真実【3】
「それでは作戦通り、役割分担よろしく」
そう語る玲奈と目を合わせず正面を見ていた。オレの目線が捉えているのは正面で走り続ける女性型。
数分走り、やっと視認できる距離まで接近していた。
「ああ。……それと一応言っとくが、玲奈は戦わなくていい。あくまで陽動だけに徹してくれ。適切な距離を保ちつつ注意を引いてくれればそれでいい」
「え、それでいいの? それだとほとんどあなたに押し付けることになってしまう。この間みたいに……」
この間とは瑠璃と戦闘したデパートの立体駐車場でのことだろう。
玲奈は自分の姉を殺す覚悟を持っていなかったためにオレが彼女を保護しつつ、しかも奴を殺さず、殺されず戦闘することを強いられたからな。
「いや、それでいい。奴は皮膚を水晶で硬化させる能力を持っているが、全身は覆えないはずだ。もしそんなことすればその場から動けなくなるからな。つまり奴は硬化を部位選別して使用しなければならない。その機会にオレが奴を出来るだけ損傷させる。玲奈はその陽動をしてくれればいい」
「了解……あなたの手腕は信用しているから、任せる」
表情の曇りを見るに納得はしていないようだが、力量的にオレの方が上だと理解し、オレの判断に応じてくれるようだ。
さて。
奴は脱走してから走り続けてることを考慮すると、かなりの疲労困憊。
加えるなら、奴はA級異能士を50人殺したらしい。要はもっと多くのエリート異能士と戦闘したと考えられる。
白夜の異能力や傷の再生能力を使い果たし、少なからず疲弊していると想定できる。
少なくとも『霜』による水晶硬化をあたかも無限のように連続使用することはできないだろう。
そんな思考の中、玲奈がスムーズな動きで屋根から飛び降り、陽動に入る。
彼女は女性型が走る地面に足を付け、橙色の『衣』第三定格出力「炎霊」を両手に纏いながら奴の隣を並走する。
オレは動体視力を向上させるために浄眼を展開する。幸いにも目の痛みはなかった。
動体視力。動いた対象をどれほど明視できるかという概念で、現実世界における物体のほとんどは3次元空間を移動しているため、それを前後、または同時把握するために必要不可欠。
オレの「瞬速」は自分でも把握するのが困難であるほどに速い。故にオレは本気の速度を出すならこの動体視力を上げる必要がある。
女性型が玲奈に向けて両手にある触手の攻撃を始める。黒いタコの触腕のような物だ。
それをうねらせつつマッハの速度で攻撃していくが玲奈も炎霊で防いでゆく。
オレは深呼吸をした。
走りつつ屋根上から地面の奴を見る。
対象をよく見て集中しろ。
しくじるなよオレ。
ゆっくりと首のマフラーを緩めていき、はずす。
走っているせいでその風を受けてなびくマフラー。その布地に青い檻を付与していく。
「ふっ……!!」
直後―――オレは落雷のような速度で落下。地面に到達すると同時にマフラーを振る。
奴は振った攻撃部分を水晶でガードしていた。
「はぁぁっ!」
そのまま、まさに光速度のような超速で奴の周りを移動し、軽く切り刻んでいく。
奴を中心として、直線的ながら周回するように。
女性型の動きが止まり、その場で防御に専念しようと試みているようだが、意味はない。
オレの速度についてこれるはずがない。
一部水晶で硬化もしているが関係ない。
切れろ……もっと切れろ。
深い傷じゃなくていい。浅い傷を入れろ。
少しでもその身骨を傷付け、動けなくする必要がある。
「は、速い……! 信じられない。あれだけ強かった女影が一方的に……。これじゃまるで……!」
玲奈の声。驚きを隠せていない、珍しい口調。
オレはまだ切りつけていく。プラチナダストの光と共に血が飛び散ってゆく。
女性型は触手を身体に巻き付け始める。
巻き付けた触手を『霜』で硬化することで何やら防御する気らしい。
まあ、させないけどな。
オレは蒼い閃光のごとく、奴の硬化してない肩関節部分をマフラーの刃で空間ごと切り裂く。
瞬間、血吹雪と共に奴の両腕が切断される。
やはりか。関節は水晶を被せられないようだな。
もし関節を硬化すれば固定され、その可動域が0になる。
浄眼を通している視界、オレの見える世界は白黒。
それでも奴が少しずつ削られていくのが分かった。
オレはさらに刻み続ける。
女性型、あんたにとっては悪夢だろうな……目に見えない蒼い閃光が電光石火の攻撃で切りかかってくるのだから。
「どうして、こんなに速いの……?」
困惑を含む声で呟く玲奈。
そろそろいいだろうか。
その調子でオレは脚を切りつけにかかる。
50人も殺した殺人鬼に脚をつけておく理由はない。落とす。
しかし―――――――。
静止した空間の近似世界の中、オレと女性型は向き合う。
全てが超減速、スローの世界。
ちょうど夜が明け、暗かった世界にオレンジの陽光が差し始める。
水平線から届く太陽の光。
オレが奴の脚にマフラーを切りつける直前、その影が微かに口を動かす。
「……や」
ん? 今なんて言った。
その瞬間の出来事。突如オレのいた地面を中央に、巨大な半透明結晶の塊が顕現する。
オレは咄嗟に後退しそれを避けるが、その間結晶により正面の視界が塞がれ、奴を視認できなくなる。
その結晶は朝日に照らされ、爛々としたオレンジを反射させている。
「まずいっ……玲奈! ……おそらく、そこまで遠くへは行けないはずだが」
オレは体勢を整え、すぐに奴の気配を追う。
「分かってる」
マナ水晶を確認しながらオレの後を追ってくる玲奈。
だが――――――。
玲奈が信じられないといった表情でマナ水晶を凝視する。
