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審議【4】



   *



 本部の長い廊下。オレは瑠璃と異なる意味の「逢引(あいびき)」をした事後、玲奈に連れられ、釈放された黒羽大輝のいる控室に向かっている最中だった。

 だが、オレは大輝のことではなく先ほどの瑠璃のことを考えていた。


 奴と約束した内容は二つ。命を守ることと、大輝を殺さないこと。

 だが正直、命を守れというのには納得がいかなかった。厳密には上手く解釈できなかった。


 理由は単純明快。彼女の言動が矛盾しているからだ。

 三宮勢力はおそらく(みこと)の身柄を狙っている。なぜかは分からないが。

 デパートでの瑠璃が受けていた指示なども全て拓真(たくま)によるものだろう。

 ならば(みこと)を守れという先程の瑠璃の頼みは矛盾しているように感じる。

 オレが彼女を守れば守れるほど、彼らの目的は達成されない。そんなことは誰にでも理解できる事柄だった。


 やはり、彼女の最後の言葉は奇奇(きき)妙妙(みょうみょう)と言わざる負えない。

 


「なんか浮かない顔してる」

 と隣で歩く玲奈がこちらに話しかけてくる。

 オレが思考している内容の雰囲気でも匂いで感じ取ったか、オレを軽く心配してくれているようだ。

 伏見一族のSE(サイドエフェクト)超嗅覚(オルファクト)」は、人の表面的な感情や内面さえも匂いで嗅ぎ分けることが可能といわれている。

 杏姉(きょうねえ)の持つ極度の「暑がり」や、オレの「冷え性」のようなマイナスなSEじゃないのは何とも羨ましいと思った時期もあったが、四六時中(しろくじちゅう)色んな匂いを感じるのは、それはそれで不快だなとも思った。



「そうか? そうでもない」


「そう……だといいけど。……あなたはおそらく私よりも多くのことを考えているのでしょう。あまり背負い過ぎないでね」


 オレが拓真を倒したことについて彼女も少なからず驚いているだろうが、それでも彼女はオレにそのことを一言も述べてこない。

 あの決闘の時、オレと拓真に何が起こったのかも理解できず、その詳しい事情をもっと知りたいとも思っているだろう。

 だが、おそらくオレにとって触れてほしくない内容だと本能的に悟ったか、あるいは単にオレのことを案じているのか。

 その内容について一切触れてくることはなかった。


 関係ないかもしれないが、なんとなく、彼女が女性として人気な理由が分かった気がした。



   *



 オレは控室のドアを開け、中に入る。


「ん、元気だったか? ……大輝」

 オレは、控室のソファに座る大輝に向かって声をかける。


「あっ……統也! お前、成瀬(なるせ)ってなんだよ! 名瀬(なせ)って苗字は偽名だったのか? ていうか、俺が影人(かげびと)になっただって? あの四年前に現れ、世界を破滅に追い込んだ怪物と同じ姿になったって、議会の人たちが口を揃えて言っていたぞ。お前もそう言っていたよな!?」


 開口最初にまくしたてる。精神的に安定しているとは言い難いな。


「まあ、落ち着け」


「いいや落ち着いていられない! 大体、どうして歌手の玲奈さんがここにいるんだ? 議会でも話していたけどよ。一体どういう流れだ、これは?」

 オレより少し後ろ側にいる玲奈に軽く目線を送る。


「取りあえず落ち着いて、冷静になって。あなたはもう大丈夫。私たちは三宮家みたいに非人道的な実験をしたり、殺したりはしないから」

 前へ出て彼に近づく玲奈が、なだめるように語るが大輝の表情はあまり変わらない。相変わらず険しい。


「こんな()()()では初めて見る。ほ、本物の伏見玲奈だ……。か、かわいい」


 そんな本能丸出しで語る大輝。

 

