審議
*
7月7日(木)。早朝。
戦闘終了後もオレは玲奈と沢山の内容を話し議論していた。玲奈は、今の自分にとって信用できる稀有な人材の一人でもある。
オレは彼女をある程度信用しつつも未来の問題について話し合った。
その後、オレは秀成高校に登校していた。
また、影人化できる人間である黒羽大輝はオレの『封獄』から解かれてその後、異能士管轄の病院へ送られ、監視されている状況らしい。
その際、大輝の体調が戻り次第ではあるが本部の「審査議会」が行われることも決定した。
おそらく玲奈も、大輝の存在を秘匿して異能士協会本部に黙っておく必要が無いと判断したのだろう。オレも同じ意見だったので今日の朝方、共に女影を追い詰めた後にその会話を行った。
大輝という存在はオレと里緒、楓さんだけで抑止するのは難しいという判断に至ったのかもしれない。
「おはよう芽衣子」
オレは自分の教室に入るなり、右隣の席の生徒…割石芽衣子に話しかける。
偶に、忘れた教科書などを借りるときに会話を交える程度で、それ以外の深い人間的繋がりはない人物。
「あっ……! 統也君おはよう」
相変わらずの控えめな声と態度で接してくる。
「今日は遅めの登校なんだね……」
「ん? ああ、朝に面倒な雑用があってな」
芽衣子は張が解けたような、ほどけたような顔をする。
「なんか意外だね。統也君ってもっと怖い人かと思ってた」
唐突な内容のセリフを言ってくる。
「それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。……統也君って、物静かでクールで、よく分かんない人だったから、さっき『おはよう』って初めて言われて、正直びっくりした」
苦笑いしながらそんなことを言う。
「ああ、いつもは今のオレと同じようなギリギリ登校の香相手に言う言葉のはずなんだが……香はどうした?」
「今日は……お休み、かな?」
「そうか」
そのままオレはいくつかの授業を受け終え、昼休みが始まる。
昼休みが始まるとみんなそれぞれ好き好きのことを開始するが、オレ自身は命のところへ行くことにした。
実はあれから、一度たりとも会話を交わしていなかったからだ。あれからとは、デートの時以来という意だ。
なんとなく避けられているような気もする。
今日は無理やりにでもあって色々話したい。
オレは命のいるAクラスに行き、直接出向くことにした。
大胆に行かないと多分また避けられるだろうからな。
オレは前ドア近くに立っていた女子に話しかけ、教室内の命を呼んでもらう。
「えっ……ミコちゃん? が…頑張ってね」
よく分からないがその女子に励ましの言葉を貰う。
そのまま彼女は命を呼びに行く。
ただの推測だが、命の美貌に釣られて告白する男子は珍しくないのだろう。オレもその一人だと思われたかもしれない。
命がオレのいるドアの前まで近づいてくる。
「どうしたの? と、と、と……」
「と?」
「どうしたの……統也……くん」
顔を真っ赤にして恥じらっている様子。何がなんだか分からないのはオレだけだろうか。
「いや、最近避けられている気がした。あの後、大丈夫だったか?」
本題をいきなり尋ねると、聞きたくないとでも言うように顔を逸らし、沈黙する。その表情には陰りが現れる。
「……あの後って?」
あまり聞かない単調な話し方に併せて、彼女の顔は元に戻るどころかいつも以上に表情を変えないものへと変化する。
「だから、デートしたときの後だ」
「別に………もう戻っていいかな」
静かにそう語るだけ。
若干不機嫌。何かに怒っているようにも見える。
恥じらったり怒ったり。茜や里緒もそうだが、女子とはどうしてこんなに難しい生き物なんだ?
「すまない。あの後、そばにいてやれなくて」
「うん……大丈夫。……あの後はどういうわけか古文の二ノ沢先生が来てくれたから」
「そうか」
「うん………ねぇ、統也くんさ……私に何か隠してる?」
息のようなか弱い声で、聴きとるのも一苦労。
「隠してることはあるかもしれないが、それは内容による」
「私もう分かんない。統也くんが何をしたくて、何を見ているのか。全然分かんない。以前は栞達よりも統也くんのこと知ってて、詳しいつもりでいた。けどもう統也くんが一体どんな人なのか段々分からなくなってきた」
彼女は少しずつオレに近寄り、距離が十五センチ程度になる。
「もしかして、これってOKルート……!?」
その様子を見たからか、さっき命を呼んでくれた女子生徒が慌てふためく。
「ん、そういえば栞は? 今日は一緒じゃないのか?」
「今はそんな………。栞は今日学校来てないよ。バスケの部活で休みって」
「ああ、そうだったか」
「……私より栞の方が気になる?」
「そんなことは言ってないだろ」
「でもそういうことでしょ」
「違う。単純に栞の姿が見当たらなかったから疑問に思っただけだ。……ちょっとここで話す内容じゃないから場所を変える」
オレはそのまま命をつれ、屋上へ続く階段の踊り場にたどり着く。
途中なんどもオレと命に奇怪な視線を送ってくる生徒などがいたが、全て無視した。
ここならほとんど人気もなく、他人の目を気にする必要もないだろう。
尤も、命はむしろオレと話している形態を他の生徒に見せつけているようにも見えたが。
「命、オレはあの時、やるべきことがあった」
その場に着くなりオレは口を開く。
「だから私を置いていったの?」
「そうじゃない、だが……」
「ごめん、私ストレス溜まってるのかも」
