審議【3】
*
数分後。
オレと三宮拓真は向かい合っていた。互いの距離は5メートルほど。
何故こうなったかは明白。ここにいる全員がそれを理解していた。
先ほど審査議会をしていた場所に隣接する大きめの建物、本部決闘会場……その内部にある決闘コートで対峙するオレと拓真。
「さっきは随分と僕を貶てくれたね……10秒で僕を倒せる、なんて。……知ってるかい? 僕は『碧い閃光』の次にランクインしているA級異能士なんだよ」
「そうだったのか。オレは表面上のものにはあまり興味がなくてな」
「ふん……その態度と顔付き。まるで僕を見ていない。もっと先にある何かを見ている。……僕は今まで数え切れないほどの異能士、異能力者に出会ってきた。だけどね、君のような奇抜な態度の人間は見たことが無い。若いのにとても威風堂々、落ち着いている。君……普通じゃないね。一体何者だい?」
何を思ったか鼻で笑った後、口角を上げつつもオレを睨む。
「玲奈に付き添う、ただのボディーガードだ」
「そりゃ羨ましいね」
そんな会話の途中、風間章がコートの端に現れる。様子からどうやら審判を務めるようだ。
「異能決闘の審判は私が直接行う。何か異議はあるか?」
「いえ、構いません」
最初にオレが返事し、その後に正面の拓真も返答する。
「私も異論ありませんよ」
「ではこれより、黒羽大輝の処遇決定という大義のもと、異能決闘を行う。成瀬統也、三宮拓真、両者改めてこれを承認にする場合、その意を述べろ」
「……はい」
「はい」
オレと拓真はほぼ同時に反応する。
そんな中、周りの異能関係者達が文句を垂れ始める。
「こんな決闘、意味なんか無い! どうせ三宮が勝つに決まっている! 時間が惜しいだけだ」
聖境の神父の声だろう。
「ええ、ですね。御三家の中の精鋭といわれる三宮拓真に勝てる人など聞いたことがありませんよ」
「ああ、その通りだ。……10秒で終わる? 何が10秒だ! 10秒で負けるの勘違いであろう!」
オレは意識を彼らから目の前の拓真に移す。
その拓真はオレの目線を感じたか、口を開き、高貴な雰囲気で話しかけてくる。
「他の権力者たちも大変ご乱心のようだ。さっさとケリを付けようか。それこそ10秒で……ね。それで、先ほど僕を愚弄した分を返すとしようか」
「言っておくが、そんな機会は訪れない」
「君……4割、面白いことを言うね」
そう言っている割には、愉快な表情ではない。むしろ目付きが鋭くなり、余計に奇妙さが増す。
オレは自分の首に巻かれる、里緒からもらったマフラーを少し緩める。
多分これから起こることを、他人が信じることはないだろう。
いや、そもそも見ることも感じることもできないだろう。
それが例え、玲奈だろうと瑠璃だろうと。もちろん正面の拓真だろうと。それは同じ。
皆、オレがこれから「すること」を認識できない。あるいは感知できない。
それは当然。当たり前。
それが自然の法則。
オレは鈴音のあるセリフから一つのことを確信していた。
いや、正しくは三宮瑠璃がオレにある言葉を言った時から、オレはそれを思い出していた。
だから―――オレが奴に負けることはない。
少なくとも今日、この一回だけは。
それは遅いとも取れるし速いともとれる。
その瞬間を、その空間を、その時間を。
「それでは――――――始め!」
審判役の風間章が声を張る。
その直後。
オレは最強の異能技を発動する。
後にも先にもこれを超える異能技は存在しないだろう。
第零監獄術式――――律――――。
それから0.1秒後、決闘は終了した。
オレはいつの間にか三宮の後ろへ回っていて、奴に背を向けていた。
オレの身体からは微かに青い蒸気が上がる。
約一秒後。国内二位といわれる三宮家当主、三宮拓真は力なくその場で崩れ落ちる。オレの背後で。ゆっくりと、緩やかに。
「なっ……!」
「ど、どういうことだ!?」
コートより上部にある会場一体が騒めく。
「成瀬、お前一体……これは……何をしたのだ?」
さすがの審判役、風間でもオレの動きを理解できなかった様子。
まあ、当たり前のことだが。
オレがどうやってここまで移動したのか。どうやって拓真を気絶させたのか。
ここにいる誰も状況を理解できていないだろう。
おそらく凛と旬さんしか知らないことだ。下手したら茜も知っているかもしれないが。
「それで、風間議長……判定をお願いします」
オレは何食わぬ顔で風間に向かって決闘の勝負判定を催促する。もちろん結果は分かりきっているが。
「あっ、ああ………只今の決闘勝者、成瀬統也」
風間は釈然としない顔付ながら、表情一つ変えずに告げる。
再び周りが騒がしくなるのを感じる。
「あの三宮当主に……勝っただと……」
「ありえない……」
「これで、黒羽は伏見家に引き取られるのか……?」
そのどさくさの中でオレは異様な視線を感知し、何気なくそちらを向いてみると、瑠璃がオレを見ていた。
その表情と目で、オレは確信した。
ここで、オレの中の仮説が真実の色を帯びてくる。