 いや、今まで偽物だとでも思っていたのか。


「良かったな大輝。あの人気歌手、本物の伏見玲奈と会話できている。これも全部お前が影人化できる身体のお陰だ」


「変な言い方はやめて」

 いつも通りのポーカーフェイスながら喋る玲奈。人気歌手という言い方が気に食わなかったようだ。

 この間里緒と泊まったビジネスホテルのテレビに出演していた玲奈は、他の出演者に笑顔を振りまいていたのにな。

 そんな冗談めいたことを考える。


「で、これからどうする? 大輝、お前には二つの選択肢がある。一つはオレと行動を共にし、影人退治に助力するというもの。その際の所属は名目上(めいもくじょう)異界術士になるだろうが。そしてもう一つの選択は、通常通りの私生活を順守し学校に行くというものだ」


「ちょっと待てよ。いかい……じゅつし…ってなんだよ? 何かの役職か?」


 そうか、異界術士は議会中に言葉としては出てこなかったか。


「境界部隊って分かるか?」


「ああ、なんか『青の境界』設立後に作られた新設の自衛隊だっけ? なんか、噂で聞いたことがある。だけどそんなの都市伝説だよな?」


「いや、全て本当だ。一般学校の社会「現代史」で学ぶ『青の境界』設立の際に吹聴された『隠されていた戦闘技術』っていうワードがあるが、あれは『異能』のことだ。お前も議会やその会話を聞いていたのなら、本当はもう気付いてるんだろ? IWに『異能』があることや『影人』が潜んでいることに」


「それは……」


 俯く彼を無視して続ける。


「オレ達は『異能士』といって、人知れずIWに潜む影人の討伐を生業(なりわい)とする者たちだ。その多くが特殊能力を持った異能者で、様々な異能を駆使して影人と戦闘する。普段は別の職業や立場で生活しながら各地域での討伐活動を担当している。例えば、二ノ沢楓なら教師、玲奈なら歌手、オレなら生徒をやっているようにな。少なくとも『異能大国』である北日本国ではそうだ」


「統也も、すげえ超能力を持ってるってことかよ」


「ええ。同様に私にもある。異能病院で散々口封じされてきただろうけど、もちろんこれは秘匿事項、守秘義務が課せられる」


 大輝は元々そんなに騒ぎ立てるような男子生徒ではなかったが、審査議会中はやたらと大人しかった。異常なまでにな。

 おそらく色々なことを思考し、他人の会話などから情報を集め、それを無意識的に整理していたのだと思われる。


 少し冷静になったか、大輝は静かめに話し始める。


「…なんで……IWに影人がいるんだよ? それを防ぐための『青の境界』じゃなかったのか? そもそも俺が影人になれるって……そういえば、そんな記憶があったような……もう訳が分からなくて狂いそうだ!」


 その直後だった。

 彼は突然頭を(かか)え始める。その様子は頭痛を抑えているようにも見えた。


「ん? なんだ? どうかしたのか?」


「大丈夫?」

 玲奈も(かが)みつつ、彼の調子を確認する。


「昨日は影人化したばかりだしな。体力、体調共に完全回復って訳にもいかないようだ。その影響で頭痛の一つや二つが起こってもおかしくはないだろう。まあ、こちらが思っていたよりもお前は人間だったってことだ。……聴取は後にする。取りあえず病院に戻れ……オレの呪印を付けた後にな」


 オレは言いながら玲奈と歩み、控室から出ようとするが――。



「待て……一つだけ……今、思い出したことがある」

 具合の悪そうな顔でオレと玲奈を交互に見る大輝。


「なに?」


「俺は以前玲奈さんに会って、このことを伝えた。その記憶も今、思い出した。なぜ今までこんなに重要な記憶を忘れていたのか正直自分でも分からない。けど思い出した。昔、そう……四年前、俺は影人の体内にあったアメジストのような宝石を―――――食べたんだ」



  *



 四年前。某日。秋田県南部の田舎町。


 平和な日常。この時まではその言葉が適切な、普通の日々を送っていた。



 俺、黒羽大輝はすでに中学生になっていた。

 意味のない日々、同時に意味のある日々。


 そしてその日々を生きる俺にも、昔から好きな人がいた。

 その子は幼馴染で、何をするにも一緒にいるような、そんな関係だった。



 ある日。それは二月頃の夜だった。

 紫の光と轟音。それはまるで落雷のようだった。

 雨も降っておらず、嵐の前兆はなかった。それでも当時は雷だとしか考えられなかった。



 それからのことをあまり覚えていない。

 けれど覚えていることもある。


 

