審議【2】
*
オレは伏見玲奈に指定された現場に到着するとすぐに、その事実を報告する連絡を入れる。
オレは札駅近くの電子掲示板の下、約束の場所で待っていた。
『本時刻の「青の境界」エネルギー安定率99.7%。硬度系にも異常ありません。付近の気流に乱れが確認できるため、本日の夜頃は雨となるでしょう』
電子掲示板からのアナウンスのようだ。
そのアナウンス前半を聞き、そりゃそうだろうよ、と思った。
そんなくだらないことを考えていると、声をかけられる。
「ごめん、待ったでしょう」
声のした方向を見ると、サングラスに帽子、マスク。まるで犯人のような恰好をした玲奈が登場する。
このような大衆の視線にさらされる場で、顔を見せるわけにはいかないのは理解できるがな。
彼女はそれほどに有名で、人気のある歌手だということでもある。
かつては歌の異能を持つ歌姫、ヴィオラと並ぶほどの絶大な人気を誇っていたしな。
「いや、そうでもない」
「ほんとに? じゃあ……このまま議会まで行っても大丈夫?」
「ああ、問題ない」
オレはマフラーを整えつつ、玲奈と呼んだタクシーに乗り、そのまま大輝の審査議会へと向かった。
*
「ちょっと聞いていいか?」
オレはタクシー内後部座席の隣に座る玲奈に話しかける。
「はい?」
「この議会が開かれると連絡が通達されたときからオレにも出席してほしいって、玲奈はそう言ってたが、そもそもオレが出席しても問題ない議会なのか? 何やら本部が開催する本格的なやつっぽいが」
「ええ、大丈夫。あなたは私のボディガードってことで雇ってるから」
「は、雇ってる?」
オレは一瞬その言葉の意味が分からなかった。いや、時間が経っても分かることはなかった。
「昨日、一緒に女影を追って、戦ってくれたから……。報酬は出すって言ったでしょ」
「それで、オレが君のボディガードを? それ本気で言ってるのか?」
「私が冗談を言う人に見える? もしそうなら、それは心外だけど」
短い金髪を揺らす。
「大体、オレが守る必要もないくらいに強い女子が何を言ってるんだ?」
「それ、私のこと? だとすると、私のようなか弱いレディに対して、随分酷いことを言うのね」
「高三はまだガールだ。レディじゃない」
「あなたらしい反応」
彼女は18歳の高校三年生だと聞いている。オレらの一つ上、風間蓮と同じ代だろう。
「取りあえずそれはいい。オレをボディガードとして登録し、議会出席許可を得る。そしてオレは審議を君と共に聞く、そういう考えってことだろ?」
重要参考人または関係異能士のボディガードも議会に参加する権利を持っているからな。
「話が早い。まるで本当に私の父みたい」
この子は割と話題の選択肢を持っているな。
おかげで話がすぐ逸れる。
テレビの出演経験などから培った能力なのかもしれない。
「それは光栄なことだが……で、どうするんだ? 何も手を加えなければ、おそらく大輝は殺処分されるぞ」
「どうなんだろうね。私は彼を殺すのは間違っていると思う。第一に影人化できる人間を殺すこと自体リスクを伴う危険な行動。あまり賢い選択とは思えないけど。北日本国政府は至極寛大であられるので、おそらく殺処分を選ぶでしょうし」
至極寛大という皮肉を言いつつも玲奈自身の意見を提示してくる。
流れ的にオレも自分の意思、考えを伝えておく必要がありそうだ。
「もちろん、殺すのは論外だ。一人の命をそんなに粗末に扱っていい理由はない。奴の殺すのは避ける。だが、逃げ道があるとも思えない」
その上で、どうするかだが。
*
異能士協会本部、異能士議会室。
「これより――黒羽大輝の処遇を決定する」
国内異能士協会会長の風間章という40歳かそこらのガタイがよく、身体が大きめの男性が議会の口火を切る。
利口そうな眼鏡と見せる筋肉圧、赤みがかあった髪の毛。赤い髪は風間一族の証拠ともいえるか。
様子から、風間蓮の父だろうか。
オレはその辺の事情については詳しく知らないが。
「まず、この審査議会では重要参考人または関係異能士、実力ある異能士の方達のみに集まってもらっている。さらに………」
とにかく彼が大輝の審査議会を開始したということは、どうやら赤い結界内の大輝が目を覚ましたようだ。
ここへ来るまではおそらく麻酔か何かで眠らされていたのだろう。
「……なんだっ、これは!」
大輝は議会中央にある狭い赤結界に封され、固定された椅子にさらに身動きが取れないように、特殊な異能『糸』により束縛されている。
その『糸』の色は深緑で、どうやら反対の正面側にいる三宮家の誰かが操作している様子。
三宮家の席には当主の三宮拓真が見える。
以前里緒を散々苦しめた三宮の、白い『糸』を扱う男に少しだけ似ている顔付き。
その男は倉庫内のモニターで里緒を監視し、オレとの戦闘後はみすみす撤退した似非異能士だ。
その両隣に白いフードと黒いフードの……女?
