真実
*
オレはビジネスホテルの一室、夜中に目を覚ました。
静かだ。
とても静かで穏やかに感じる。まさに静穏だ。
暗闇の中、ゆっくりと体を起こし、隣を見る。
オレのシングルベッド、その純白に身を包む裸のままの里緒。オレと並列して左側に横になっている。
清潔な寝息を立てて静かに眠っている。
オレは起こさないように優しくそっと彼女の額を撫でる。
時刻を確認すると午前3時34分と表示されているデジタル時計が見える。
随分と変な時間に目を覚ましてしまったようだ。
オレはそのままベッドから離脱し、服を着る。
お馴染みの黒いパーカーに里緒から貰った黒いマフラーを身につける。
「静かすぎるな。……何か嫌な予感がする」
身体も頭も覚醒してしまった今の状態でベッドに入っても寝付けないだろう。
何よりシングルベッド一つで二人寝ていては、里緒も休めないだろう。
まあ、奥のベッドを使えばいいんだが。
オレは気分を整えるために外出してみることにした。
音を立てないようサイレントを意識して部屋の扉を開け、ホテルの廊下へ出た。
*
「なんだ、起きてたのか? ………大輝」
例の空き地。オレは『封獄』に閉じ込められている黒羽大輝と向かい合う。
……『檻』を隔てて。
彼の傷は全て治癒しているが、皮膚からは少々の光の粒が上がっている。
さらにうっすらと目を開ける大輝。
「うっ……なんだこれ!? 青い光の壁……?」
たった今目を覚まし、状況を理解できていない様子。きょろきょろと自分の周囲にあるオレの『檻』を見て口を開く。
若干怯えているようにも見える。
そしてやはり異能については知らないようだ。
元々そうではないかと想定していた。なぜなら私生活ではあまりにも普通の生徒だったからだ。
特に怪しい行動もなく、自分が影人化できることさえ認識していないように思えた。
「あ、統也じゃないか……こっから出してくれ!」
オレを見てそう告げる。
今更オレを視認したようだ。それ程に彼は、現在自分の置かれている状態に動揺しているということでもある。
「いや、そういうわけにはいかない」
「ど、どうしてだ!? この青い光の壁もお前が出したのか? そもそもこの壁はなんだ? 戦闘兵器か何かか……いや……超能力? そんな……まさかな」
「いや、そのまさかだ。これはオレの異能という力で、お前を封じ込めている物だ」
「異能……? ゲームかアニメの話か?」
「違う。現実の話だ」
「それに俺を……封じ込める? 何のために?」
「お前、本当に覚えてないのか?」
「一体なんの話だ? 俺は何もしてない! ……そもそもなんでこんなに体が痛むんだ? 俺に何をした?」
「オレはお前を止めただけだ」
「……言っている意味が分からない。俺が何をしたっていうんだ? ……最初からお前のことはよく分からない奴だとは思ってたよ。けど今回は異常だ。……ゲームの話で盛り上がっている時も、あの陸斗相手にバスケで勝った時も、女子から告白されている時も、模試で全国一位を取ったと有名になったときも、お前は表情一つ変えなかった! マフラーを巻いているのも、本当は持病のせいじゃないんだろ?」
冷静とは言い難いが自分を認識し、今までの「人間の大輝」として会話可能になっているだけましか。
「ゲームには興味がない。女子もオレのタイプじゃなかった。模試で全国一位も別に珍しくない。それらは表情を変えるほどの事じゃなかった。ただそれだけのことだ」
「その発言がお前の異質さを助長しているんだ……」
「どうでもいい。そんなことよりお前、CSSって言葉を知ってるか?」
「は? ……シーズ……? なんじゃそりゃ、知らねーよ」
なるほど、やはりか。
異能、CSS、どれも異能世間では常識のワード。だが大輝はそれらを一切知らない上に、聞いたことすらない様子。
これが演技なら大した役者だがそういうわけでもないだろう。
「とくかくここから出してくれよ」
「すまないが、それは出来ない」
「はぁ? なんでだよ!?」
直後彼はオレの『封獄』に手で触れ、青い電気の衝撃を受ける。
火花の飛ぶ音と青電。弾き返される大輝は尻もちをつく。
「いったぁ! なんだっ……電気っ!?」
「そうだ。そもそもオレはお前をそこから出せない。この囲いが無くなり、お前が外に出られるのは午前7時になってからだ」
雷電の異能『雷』の力を借りている『封獄』を半日未満で止めるには、凛の『月夜』という青電特殊異能を制御するしかない。その方法でしかこの檻の強制停止は不可能なのだ。
「それまで待てってことか……?」
「そうだ」
「というか、なぜ俺の袖とズボンがこんなに破けてるんだ?」
オレは答えない。
「なあ、何か答えろよ!」
「少し黙れ」
オレは冷える手元をさすって温めながら思考を巡らせる。
どういうことだ。
影の身体の一部を取り込み、口から含めば影人化の能力が手に入るのか。
多分そうじゃない。いや、間違ってはないのかもしれないがそう単純なことなのか?