「オッホン! ……以上より、黒羽大輝の処遇は決定したということになる。成瀬のいる伏見家監督の下、黒羽の管理を任せると決定した。何か異を唱える者がいるなら今の内に名乗りでよ」
咳払いで周りを静めたあと、議会中の調子に戻る。
いつまでも決闘中にオレが「したこと」について考えているわけにもいかないだろうしな。
「……ですが……彼らに完全に任せるのは危険では?」
コートの上で、境界部隊の男が弱気に意見する。
「そうだ! 大体、黒羽大輝は殺すべきだ! あんなわけの分からん存在など生かしておけん!」
境界部隊の男に便乗するように、またもや聖境教会の神父が黒羽処分を要求してくる。
「いいんですか? あなた方がこの中で一番強いと考えていた異能士は、私のボディガードである成瀬統也によって打倒され、今や国内三番目と言っても過言ではありません」
突然、玲奈が発言する。内容から拓真の話のようだ。
こういうところは臨機応変かつ当意即妙、柔軟な対応ができているなと思った。
まあ、玲奈の長所でもあり短所でもあるが。
続ける彼女。
「三宮家の異能武力を信頼していないとまでは言いませんが、成瀬統也の方が格上だと思いませんか? この状況では誰に黒羽大輝を引き渡すかは明白だと思われますが」
凄いな。まるで名演説。
併せて、オレと同じコートに立っていた議長兼審判の風間も口を開く。
「決まったな。黒羽大輝の処遇および管理、監督……以上は伏見勢力にその全権を委ねる。異論は無いな? もしある者がいれば、成瀬統也に異能決闘を申し出ればいい。まぁ尤も、そんな蛮勇は現れないだろうが」
*
その議会の討論終了の直後、瑠璃と共に黒いフードの女性が気絶した三宮拓真のいるコートに降り立つ。
近くでマフラーを巻き直していたオレに、瑠璃が目で何かを合図してくる。
仕方なくオレは奴の歩き始めた方向についていくことにした。
しばらく歩き、人気のいない廊下に到着する。
この場が無音式の監視カメラで監視されている場所であることを考慮すると、オレを殺しに来たわけじゃないらしい。
オレは瑠璃と無理やりに目を合わせる。
が、やはり殺気は感じない。その目にも殺意を見いだせない。
「人の気配が無い、こんな所に呼び出して何をするつもりだ? 愛の告白か? しばらくオレに会えなくて寂しかったようだな」
オレが話し始めた直後、背後側の曲がり角から、男性二人の声が聞こえてくる。
「まさか、あの三宮拓真さんの意識を刈り取るなんてなー」
「な? 俺も予想外だった。あの成瀬とかいうボディガード、何者なんだ?」
そんな会話。だが、オレが少々有名になってしまうのは仕方がない。
あの場面でオレが切り出さなければ、確実に三宮に賛成が傾いていた。
三宮の明確なる勢力が分からないうちは、大輝を渡すわけにはいかなかった。
そして、そんな会話を繰り広げる彼ら二人はオレと瑠璃の近くを通り過ぎようとする。
彼らはまだオレと瑠璃を視認していないが、自分たちがいる自動販売機売り場のへこみにたどり着けば、いずれバレるだろう。
すると突如、瑠璃がオレに接近してくる。
そのアプローチは高速で、攻撃だった場合はとても避けられない。
しかしながらその極限時間の最中に至っても、オレは彼女の殺意を読み取れなかった。
直後、壁にもたれかかっていたオレに壁ドンしてくる瑠璃。
「は?」
オレと彼女の間にある顔の距離は、僅か三センチ程度。
彼女の香りが鼻腔を刺激する。
「寂しかった」
そう発する瑠璃の声は感情が無く、相変わらずの醒めた目つき。
「それはどうも。オレも寂しかった」
オレが言った矢先、彼女はオレに自分の身体を重ねてくる。彼女の身体の凹凸をオレの正面部位が確かに感じ取る。
胸部の柔軟な突起や皮膚感。
そのままオレの股下に長い片脚を入れてくる。
それと同時か少しあと、先ほどの二人組の男性がオレ達の後ろを通り過ぎる。
「おい、まじかよ……協会本部で逢引とか、いい御身分だな」
「全くだぜ」
「あーあ、オレも強くなれば、モテるかな~」
「まあ、異能女差(*)があるからな。強い男性異能力者が好かれる時代だし」
「通り過ぎたぞ、瑠璃。もう演技は必要ないだろ」
「いや、必要ある。あそこに監視カメラがあるだろう?」
そう言って先ほどオレが見つけた小型監視カメラに視線を送る。
「あれは音声式じゃない。映像しか認識できない」
「さあ、どうだろうな」
「で、結局あんたは何しにこんな所に来た? オレを殺しに来たわけじゃないんだろ?」
「それもいいかもな。だが、今はそれよりお前に頼みたいことがある」
「は? ふざけるなよ。オレがそんな頼みを受ける馬鹿に見えるか?」
「まあ落ち着け。別に私はお前のことを嫌ってないし、敵対するつもりもない」
これはおそらく本当の事を言っているだろう。
彼女の発するマナの雰囲気や、単なる生物的信号の殺気という物がまるで感じられない。
「この間は殺し合ったしな」
「ああ、私相手に加減は大変だっただろう?」
ん……?