 紫の光と衝撃から目が覚めた後のことだった。

 何が起こったか家は半壊し、その場には幼馴染がいた。

 だが幼馴染だったその子の肌は黒く染まり、瞳が赤く光っていた。正直、人だとは思えなかった。

 悪夢だと思った。

 夢なんだと思った。

 

 これは何かの間違いだと思った。


 そう思いたかった。


 分からなかった。全てが分からなかった。一体何が起こったのか。



 しばらくして、俺はどうしたかって?

 その場で固まった。硬直した。何もできなかったし、何も声に出せなかった。

 そうする必要もないと思った。

 絶望、という言葉に近いかもしれない。

 すべてが虚像の世界に見えた。辺境に見えた。


「これは……何が……」


 半壊した家からは、破壊された町が広がっていた。



 幼馴染は棒のように止まる俺に近寄り、膝を折ったかと思うと、彼女自身の心臓付近に(みずか)ら右手を突き刺した。

 血塗れの腕を抜き取った彼女の手に握られているアメジストのような紫の宝石。どうやら彼女の心臓部分にあった様子。彼女はそれを俺の口に押し込んだ。


 宝石のサイズで言えば大体野球ボールぐらいの大きさで、こんなもの口に入らないと思ったが、顎がはずれそうになりながらも、口に無理やり押し込まれた。


 その後のこともほとんど覚えていない。

 宝石を口に含んだ後、どういうわけかその宝石は崩壊し砕け散った。俺はその破片を飲み込んだ。

 結果、口や喉が血だらけになった。



 それより以後の記憶はほとんど何もない。

 ただ、どれほどの時間が経過したか分からないが、ある程度の時が経った後、誰かに声をかけられ、救出された。その記憶は微かに残っている。



  *



「多分、その()()は私の部下」

 控室で長い大輝の話を聞き終え、玲奈が最初に声を出す。


「確証は?」

 

「ある。……まず言っておくけど、彼が影人化できるかもしれないと最初に推測したのは私。四年前の秋田県生存者第一捜索(そうさく)隊に派遣されていた私と私の部下が、彼の第一発見者。片目の瞳だけ赤く、一部の肌が黒い……そんな少年を発見したとの報告を受けた時は、流石に私も部下の言葉を疑ったのをよく覚えている」


「なるほど、以降大輝の監視役として二ノ沢と里緒を送ったのか」


「そういうことだね。彼は人間か影人かの区別がつかない存在だったから私の一存では下手に殺せなかった。黒羽自身も影人化できることを申告してきたから、そういう対処をしていたのだけど、今の彼の反応、会話を見るにどうやらその記憶さえ消えているみたい」


 どうりで「二ノ沢」の楓さんも「霞流(かする)」の里緒も、西南海州直轄「伏見分家」の異能士なのか。

 しかも伏見が懐刀(ふところがたな)とする側近家系の「霞流」や、空間制御方式を扱う高等異能者「二ノ沢」を抜擢(ばってき)する始末。

 何かあるなとは思っていたが、そういうことだったか。今思えば当たり前のことでもあるが。

 ここまでは(しゅん)さん、杏姉(きょうねえ)の報告通りということでもある。


「でも俺、なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう……」

 