再三顔を逸らしつつもそう告げる。
確かにそういう風にも見える。今日は対面した時から、ストレスというか、不機嫌が体現されたような雰囲気を醸し出していた。
「最近、私の家の同居人もおかしな言動をするから……」
そうか。そういえば彼女の同居人は伏見玲奈だったな。
命を保護するために、同じ事務所だからという理由で同居していうという話だ。
おそらく家の周りには条件付き人除け結界や、情報結界などが張り巡らされているのだろうと想像した。
「同居人?」
オレは惚けてみる。
「うん……実は私、結構有名人と暮らしてるんだ。人には秘密にしてって口酸っぱく言われてるからその人が誰かは言えないんだけど」
おそらくそれが玲奈だと知られれば、どんな情報ルートでも不利になる可能性があるからか。
命を狙う奴ら……瑠璃たちに予防線を張っているというわけだ。
「そうか。だがそれだと、命もオレに隠し事をしていることになるし、オレだけが責められる由緒はないんじゃないか?」
「それとはちょっと違うじゃない? 統也…くんのはもっと、何か闇を抱えてるように見える」
「大げさだ。オレは別にそういうんじゃない。ただ、オレの家族関係が面倒なことになっているだけだ」
オレはそんな言い訳、誤魔化しを述べるしかない。
「家族? 家族って……姉さんのこと?」
「オレに姉さんがいることを知っているってことは、やはり覚えていたのか……三年前の事を」
直後目を見張りつつも、
「えっ……統也くん、もしかして覚えているの? じゃあなんで私にそれを、最初に再会したときに伝えてくれなかったの? 私は……てっきり……忘れられているかと……」
驚きを隠せないような面持ち。
いや、逆だ。
オレが忘れらていると思っていた。だから最初に再会したときもそれを伝えなかったし明かさなかった。
それは、命がオレの事を忘れていると思っていたからだ。
「そんなわけないだろ。オレは君の事を覚えていた」
「それなら、言ってくれれば良かったのに……」
彼女がそこまで言った時だった。
「何してんの、統也」
クールな声に凛とした響き。背後からオレに話しかけてくる女子の美声が聞こえる。
「はぁ……」
オレは堪らず、大きめのため息を吐く。
なんとなく面倒なことになると感じたからだ。
オレの後ろにいる女子は―――。
「え、霞流さん?」
と命。
命側からは、その女子……里緒を正面で視認できるだろうからな。
「二人でこそこそ何してんの? てか、あたしのパートナーに近づきすぎじゃない?」
「なっ……パートナー?」
動揺を露わにしつつオレに顔を向ける命。
「里緒、その言い方は誤解を招きかねない」
オレも半分振り返りながら言いかける。
その際、彼女の制服姿を見るが、改めて似合っていると感じた。
「別に、招いてくれていいけど?」
割と真顔で答えてくる里緒。
「おい」
「統也くん、それは……」
「Aクラスの森嶋命さん、だっけ? ……あたしのパートナーに余計なことしてないよね? それとも何かした?」
里緒のちょっかいのかけ方は分かりずらいな。人と関わってこなかったからか。
「オレは何もされてない……だろ?」
面倒だったのでオレから返答させてもらった。
オレは命の方を向き、確認する。
「うん、まだ何もしてない」
「まだ?」
その言葉に反応する里緒。
「おい」
オレは両方に向けて、言い放つ。
「霞流さんは……統也くんの何?」
里緒に向けて命が口を開いた。
「あたしは統也のパートナー」
「なあ里緒、その言い方は……」
「でも、統也くんと恋人ではないよね?」
多少強気な表情を見せる命が詰問に近い形で問う。
「うん、違うよ。けどそう言う森嶋さんは、まだ『くん付け』してるんだ?」
「でも、私は統也……にお姫様抱っこされたことがある」
ムキになり、くん付けをやめようとしているようだ。
「あたし昨日、統也と手繋いだけどね」
「なっ……!?」
これは一体なんのマウント取りだ?
「私だって手くらい繋いだことあるもん!」
命が続ける。
「あたしは頭撫でられた」
「私も撫でられたことくらいあるよ! 抱き着いたことだって!」
「あたしは裸見られたけど」
「な、ちょっ……統也くん!」
「はぁ……お前ら一端落ち着け。互いに誤解を招くような言い方にその場面だけ切り取れば、意味が分からないのは当然だ。里緒はオレの仕事共同パートナーで、いかがわしい意味ではない」
「でも……」
丁度その時。
オレのスマホがバイブする。
急いでポケットから取り出し、表示を見ると「伏見玲奈」の文字。
「ちょっと待て、電話だ」
オレは二人の口論を止めさせ、制止する。
「もしもし、オレだ」
『ちょっとまずいかも』
通話開口一番にそう告げてくる。
「ん、何がだ?」
『黒羽大輝が意識を取り戻して、体調もある程度回復したことを見込んで、急遽彼の処分審査議会が開かれることになった』
「今からか?」
『ええ、のようね』
それはいささか問題があるのでは。
そもそも異能士の三分の一は青年・女子と言われているらしい。この時間に開くと議会に出席できない人もいるはず。
そんな当たり前の事、少し考慮すれば分かるはず。何か別の意図があるのか。
本部は一体何を考えている。何を焦っている?
「分かった。オレも行く」
『授業はどうするつもり? 早退するの?』
「止むを得ないだろう」
オレはその後、不思議そうにしている二人を残し、早退した。
学校早退の際、楓さんの根回しがあったことは言うまでもない。




