第1頁『聖騎士と闇狩人』
ひとつ!女性とは愛してはならないもの!愛でるものであるべし!
ふたつ!女性同士の恋愛は神を敵に回してでも守るべし!
みっつ!百合のために全身全霊を捧げるべし!
教会での聖騎士叙任にあたっての宣誓。
王や国にではなく、百合に忠義を捧げると彼は誓う。
ユリメデウス=U=ユリメデール、成人の儀とともに聖騎士となった彼は、先祖代々続いてきた百合騎士としての誓いを王と集まった衆人に誓い剣を受け取ると、周囲の奇異の籠った目も気にせず、故郷への帰路についた。
「……成人の儀が終わったらすぐ戻ってこいとは、父上もいささか性急ではなかろうか」
愛馬であるユリスキーを駆け足で走らせ、王宮から四半刻も走らせれば着くユリメデール領に向かう。
ユリメデール家は代々百合に魂を捧げた一族。
普通の騎士の出身なら、成人の儀を行ったあとは早々に結婚して身を固めるのだが、先祖代々筋金入りの百合を愛する一族であるユリメデール家では、女は愛するものではなく、愛でるもの!という教会の教えも超える教えがあり、ユリメデウスも幼い頃から契りを結んだ婚約者など当然いなかった!
「愛でるべき女性と結婚?ほわーい?そんな恥知らずなことをするぐらいなら死んだほうがマシだ!」
そう言って、死ぬ方がマシと過酷な戦場に立てば、敗戦確実の戦すらひっくり返し、世界を巡る吟遊詩人すら歌うことを控える神にも劣らぬ英雄も数多打ち倒し、数百年に一度復活するという魔界の王ですら一蹴するという、数々の輝かしき武勲を立ててきた超一流の武門、下手に扱えば国を傾けかねない一族に一国の王ですら腫れ物扱いするしかなかった。
「百合は美しい。百合は尊い。百合は世界を救う」
女性が仲睦まじければ世界は平和になると信じて疑わないユリメデウスだが、女性同士のギスギスした関係も嫌いでは無い。
「百合はいい!百合はいいぞお!」
本人は至って百合に本気だが、異性愛が当たり前の時代に、長年ずっと同性愛を主張し続けた異端の一族。
教会も国も同性愛を認めていないが、敵に回すと異常なほど厄介な一族のために、守るべき領民はこれ以上奇行や奇言は控えてくれと白い目を向けているとはいざ知らず、田園地帯もとい百合の花園を抜けたユリメデウスは颯爽とユリスキーから降り、意気揚々と屋敷の扉を開け放つ。
「父上!ユリメデウス、ただいま戻りました!」
「ユリメデウス!よくぞ、戻ってくれた!皆のもの下がるぞ!」
「はっ!」
杖を振るう母とともに迎え入れてくれた父は、これ以上は抑えきれないと、結界の張られた扉を押さえさせていた兵士を下がらせる。
「……何事ですか!?」
「何事もなにもない!ユリメデウスよ!よく聞け!おまえに世界の命運はかかっておる!」
「世界の命運ですと!?」
「そうだ!この部屋の本の世界に入り、その世界で見つけてこなければこの世界は崩壊する!」
「えーっと、なにを見つけてこいと!?」
「が、ガフッ……そ、それはワシの口からは言えん……」
頑健で風邪ひとつひいたことのない父の口から大量の血が溢れ出す。
「わ、ワシもこの試練は地獄じゃった……。しかし、ユリメデウスも見事やり遂げると信じておる……」
「見事やり遂げるって、だからなにをですか?」
「……ユリー、あなたなら、きっと」
目から血を流している父を健気に支える母は言葉少なげにユリメデウスを励ます。
「父上!母上!兎にも角にも、結界の部屋に封じていた本が暴走したということでよろしいな!」
「お、おう……。そうじゃけど……」
「本如き叩きってくれる!」