多分両方女性だ。
深いフードで顔を覆っており、その面を視認することは出来ないが、フード付きの装い、その全体的な概形から女性らしい体躯だと読み取れる。
オレは誰にも気づかれないよう浄眼を展開し、大輝から繋がれている深緑の『糸』を確認する。
その『糸』は床下の配管パイプから連結し、黒いフードの女性へと続いている。つまり、あの女性こそがその異能発動者。
オレはその女性の顔立ちを確認し、ついでに拓真を挟み反対にいる白いフードの方も顔を確認しようとするが―――。
突然、その白フード女性が紺の瞳でオレの方を睨み返してくる。
猛烈な睨みを利かす。
唯一オレの視線に気づいたようだった。
そしてその眼光には見覚えがある。浄眼の透視など必要ない。
オレは彼女を知っている。
あの冷たい目線。紺の瞳。言われてみればあの時も白いフードだった。
彼女は―――伏見瑠璃、いや三宮瑠璃といった方がいいのか。
どうやら隣で議会の初期説明を聞く玲奈は、自分の姉の存在に気付いていないようだった。
「……そこで、黒羽大輝、彼の処遇を決定したい。まず、これら初歩的議事を優先し、三宮家から意見を聞こうか」
と風間章。
待ってましたとでも言うように拓真の口が開かれる。
「我々三宮家は人類のため、影人排斥のため、日々進歩していきます。人間とは学習能力のある先進的な生き物ですからね。御三家の中でもっとも科学的な開発が進んでいる我々三宮ならば、十割、彼を安全に抑制し、安寧の日々を保てるとお約束しましょう」
「つまり、彼は殺さない……と?」
「ええ、そうです。彼という実験体がいれば影人をこの世から消すことが可能かもしれないのです。それは九割、人類にとって益な内容だと即理解できるはず」
「いいや待て、どうして彼を実験すればこの世から奴らを排斥できるようになるというんだ?」
「はい、説明しましょう。簡単な話です。三宮家にかかれば、彼の身体を十割調べ上げ、その上で影人の謎を解明することも可能でしょう」
「それが三宮家には実現できると、言いたいのか?」
「はい、十割、確信していることです」
自身のこもった口調で語る拓真。
倉庫で会った、三宮のあいつになんとなく似ているな。
「異議を唱えます」
そう一言、玲奈が挙手する。
「いいだろう伏見玲奈。発言を許可する」
と風間。
「まず初めに彼は人間の時と影人の時で二つの変換可能な器を保持しています。少なくとも今いる彼は瞳も赤くないのに加え、肌も黒くない。……人間という証拠です」
中央に固定される大輝を向きながら堂々と語る。
高三の女子がこんな公式議会で流れに逆らって発言するとは。相当勇気がいるはず。
肝が据わっているというか、多分彼女自身色々な経験をしてきたんだろう。
「先ほど三宮では、彼を実験すると言っていましたね? ですがそれは黒羽大輝の人権と倫理の問題があります」
「玲奈さん、それは重々承知しているのですよ。ですがインナーワールドを救うためには……影人の恐怖から解放するためには……倫理、人間性さえ捨てなければならない。我々三宮にはその覚悟がある、ということですよ」
いや、正直この段階で大輝が三宮の手に渡るのはまずい。
三宮がどんな勢力かすら不明なまま、奴らに渡すのは危険すぎる。
仮に三宮の中で他のアドバンサーが生存しているのなら、別の理由で大輝を欲している可能性もある。
「不束な護衛ながら発言の許可を」
オレはある程度声を上げて、挙手してみせる。
隣にいる玲奈が微かに「えっ」と声を漏らす。予想外だったのだろう。
目立ちたがらないオレが発言するとは夢にも思っていないはず。
「ん? 君は……伏見当主の護衛……でいいのか?」
「はい。成瀬統也といいます」
「いいだろう、発言を許可する」