「あんた、気づいていたのか?」
「気付いていたというより、さっきの拓真様との決闘を見て確信した。お前はいつでも私を殺せたのだとな。そこで最強のお前に頼みがある。……命の命を守れ、そして大輝を殺すな。奴を殺せば、この世界の希望の鍵を一つ損なうぞ」
最強と皮肉った言い方をしつつも、オレに要求を二つ。
命の命を守ることと、大輝を生かせ、と。
命を守れ、はいいとしても、大輝を殺すなという方の頼みは、三宮勢力の単純な願望にも見える。
そんな分かりやすい要求をオレが飲むと思っているのか?
多分違う。
瑠璃は比類なきほどの思考力と並外れた理解力、想定力を持っている。
つまりオレがこんな言葉を信用しないことは初めから分かり切っているということ。
その上でオレにこの内容を頼んでいる。
「分かった。約束しよう。オレが必ず命を守る。そこだけは利害が一致しているようだしな」
「いいのか?」
瑠璃を信用してないはずのオレが思ったよりもすんなり受け入れたからか、珍しく予想外といった表情を見せてくれる。
その顔が案外可愛かったのは墓まで持ってく秘密だ。
「ああ。大輝の方も元々殺さないつもりだった」
「そうか……では約束の前払いだ」
彼女はそう言いながらオレのスーツの胸ポケットに白い紙切れを入れる。
「これは?」
胸ポケットの紙を見つつオレが聞き、瑠璃が口を開こうとした直前。
瑠璃が目を瞑り、クンクンと鼻を効かせる。
「厄介な奴が来た。またな、貴君」
そう言い残し、反対側に去っていった。
今すぐにでも戦闘して全てを吐かせたいが、協会本部でそんな馬鹿な真似はできない。
加えて奴に呪印を付ける暇はいくらでもあったが、解呪の裏技くらい、あの瑠璃なら知ってそうだしな。
数秒後、ヴィオラに並ぶ綺麗な声が耳に届く。
「あれ、おかしいな。統也の匂い、この辺のはずなのに……」
伏見玲奈の声が聞こえてくる。
オレは自分から彼女の方へ向かい、声をかける。
「玲奈、こっちだ」
「あ、やっぱりいた」
どうやら、瑠璃が玲奈の接近を察知したように玲奈もオレの匂いを辿ってきたらしい。
なんとなく犬みたいで可愛らしいなと自然に思う。
玲奈はオレに近づくと、途端に神妙な面持ちを見せる。
「ん? どうかしたか?」
「え、あっ……いや、なんか姉さんの匂いが……気のせいだと思う」
まあ、それは気のせいじゃないがな。
(*)異能女差
……正式名称「異能女子差問題」といわれる、青の境界が設立された後の世界で提起された問題で、その中の一つには「女性異能開花率の高さ」から女性異能力者の権力や戦力が格段に上がり、女性の全体的な基準が高まったという件がある。
それも相まってか以降、異能界隈では、希少かつ戦闘に優れた男性異能力者は好感が持たれやすいという事実が、統計として発出されている。
一概には言えないが基本的に女性の異能は強力なことが多い。よって女性異能力者からすれば自分より強く、守ってくれる男性は珍しいため魅力を感じるのかもしれない。