「いや!ユリメデウス!それ、ワシもやった道だから!」
「幼き頃より憧れ、読み慣れた本だが、魔の本性を現したとあれば叩き切るしかあるまい!」
「おまえ!!話しを聞けえ!!」
ユリメデウス、正義感が強すぎるばかりに人の話しを聞かないという悪い癖があった。
「今日、王より授かったばかりの聖剣セクスユリパーで、ただの紙に戻してくれる!はああああっ!!」
「1番やっちゃだめな奴ううううう!!」
父の言葉を無視し、父と兵士達が力づくで抑え、母が魔力で抑えていた部屋の扉が厳重な結界ごと中から弾け飛ぶなか出てきた、それにユリメデウスは剣の切先を向ける。
「出たかッ!我が全身全霊の一撃を喰らうがいいッ!」
「やめろっつっとろうが!」
厳重な結界を張られた扉をぶち破って出てきたのは、ユリメデウスの予想通り、父が持つと表紙が母上に似た女性に変わり、自分が持つと異国の女性へと変わる謎の本だった。
「セクス……ユリパーーーーー!!」
「あーーーーーーーーーっ!!!!」
ユリメデール家に代々伝わり、悠久の時を生きる世界最高峰の魔術師ですらこの本にかかった呪いは解けないとまで言わしめた曰くつきの禁書。
なにが封印されているのかすら一切が謎に包まれた禁書に、ユリメデウスは魔力のすべてを聖なる力へと変換し聖剣セクスユリパーを神々しい輝きとともに本に向かって振り下ろすと、本の中より放たれた瞬い輝きとともにユリメデウスは光に包まれていった。
「あーあ……どうなっても知らんぞ……」
「あなたの時は、強過ぎる筋力で切ろうとして、強い魔力に反応すると発情する呪いだったけど、ユリーはどんな呪いになるのかしら」
悠久の時を生きる世界最高峰の魔術師であるユリメデウスの母は、無詠唱ヒーリングで父を癒しながら、息子の無事を願った。
「最高の力を父より与えられ、最高の魔術を母から与えられた癖に、なんて罰当たりなことに使うんだい」
「だ、誰だ!?」
「おまえたち一族は毎回同じことの繰り返しで説明するのもうんざりだよ」
「説明!?なんのだ?というか、あんたは誰なんだ!」
「司書じゃよ、この世界のな」
なにもない、ただ落ち続けるだけの真っ白な空間に突如現れた老婆はユリメデウスの額に人差し指を当てる。
「遠い孫のあんたも筋金入りだからね、あんたにはとっておきの呪いを掛けてやる」
「とっておきの呪いだと!?」
「そう。あんたの中の1番大切な感情が最高潮に達したとき、あんたが全てを曝け出せるようになる呪いさあ」
「1番大切な感情?全てを曝け出す?」
「ひっひっひっ、その時になればわかるさ」
老婆はユリメデウスの額に呪印を刻むと霞のように消えていく。
「どういうことなんだ!教えろ!」
「なにがあっても本を手放すんじゃないよ。戻るための道標だからね」
ユリメデウスの手に光の粒子が集まり、見慣れた本の形を形どる。
「これからなにが起きる!」
「…………」
女性に対しては赤ん坊でも老婆でも丁重に扱うべきだと強く刻み込まれているユリメデウスだが、例えることのできない不安に語気が強まる。
「花は愛でるだけでいいと思ってたら大間違いだよ」
「どういう意味だ!」
「…………」
白い空間は突如終わり、体が軽くなる感覚とともに地面に落ちる。
地面は柔らかかった。
「月のどちらかにでも来てしまったのだろうか?」
百合月と一族では呼ぶ2つの月、どちらかの月に転移させられたのではないかと、偉大なる魔術師であり、月に唯一行ったことのある母の言葉を思い出す。
「息ができないと聞いていたが、息はできるから月ではない……のか?」
木も水もなく、小鳥の囀りすら無いと聞いていた。
