花粉症の剣士、クシャミ・鼻水・目のかゆみ・そして「スギ花粉への怒り」を武器に、悪党どもを滅ぼす
シーダー王国の一角には杉が生い茂る山々があった。
この杉は定期的に大量の花粉をばら撒く性質を持っていた。しかし、シーダー王国の国民は体質的に、花粉に対してアレルギー反応を起こす者はおらず、さしたる問題にはならなかった。
ただ一人を除いて――
王国の片隅にあるポレンの町。
この町の町長宅を一人の剣士が訪れていた。その出で立ちを一言で表現するなら、まさに「異様」だった。
髪は茶髪なのだが、まず顔の下半分を覆うように白いマスクを着用し、目には分厚いゴーグルをつけている。そのゴーグルの中にある瞳は激しく血走っている。しかも、やたら鼻をすすっている。ジュルジュルという音が鳴き声にすら聞こえる。
町長はそんな剣士にたじろぎながらも、依頼内容を話し始める。
「用件は……この町を牛耳るギャング団の殲滅です」
ポレンの町は、数年前から巨大ギャング団に支配されていた。
町の商店はみかじめ料を取られ、違法薬物は蔓延し、女子供をさらい人身売買まで行っているという。歯向かったり逃げ出したりしようとすれば、いうまでもなく残酷な制裁を与えられる。
こんな組織を国が放っておくことはなさそうだが、ギャング団の勢力は侮れず、王国としても及び腰になっている。ギャング団が王国上層部の弱みとなる情報を握っているからでは、という噂もある。いずれにせよ、国には頼れないという状況だ。
「奴らは町の北に屋敷のようなアジトを構えております。人数は少なくとも数百人はいるでしょう。いかがでしょうか……?」
「問題ない」
剣士は鼻をすすりながら即答した。
「今宵の花粉はよく飛んでいる……これなら実力を大いに発揮できる」
「今宵って……今は昼間ですが」
「今宵の方がカッコイイから、これでいいんだ」
とにかく依頼は成立した。
剣士の名はアラミス・フィーバー。この王国で唯一の“花粉症”の人間である。
***
依頼成立から一時間後、アラミスは早くもギャング団アジトの近くにいた。
ギャング団のアジトは町長のいうように貴族のお屋敷といった風情であり、ここで数百の構成員が暮らしている。むろん首領や幹部クラスはそこらの貴族も裸足で逃げ出すような贅沢三昧をしている。
アラミスは景気づけに鼻を大きくすすると、
「行くか」
アジトめがけて歩き出した。
マスクにゴーグルという異様な剣士が近づけば、当然ギャング団の構成員も気づく。
門番を務める構成員たちが、剣や槍を持ってアラミスを囲む。
「なんだてめえは?」
「イカれた格好しやがって」
「ここをどこだと思ってやがる?」
アラミスは無言のまま、腰に差した剣で居合い斬りをする。
目の前にいた構成員が胸を深く斬られ、そのまま絶命した。宣戦布告代わりの一閃だった。
「なんだこいつ!?」
「てめえ!」
「よくも……!」
アラミスは囲んでいた残りも、一人一太刀で片付ける。そのままアジトの敷地内へダッシュで駆け込む。
すぐさま見張りが鐘を鳴らし、大勢の構成員が飛び出してきた。ギャング団は数が多いだけではなく、よく訓練されていることが分かる一幕だった。
だが、アラミスは怯まない。ここで彼は自身のマスクとゴーグルを外す。
マスクを外すと、男前ではあるが目が異常に血走った素顔が晒される。花粉のせいか、極めて仏頂面だ。
そして――
「目がかゆい……赤眼!」
アラミスが血走った目で凝視すると、その者たちはたちまち固まってしまった。なにか特殊な力を用いたわけではない。純粋な迫力による現象である。
動きが止まった者たちはたちまち斬られてしまう。
だが、ギャングたちもバカではない。アラミスと目を合わせないように波状攻撃を仕掛けてくる。
アラミスの鼻がムズムズし始める。
「は……は……」
「は」の音ともに徐々に剣を振り上げる。
「ぶぇっくしょん!!!」
クシャミの勢いを生かした高速斬撃で、複数人をまとめて倒してしまった。
アラミスの鼻から鼻水が垂れる。
「あーあ……ま、いいや。これも使わせてもらおう」
アラミスが激しく首を振ると、その鼻水が構成員の目に飛んだ。
「うぎゃっ!? なんだこれ……取れねえ!」
長年の花粉症生活で、アラミスの鼻水は粘液と呼べる粘度になっている。目潰しに使うには最適である。むろん、視界のないままにアラミスに斬られることとなる。
だが、さすがは国をも寄せ付けないギャング団。数が多く、質も高く、次第にアラミスは追い詰められていく。
アジトの中庭で大勢に囲まれる形となったアラミスに、ギャング団の首領が姿を現す。
首領は一見すると紳士とも見まがうような外見だった。穏やかな目で、髪は整っており、スーツを着用し、髭も手入れされていることが窺える。
だが、この男こそポレンの町――いや王国中に悪意をばら撒いてきた悪の首魁である。
「たった一人でこのアジトに乗り込んでくるとはな……今時珍しい“勇者”だ」