「では、一つ言わせてもらいます。彼が影人化できる理由は確かに分かりませんが、その脅威度の話をすればCSSと同等かもしれない、という事実です。話によれば女影というCSSはA級異能士を数十人殺したとか。そんな危険を秘めている存在を敵に回すのはお勧めしません。それに彼は人間時、影人化した際の記憶を保持していないようです」
「ん、ちょっと待て。なぜ彼のことについてそんなに詳しいのだ? 私達の持っている情報以上の物を持ってるようだが」
オレはそう語る風間章から大輝へと視線を移す。
「彼を捕らえたのはオレです。そもそも奴を抑制できるのはオレしかいません。運がいいことに彼はオレと同じ学校の同じクラスに所属しています。好都合でしょう」
「なんだと? お前が彼を捕らえた?」
「はい、そうです。証人ならいます……オレの隣に」
オレは隣の玲奈に目配せする。
「それは本当か、伏見玲奈」
「ええ、全て事実で本当のことです。実際ここにいる皆さんが知っているはず。私の能力と凡その実力を……その上で考えれば諒解されるかと思いますが、私を護衛する彼は私と同等かそれ以上の実力者ということです。元々黒羽大輝のクラスメイトでもある彼なら、話し合いによる精神的抑制も、武力行使による物理的抑制も可能です」
臨機応変な対応に意見、見事な力説だと感じたが。
「待て! もう黙っていられない! そんな方法で影人か人間かすら分からない存在を境界の内側に置いとけというのか!? 神聖なる『青の境界』は私達人類を救済した神の業績であるぞ! その内側にそんな奴を置いておくなど、罰当たりだ!」
聖境教会の神父か。
聖境教会は三年ほど前からこの世に布教された宗教で「青の境界」を畏敬する信仰集団らしい。
普段から「青の境界」に祈りを捧げ、その信仰心で世界の安寧を願っているらしい。
「しかも、御三家の方々……ここにいない名瀬家は除いても、三宮や伏見は彼を殺さない方針と見受けられますが、本当にそれでいいのですか? 危険すぎでは?」
月魄所属部隊、境界部隊の幹部らしき人物も声を上げる。
この場にオレの姉がいればどうしただろう。
ふとそんなことがオレの頭をよぎった。
「いえ、それも含めてオレがやります。オレなら奴を殺すことも可能です」
オレはそのままの勢いで意見する。
「そうか、なら……」
「待ってください」
鋭い目つきで拓真が口を開く。
「成瀬とかいうこの男に出来ることは、十割、三宮の当主である私にも出来ると思いませんか? どちらがその技量を持っているのか……ここは冷静に異能決闘のルールに従い、勝負の勝敗で決定するのはいかがかと。……もし私が勝てば黒羽は私のもとに、もし彼が勝てば彼の指示系統を守りましょう」
そう来るか。
三宮家当主、三宮拓真は相当の切れ者と聞く。オレ相手に負けるなど想像もしていなそうだ。
しかも彼が言っていることもあながち間違いでもない。
オレの戦闘能力を確認していないこの状況ではオレを信用し、オレに預ける幹部らなどいないだろう。
ただそれでも、オレは大輝を奴らに渡すのは賛成できない。
「お前、ふざけているのか! 今はお前らの異能遊びに割いている時間はないんだよ!!」
先ほど発言していた神父が再び否定の言葉を口にする。
「いえ、三宮当主が言っていることは正しい。オレの戦闘技能は誰にも確認されていないでしょう。もしこれでオレの力が証明されるというなら喜んでその決闘を受けさせていただきます」
オレは言いながら議長席の風間章を見る。
「いいだろう。3分で終わらせろ。隣の決闘用会場を使うことを許可する」
「いえ、3分も必要ありません」
オレは告げる。
「ん? なんだと……?」
表情が険しくなる風間議長。
「1分で十分です。いえ――――10秒で」
オレは感情を見せない声で淡々と言い放つ。
「っ……統也っ、本当に大丈夫なの? 一応相手は三宮家の当主で、国内では二番目に強いといわれる異能士」
小声でオレに耳打ちしてくる玲奈だが、そう考えるのも無理はない。
「大丈夫だ。悪いが、オレが負けることはありえない」