分からない。
全てにおいて圧倒的な情報不足。
だが……大輝の戦闘力。そこまで高くないように感じるが、正直CSSだと言われれば信じる程度には戦えていた気もする。
つまり、CSSの正体は影になれる人間の可能性もあるか。
だから知性的な行動が取れるのか。
そうだと仮定すれば色々理屈が合う。
いや……だがまだ問題はある。
大輝が戦闘中、頻繁に使用していた異能『焔』のような攻撃。……あれはなんだ?
異能……なのか。
だとするとこいつは異能力者……いや……じゃないな。
こいつを何度浄眼で見て調べても異能適性はなかった。要は普通の人間、一般人。
じゃあなんだ? なぜ急に異能が使えるようになった?
影人化したときだけ使えるのか?
そんなことを考えていた時だった。
「ん? あれは……」
「あ、どうかしたのかよ?」
オレの視界の斜め右で屋根の上を高速で飛び移る女性を見つける。
その女性には見覚えがあった。昨日もテレビに出て歌っていた。
様子から何やら非常事態のようにも感じる。
オレは嫌になるほど沢山の情報を脳で処理した後、急いでその人を追うことにした。
「おい統也! どこ行くんだ! ここから出してくれ!」
オレは大輝のその声に振り向くこともなく屋根に上がり、その女性を追った。
*
オレは徐々に速度を上げ、可能な限り速く屋根を飛び移っていく。
漸次オレの前に追いかけていた女性が姿を見せる。
本当に切迫しているといった様子で、異界術を使用し物凄い速さで走っていく。
なんだ? ……何か妙だ。
どうしてそんなに焦っている?
何かあったのか……?
オレは6メートルほど接近した際にその女性に声をかける。
「なあ、玲奈! 何かあったのか?」
すぐさま振り返り、オレに気付く金髪の女子……伏見玲奈だ。
以前よりも髪が短くなっており、先端は顎先くらいまでしかない。
「はっ……統也、どうしてこんな所に?」
オレを確認したからか、走る速度を落とし、徐々にオレに近寄ってくる。オレと並びながら前へ進む。
継続して屋根を飛びながら会話する形。
「それはこっちのセリフだ。こんな所で何してる?」
「……丁度良かった。私に力を貸してほしい」
「は? いや、急にそんなこと言われても困る」
「分かった。何か報酬をあげると約束する。だから力を貸して」
彼女の顔はいたって真剣で、冗談や悪ふざけを言っているようには見えない。
出会った時からポーカーフェイス気味で表情を崩さない女子ではあったが、目の奥に宿る覚悟、今はそれに近い何かを感受できる。
「急すぎるが分かった。力を貸そう。……だが一体何に力を貸せばいい?」
「……実は、昨日捕獲した女性型のCSS……二ノ沢さんに捕らえられた影人。無事協会本部に届けられたんだけど……」
深刻そうな口調で言いやめる。
「それがどうかしたのか?」
「どういうわけか―――――脱走した」
「は? どうやって?」
あり得ない。
ただでさえ、あの一流の異能士達の中、逃げ出すのは不可能に近い。
にもかかわらず、協会本部で完全に捕まった後、脱走だと?
その間、杏姉は何をしていた?
「分からない……でも既に約50人のA級異能士が殺られた」
「は?」
オレは再三同じ言葉を口にする。
「今、その女性型を追っている最中よ。多分私だけじゃ倒せない……。けど統也がいるとなると、まだ対抗できる」
そうと分かっていて奴を追っていたのか。
オレが途中で合流するなど誰にも予想できなかっただろう。つまり彼女は初めから負けるかもしれないが、それでも女性型を追って戦おうとしていたことになる。
「オレは階級なしの異学生だぞ?」
「今はそんな肩書どうでもいい……。あなたは強い。その事実さえあればいい」
「そうか」
「ええ……。だから、ついてきて私に力を貸して」
オレを利用するからには何かツケは払ってもらうぞ。
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