「お前が首領か」アラミスが鼻をすすりながら尋ねる。
「その通り。勇者に敬意を表して、私も姿を見せた。ぜひとも勇者の死に様を見たくてね」
首領の目に酷薄な光が宿る。これこそが彼の本性。
「これから君に起こることを教えておこう。まず君は大勢の部下になぶり殺しにされることになる。その死体は切り刻み、バラバラにして、アジトの外に晒させてもらう」
「……」アラミスは鼻をすする。
「だが、ここまでは君も覚悟はしてただろう? 肝心なのはここからだ」
にんまりと笑みを浮かべる首領。
「君に我々の討伐を依頼したのはどうせ町長あたりだろう。町長は家族もろとも今日中に死んでもらう。さらについでだから、町の人間も100人ほど死んでもらうことにした。連中が二度と歯向かわないように、見せしめのためにね」
「外道が……」鼻をすするアラミス。
「さっきからなんなんだ、鼻をすすって。風邪でもひいてるのか?」
「俺は……花粉症だ。スギ花粉のな」
この言葉にギャングたちは笑った。
「花粉症!?」
「マジかよ!」
「だからジュルジュルうるせえのか!」
首領も同様に笑っている。
「ああ、聞いたことがある……やたら腕の立つ花粉症の剣士がいると。君がその剣士だったのか。だが、私から言わせてもらうと、花粉症なんてのははっきりいって“甘え”だな。甘えた精神をしているから、花粉如きで体の異変をきたすのだよ」
アラミスの眼光が鋭くなる。
「お前は……一番言ってはならないことを言った」
「ほう?」
「最後に教えてやろう。俺がこうして大勢に囲まれたのはわざとだ。この方があのモードになった時にやりやすいからな」
「モード……?」首領は首を傾げる。
直後、アラミスは大きく息を吸い込んだ。すなわち、大気中に漂う花粉も。
アラミスの全身がみるみる赤く染まり、目はより充血し、涙は流れ、鼻水は溢れ出る。
「な、なんだこれは……!?」
「バーサーカーモード……だ。俺はお前たちを……花粉と見なす」
アラミスの心身にさらなる異変が起こる。狂気を帯びた凶相へと変貌する。
「んんん……あああああっ! 目がかゆいいいいい! 鼻水出るううううう! クシャミ止まらんんんんん! 体だるいいいいいい! 熱もあるううううううう! あがあああああああっ! 花粉、死ねええええええええ!!!」
次の瞬間、アラミスの姿がギャングらの前から消えた。
いや、凄まじいスピードで動いているのだ。
風が吹いたと思ったら、たちまち十数人が斬られた。まるでカマイタチのように。
「なんだぁ!?」
「はええ!」
「どうなってやがる!」
花粉を憎む狂戦士と化したアラミスはもはや人の域ではなかった。
赤い目で敵を止め、鼻水で敵を捕らえ、くしゃみの勢いで敵を斬る。一連の流れが目にも止まらぬ速さで行われる。
もはやギャング如きでどうにかなるものではなかった。
数百人はいた構成員は屍の山と化し、残る首領は先ほどまでとは打って変わって青ざめていた。
「ば、化け物……花粉症のバケモノだぁ~!!!」
走って逃げようとするが、今のアラミスからすれば逃げようとするカタツムリを追いかけるようなものである。
「あと一人……花粉、死ねええええええええ!!!」
背後からバッサリ。首領は真っ二つとなり、ポレンの町のギャング団はここに壊滅した。
***
ギャング団を壊滅させたアラミスは、再びマスクとゴーグル姿に戻った。
町長宅に出向き、依頼達成の報告をする。
アラミスの要求する報酬は決して安くはない。そしてもう一つ――
「俺の名声をもっと広めてくれ。頼んだぞ」
「分かりました……この町を救ってくれた恩人の頼みですからな」
大金を手に入れたアラミスは、鼻をすすりながら町を去っていった。
町民の一人が町長に問う。
「すごい男でしたね。それにしても彼はなぜ、あんなにも大金と名声を欲しているのでしょう?」
「彼は……国内の杉が生い茂る山を全て買い取るつもりなのだ」
「全て……!?」
「うむ、花粉症の彼はスギ花粉と……それを生む杉を憎んでいる。彼が憎き杉を思う存分伐採するには、それしか方法がないからな。そのためには金はもちろん、相応の権力も必要となる。彼は名声を得て、王から爵位を賜るつもりなのだろう」
「そのために彼は戦い続けているわけですか」
「そうだ。長い戦いになるだろうが、きっと彼はやり遂げるだろう」
町長の言う通り、それから10年後、アラミスは剣で大いに国益を貢献したとして貴族の地位を得た。
アラミスは剣士時代に貯めた金と貴族としての権力を振るい、杉の生える山を全て購入。今度は剣を振るい、たちまち全ての杉を伐採して悲願を達成した。
その時のアラミスを見た者はこう語っている。
「彼のあんな心からの笑顔は初めて見た」と――
完
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