学の時みたいならないように焦らずこの関係を育てていきたい。
ゴール地点の観光案内所に到着すると、先生はニコニコして、結城はぐったり座り込んでいた。
「お待ちどうさまです。待ちました?」
「10分ぐらいかな。登坂さん、高梨君は優しくエスコートしてくれたかな?」
「いいえ、結構、しごかれましたわ。でも、気持ちよかったですわ」
「登坂さん、意外とMなんでだな。ま、その方がヒルクライムに合ってるかも」
俺と登坂も自転車から降りてバイクラックに自転車を引っ掛けた。
「結城、大丈夫か?」
「くっそう!先生にやられた」
「おまえは、また、後先を考えずに先生の誘いに乗って、無茶苦茶、踏んだんだろう」
「面目ない」
「私は楽しませてもらったぞ。だけど、結城君は脚質が私と似ていて、所謂パンチャータイプかな」
「先生、パンチャーとはどんな物なのですか」
「ああ、ロードレースは集団のなかで走った方が空気抵抗が少なくて楽なんだが、そのぬるま湯から飛び出し、集団を揺さぶる役目かな。集団は飛び出した選手を追いかけてないと負けてしまう。でも、スピードアップすると疲れる。それを繰り返してライバルを蹴落とす。当然、飛び出した選手も疲れるんだが、また、集団に戻って、脚を休ませてもいいし、追従する選手がいなければ、そのまま逃げてといい。ちなみに一人で逃げるのではなく、4、5人で協力して逃げると上手くいくことが多いわ」
「難しそうですね」
「そう、体力だけでなくて知力も重要なのよ。結城君はそこを治さないとね。感覚も大事だけど、心拍数とかパワーとかの数値を参考にするといいわ。あっそうだ。高梨君、結城君、後でウチのお店に来てくれるかな?」
「なんですか?今日は家の手伝いがかるので、明日、行きます」
「ちょっとサプライズかな。結城君は?」
「帰りに寄って行きます」
「この後、高梨君と登坂さんはデートかと思っていたが、違うのか?」
「いいえ、その様な約束はしていませんわ」
凛は俺の方に視線を送って、何か言いたそうだ。そうだな、仲直りはしたけどデートの約束とかしてなかった。俺はしれっと。
「ちょっと景色を見てくる」
「わたくしも」
二人で観光案内所の南側のテラスに行った。先生たちは気を利かせたのか、座り込んだままだ。
「なあ、凛、俺たちのデートとかどうしようか?土日はトレーニングと家の手伝いだし」
「そうですわね。こうして一緒に走るのも楽しいですけれど、二人だけの時間も欲しいですわ」
「そうすると放課後になるのかなあ」
「それでしたら、この間の様にわたくしの部屋でもよろしくてよ」
「良いのか?」
「構いませんわ。元々、わたくしたちはインドア派でアニメやラノベの話をしていたではなくて」
「確かに」
「とりあえず。月曜日でどうかしら」
「わかった」
凛は嬉しそうに微笑んで。
「戻りましょうか」
俺たちが先生と結城のところに戻った。
「話は終わったかな?でも私の事も構って欲しいな」
「だから、先生、ふざけてないで下さい」
凛は少し呆れている。
「くっそう!羨ましい、俺も彼女が欲しくなった」
こうして、チームとしては初めての赤城山ヒルクライム試走は終わった。明日の日曜日は唯のトレーニングだ。どこまで登ろうかな?
筆者は昨日も赤城を登って来ました。台風の後だったので、路面は濡れてるし、霧雨だった。