 ポツリと告げる大輝。


「私もその時期前後は割と記憶齟齬がある。『青の境界』で閉鎖された空間の変調負荷のせいで、記憶障害が起こるって説だから、多分それかな」



 いや、それは……。


 あいつか……。


 オレは心の中で舌打ちをする。

 邪魔な勢力が多すぎるな。中でも一番厄介なのはあいつ。



「玲奈、『シャルロット・セリーヌ』という人物を知ってるか?」


「はい? シャルロット……イギリスの異能士協会会長『セシリア・ホワイト』の()(びと)をしているという、あの?」


 どうやら玲奈も彼女を知っているようだ。

 しかしイギリスか。遠足気分で偵察に行くには、さすがに遠すぎるな。


「フランス人女子で、精神干渉系異能を自在に操る第二級異能者のS級異能士と聞いてるけど」


「ああ、オレはそいつを知っている。昔同じ学校にいた美女子で、色々な意味で厄介な奴だった」


「同じ学校? イギリスってこと?」


「いや……なんでもない」


「え? 何? 何か言いたいことがあったからシャルロット・セリーヌという名を口にしたんでしょ? 何かあるならしっかり言ってくれないと」

 そう声を上げ、(たま)に見る険しい目付きをする。彼女の(まぶた)が暖色系の瞳を少し隠す。


 オレがあまり意味のない会話をしない人物だと理解しているからこそ、うやむやにするこの言い回しに納得できないのだろう。

 彼女は承認不可という表情をしていた。



「二人で話しているところ悪いんだけどよ、俺からも聞いていいか?」


 オレと玲奈が会話している横から、ソファに座る大輝が尋ねてくる。

 玲奈というよりオレに言ってきているようだ。

 オレは黙って頷く。


「俺が口にした宝石みたいな紫の鉱石の正体って何なんだ? それは分からないのか?」


 その大輝のセリフを聞くなりオレは玲奈と目を合わせる。

 それがどういう示唆を持っているかは正直関係ない。オレの目線と玲奈の目線が交わったということは、すなわちオレと玲奈は等しく同じ内容を想定したということになる。

 それだけ十分だ。


 オレは大輝の方を向き口を開く。


「おそらくそれは、紫紺石(しこんせき)といわれる紫のクリスタルだ。材質は『二酸化ケイ素』いわゆる『水晶』で影人を倒した際に生成されると考えられていた」


 そもそも大輝が影の身体の一部を体内に取り入れたと聞いた時から、オレはその理屈を理解できなかった。

 なぜなら影の身体は、切り離せばプラチナダストという光の粒に変換されて消えるという奇怪な性質を持っているからだ。

 推測になるが女影(めかげ)もそうして玲奈の呪印(じゅいん)部位を切除したと考えられる。


 要は、体内に取り入れる以前にプラチナダストとして消失するはずなのだ。

 そうなっていないということは、影の身体の一部に消失しない部分が存在したということだ。


 そしてそれが、恐らく弱点の核となるコア。紫紺石だった。


「いやいや待ってくれ。俺の時の幼馴染(おさななじみ)は倒される前からそれを体内から取り出していたぞ?」


「ああ、だから今言っただろ。考えられていた、と」


「紫紺石はコアを破壊されるか刺激された場合に構築される水晶体だと思っていたけど、そうじゃなかった。コア自体が紫紺石へ変化しているだけで、その本質は不変だった、そういうこと?」


「多分、玲奈の言う通りだ。そしてその紫紺石をどうにかして人間体内に含み、一定の条件を満たせばCSS(シーズ)の完成というわけだ」


「そこまでは分からないけど、十分考察に値する内容だと思う」


「……CSS(シーズ)って結局なんなんだ?」

 大輝がはてなマークを乗せた顔をする。


「ああ。大輝は知らなかったか」

 そう言えば、川沿いの空き地で尋ねた時もCSSのことを知らない様子だった。


CSS(シーズ)っていうのは、人間的思考のできる影人、黒羽……あなたみたいに影人化できる人間の事よ」

 オレの代わりに説明してくれた玲奈。


 CSS(シーズ)の正体が大輝のような影人化可能な人間であることは、(いま)だ本部では明確になっていない様子だったが、この発言からも分かるように彼女は理解している。

 玲奈は何故か本部にそれを伝える気が無いようにも見える。オレにとっては正直そっちの方が百倍活動しやすい。


 そもそも通常の「影」なら数体捕獲され、既に実験されているはず。

 この間の玲奈の「もうすぐ夜が明けるから危険」というセリフからも「影」が昼間にも動けることは明らかになっているようだ。


 一体どこまで知られている?

 一致的知性を有していることも明かされているのか。


 やはり早めに、影人調査部隊に入る必要がある。



 オレはこの世を―――――知らなすぎる。




この作品を読んでいただき、ありがとうございます。


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