「え……? 呪印のマーキングが消えてる?」
「何? そんなわけがない」
呪詛の呪印は術者が解除、解呪しないとそのマーキングを取り除くことは愚か離すことさえ不可能な代物だ。
今回の術者は玲奈。だがもちろん解呪などはしていないだろう。
「でも、消えている」
「見せてみろ」
オレは玲奈のもとへ寄り、マナ反応用に改造されている水晶玉を確認してみる。
結論から言えばマナ水晶玉には何も映っておらず、マーキングが消されているとしか考えようがない状態だった。
オレは急いで奴が逃げたであろう方角を進み、山道の中道から出て周囲を観察すると、コンビニなどもあるせいか点々と一般人を散見できた。だが、それだけだ。
ついてきた玲奈が唖然とする。
「女性型が……消えた?」
信じられないといった様子で街の周囲を見渡すが、女性型らしき姿は確認できないのだろう。
あの場からの逃走経路があるとすればここへ繋がる中道しかない。
だがオレが浄眼で周辺を探っても女性型どころか影人一体いない。
やはりそういうことか。
女性型の正体は――人間だった。
それ以外考えられない。
奴はここへ来るまでに女性型の身体を人間に戻した。いや日が出て戻ったが正しいのか。
まあ、どちらか知らないがとにかく奴は人間の姿に戻った。その際プラチナダストと一緒に呪印が消失した。
そんなところか。
更に言うなら、そのまま人間の姿でこの街を歩いても何ら問題にはならない。
なんせ見た目は人間なんだからな。
肩から先を切断したが、大きめの上着を持っていたのなら上手く隠すこともできる。
「やられたな」
「統也は気づいているの? なんかこの理解不能な状況を理解して、女性型の正体を嗅ぎつけているように見えるけど」
「ああ、少しな。大体この状況で逃げる方法は一つしかないと思わないか?」
「人間に……戻ること?」
「そうだ。その発言からすると、やはり玲奈も知っていたんだな」
「なんのこと……」
オレから素早く目を逸らし、思考を読み取られるのを拒むような素振りを見せる。
「まず前提として玲奈は影人の正体を知っていた……そうだろ?」
「はっ……」
彼女は瞠目し、息のような声を漏らす。
「追加すると、女性型の正体が『影の身体を持つ人間』であることも知っていた風だな」
「あなた……少し私の父に似てる」
急にそんなことを言い始める。
旬さんに、オレが?
そんなことはないと思うけどな。
「人の追い詰め方、情報の絞り方、聞いていると死んだ父を思い出す」
「それは大層なことだが、話を逸らさないでくれるか?」
「あ、ええ。ごめん……」
どうやら意図的に話を逸らしたわけではないらしい。
「いいが、奴は結局何者なんだ?」
「さあ、私にもさっぱり分からない」
オレはそう語る彼女のオレンジの瞳を覗くが、嘘をついているようには感じなかった。
「じゃあどうして奴の正体を知っている?」
「いえ、知っているっていうより推測した、が正しい。……女性型の影人、本部では女影と呼ばれていたけど、あいつは遠くの森の実験施設で幽閉された」
「それで、奴はどうやってその状態から脱走した?」
「私も現場にいたわけじゃないから詳しくは知らない。けど、その幽閉場所で突如発生した紫の強烈発光が関わっていると私は見ている。その発光直後、監視役の異能士が様子見のために結界の森に入ると一人の女子が倒れていたって、そう言ってた」
妙だな。
「そこから、その女子をどうした?」
「その女子はひとまず医務室に運ばれ、容体を確認することになった。その後すぐのこと。結界内のどこにも女性型……女影がいないことが判明した。ってことはつまりその女子こそが女影の正体なんじゃないかって私には思えて。他の人にはそんなことあり得ないって否定されたけど」
「いや、多分当たっている。玲奈は間違ってない。その女子が女影だったんだ。……医務室に結界は?」
「張られていないと思う」
「つまりはそういうことだろう」
なんてことだ。
不具合か狙ったのか明確な意思は定かではないが、奴は結界の森の中で一度人間に戻っていた。
あとで結界の外にある医務室へ運ばれ、そこで再び影人化した。
そうして何人もの異能士を殺し脱走したというわけだ。
どうやって結界を抜けたのかと思っていたが、物理的な手段で破ったわけじゃないらしい。
「大輝が特殊だと思っていたがそういうわけでもないのか」
オレは独り言のつもりで呟くが。
「ええ、のようね。……あれ? というか大輝の監視があったのでは?」
彼女は大輝という存在を知っている唯一の御三家。
何より伏見家の大方の意思はこの金髪女子高生の指示によるもの。
「ああ、だがどうせ形式上だろ。大輝にはオレの檻を破るだけの技術も力もない。あ、それ関係で一つ伝えておきたいことがあった」
「ん?」
黒羽大輝に風間の異能『焔』のような能力が備わっていたこと。
実は最初のCSSを発見したのは二ノ沢ではなくオレであること。その際戦闘したことも。
その影は剣のような変形手を持ち、女影同様に速かったこと。
等々を全て伝える。
「つまり、その上で色々勘案すれば表面化してくることもあると思わないか? 例えば、CSSの正体は影人になれる人間で、今の所三人いる。黒羽大輝と女影、そして最初の剣の変形手を持つ影だ。そしておそらくその三人は人間時、異能を使えない。代わりに影人化した際に異能一族の能力を扱える、とかな」
「黒羽は風間の『焔』で、女影は白夜の『霜』、始まりの影人も何かしらの異能を?」
「そういうことだ」
オレは玲奈に言うか迷ったことを口にする。
「確信はないが、多分『糸』だ」