「見目麗しい女性に出会った。理想の女性だった」
後に、ユリメデウスはそう述懐する。
その呆けた顔に手が差し伸べられる。
一糸まとわぬ肌を晒したまま、手を差し伸べ続ける。
「……なんで、服着てないんですか?」
「あいや、失敬」
先程まで重厚な鎧を着込んでいたはずの聖騎士が、手を伸ばすとともに突如裸となり闇狩人に手を差し伸べ続けているのだ。
親切から手を差し伸べていたとしても、その格好は不審者の目を向けられても仕方なかった。
ユリメデール家初代より存在し、ユリメデール家男子が成人の儀を終えるとともに同時に開かれるという忌まわしき呪いの本。
あまりにも強過ぎる呪いに、ユリメデール家以外に対処ができず、世界の覇王と魔界の王にユリメデール領は不可侵領域とすると密約を結ばせた禁書だが、なぜユリメデール家の男子が成人を迎えた時に勝手に結界が解けるのか、呪いの解呪も移動もままならないこの本を放置し続けるのか、誰もこの本の謎を解明できなかった。
ただ、わかっていることはある。
ユリメデウスの祖先達が命懸けで本の世界に入り、この世界に戻ってくると再び結界は張り直される。
多様性のあるこの世界をたったひとつにまとめて滅ぼすという力をこの本は持っている。
世界の命運はユリメデール家によって守られている。
同性愛という禁忌を犯しながらも存続を許されているのは、そういう事情があったからなのだ!
聖騎士ユリメデウス、彼は本の世界で初めて対面した人間、いや、見た目が明らかに人間族ではない闇狩人、褐色の肌にピンと伸びた耳が特徴的な女性に手を差し伸べていた。
「……へ、変態!」
「変態ではござらぬ!聖騎士でござる!」
「性……騎士?」
「性ではない!聖!聖なる騎士でござる!」
百合に狂った奇行や奇言が無ければ、イケメンと言って差し支えない面頬のユリメデウスだったが、そんなユリメデウスでも女性の前で全てを曝け出したらこうなるのも当然だ。
「性なる騎士ってやっぱり変態じゃないですかーー!!」
「ちがーーーーう!!」
ユリメデウスのユリメデウスは新たな愛剣の聖剣セクスユリパーが気を遣って輝くことで辛うじて彼女に局部が見えないよう処理されてはいたが、それでも控えめに言って森から突如現れた裸の変質者である。
ナチュラルにイケメンにだけ出せるキラキラを出しながら、プラプラさせているのだから、暗黒神に誓いを立てた闇狩人も貞操の危機を感じずにはいられない。
「変質者〜!!誰か〜!!助けて〜〜〜!!」
「ま、待つでござる!葉っぱで!なるたけ大きめな葉っぱで隠すでござるから!」
服や鎧は木に引っかかり、すぐ手に取れそうなものは剣か葉っぱしかない。
体を隠そうと足掻くユリメデウス、腰を抜かせて逃げることができないダークエルフ。
剣1本で隠そうにも、ユリメデウスの逞しい体には分不相応、葉で隠そうにも手が足りない。
3本目の足ならあるが、使った瞬間すべてが終わる。
「お嫁さんに行けなくなるう〜〜〜!」
「それは困る!百合ニストとして、ひじょうに困る!」
聖騎士ユリメデウス、世界を救う旅の始まりは、相棒となる闇狩人との初めての対面に、局部を女性に向かってご開帳し、申し訳なさそうに股間だけ剣で隠しながら弁明するという、騎士としても剣を扱う者としてもあるまじき恥ずべき姿が本の1ページ目に刻まれたのであった。
ユリメデウスの呪いとは、
『百合メーターが振り切れると爆発音とともに強制脱衣』
という、草葉の陰から静かに百合を愛でることを至上とする一族にとって、拷問とも言える呪いだったとさ。